「タス……ケテ」
 ザァァァァァと激しい雨音が反響する、仕事からの帰り道。
 十一月の冷たい雨を傘で塞ぎ切れていない私は、一刻も早く帰りたい足を仕方がなく止めて、ゆっくりと振り返る。
 コンクリートで出来た道が街灯に照らされて薄暗く光り、少し不気味な雰囲気を漂わせている馴染みの道。
 夜十時を過ぎている為か、人影一つ見当たらない。
 気のせいだと言い聞かせクルッと前を向く時に見えたのは、近所の自然公園への入り口。
 街灯もない真っ暗な砂利道から、またか細い声が小さく響く。

 なんか変な感じ。雨音には混ざらない、子どものような声。どこまでも切迫詰まっていて、必死で、今にも消えてしまいそうで。

 気づけば私は、黒コートのポケットに手を突っ込み、スマホのライト機能片手に砂利道を進んでいた。
 まるで、その声に引き寄せらるように。

 ブラン、ブラン。
 スマホのライトにて照らされる、木の枝より垂れる黒い塊。それが振り子のように揺れ、私の全身にゾワァっとしたものが立ち込める。

「ニャア……」
 大きなあんぐり口を開け、絶叫一秒前だった私に、なんとも可愛らしい声が降り注ぐ。

「はぁ?」
 間抜けた声と息が漏れつつ、へっぴり腰で半歩ずつ進んで行きながらライトで照らす。
 大きく揺れるのは猫の体で、その先に伸びている尻尾は木の枝に続いている。そこには太い枝があり股に尻尾が挟まっていて、猫がもがけばもがくほど、より深くはまっていく。

「えっ! うそ! どうしよっ!」
 手をパタパタと動かした後、あっ、助けないとと思った私は、地面に落ちていた太枝でツンツンと枝を揺らす。
 たまたま当たりが良かったのか猫の体はスルスルと下に降りて来て、柔らかそうな肉球に私は指先を伸ばす。

 プイッ。
 だけど次の瞬間に起きたのは、まさかの拒絶。
 ブスッと眉を顰めたかと思ったら顔を背け、手をバンザイとさせてくる。

「えっ? 何やってんの? ほら、手伸ばしてー!」
 猫って、こんなにおマヌケだっけ? 助けてもらえるとか、分かんないのぉ?
 つま先立ちをして、なんとか猫の首元まで届いた指先。
 付けていた首輪に指をかけられた私は、クイっと引っ張る。
 どんどんと伸びていく首輪は脆く、今にも引きちぎれそう。
 お願い、あと少しだから。
 その願いはある意味通じたのか、「ニャニャアー!」という声と共に、猫はより大きく体を揺らして私の顔面に直撃落下してきた。
 頭の上でヒヨコがピヨピヨと舞う中、モフモフに包まれた顔には柔らかい肌触りがして、私の意識を取り戻してくれた。

「もぉー! なーんで、私の手はスルーなのー!」
 目を尖らせ、手は天邪鬼猫をガシッと捕えて、もう逃がさないスタンスをとる。

「ニャアッ! ニャアア!」
 私のブツクサ小言に対し、猫は返事をするように小さな前足をぺちぺちと腕に当ててくる。
「えっ、何? もしかして甘えてるの? 助けてくれて、ありがとうって意味ぃー?」
「ニャア、ニャア! フシャー!」
 ギュッと抱きしめると猫はよりモフモフとして、腕に当たる肉球が気持ち良くって、そして冷たい。

「よしっ、ウチに行こう! 温かいシャワー浴びよー!」
「ニャ? ニャアー! ニャア、ニャア、ギニャアアア!」
 私の胸元でグニュグニュとさせる動きは可愛らしく、目をパッチリとさせて、肉球を押し当ててくる。
 うーん、可愛い奴め!
「じゃあ帰ろうと」、軽やかな足取りで公園を後にする。