-音文学楽- 物語を調べに乗せて

〈この調べと ともに〉
 Thank God It's Christmas
 Queen

   ♪

【初夏】

とあることがきっかけで、ボクはイジメの標的になった。
昼の弁当を取り上げられ、机の上にぶちまけられ。
さあ食え、と言われた。

次の日から、昼休みになると弁当箱とスマホを抱え、校舎のはずれのトイレに閉じこもる。
お母さんには心配をかけたくない。
だから、涙を滲ませながらも、何とか全部食べる。
そして家に帰ったら、「今日も美味しかったよ」って空っぽの弁当箱を渡すんだ。

ふとしたことから、ボクは、小説投稿サイトというものを知った。
毎日お昼に出されるお題に、ボクも答えてみたい。
だから、アカウントをつくり、勇気を出して、短いのを投稿してみた。

ボクのペンネームは、タヌキ。
投稿したお話のタイトルは、「鍵で守られた小さな世界」

赤ポッチがひとつだけついた。
「涙」
もう一つ赤いポッチがついた。
短いコメント。
”小さいけど、無限に広がる、素敵な世界”



とあることがきっかけで、ワタシはイジメの標的になった。
友だちのイジメを庇った、それだけ。
昼の弁当を取り上げられ、学校のニワトリの飼育小屋に放り込まれているのを見つけた。
ニワトリさんは、美味しそうにつついている。

次の日から、昼休みになると弁当箱とスマホを抱え、校舎のはずれのトイレに閉じこもる。
ママには心配をかけたくない。
だから、涙をボロボロ流しながら、意地になって全部食べる。
そして家に帰ったら、「今日も美味しかった!」って空っぽの弁当箱を渡すんだ。

ふとしたことから、ワタシは、小説投稿サイトというものを知った。
毎日お昼に出されるお題に、ワタシも答えてみたい。
だから、アカウントをつくり、勇気を出して、短いのを投稿してみた。

ワタシのペンネームは、キツネ。
投稿したお話のタイトルは、「独りだけの小さな世界」

赤ポッチがひとつだけついた。
「惚れた」
もう一つ赤いポッチがついた。
短いコメント。
”赤ポッチとコメントありがとう。 一人だけど、独りじゃないよ”


【秋】

弁当を食べてる最中に、ドアの上からバケツで水をかけられてから場所を変えた。
プールの更衣室についているトイレ。
この季節、さすがにここまで生徒は来ない。来ても大丈夫なように、念のため更衣室の内側から鍵をかけてあるけど。

まずはスマホで投稿サイトを開く。

お題は……小説とごはん!

お題はいつもお昼に出るから、もう何度も昼ごはんとかランチとか、似たようなお題は出ているんだろうか。

じゃあ、今日の投稿は、お弁当レポの「ながら書き」だ。

いただきます。……あ、その前にスマホで写真を撮っておこう。
うちの母さんのお弁当はいつも茶色っぽくって、いかにも普通のお弁当だけどね。
映え(ばえ)とか全然気にしてない。

前はほとんど食べないで持って帰ったこともあったけど、今はきれいに食べれてる。
ここだとなぜか食べてしまう。
外の世界は、何も変わってないんだけどね。

鶏のから揚げ、揚げシュウマイ、コロッケ、ゴボウの胡麻和え、ご飯の上のカツオ節。
ただひとつ、茶色くないのが、カツオ節とごはんの層に埋まっている、カリカリの真っ赤な梅干し。

ごちそうさまをして、スマホでポチポチ仕上げる。
今日はただ、お弁当の中身と、ちょっとした感想だけ。
おもしろいかな?
いつもお昼に書いているキツネさんはどう思うかな?
赤丸つけてくれるだろうか? コメントは?
あ、上の三行は一回書いて消した。思っただけ思っただけ……

自分の投稿に、自分で挿絵を貼る。
それは、さっき撮った、茶色い弁当。
ちょっと恥ずかしいけどね。



自分の教室のそばのトイレだと、クラスの女の子が入って来てヒソヒソと私の悪口を言うので(多分、私がここにいるって知っててわざとだ)、場所を変えた。

そこは、職員トイレ。
使っても大丈夫なのって?
うん、うちの学校、女の先生少ないし、それにどうやら先生方、「来賓用トイレ」というのを使ってるみたい。
私も一度入ったことあるけど、洗面所が広くて鏡が大きくて使いやすそうだった。

まずはスマホで投稿サイトを開く。

お題は……小説とごはん!
まあ、お昼時だものね。きっとネタに困ったら何度か似たようなお題を出してるんじゃないかな。

それでは、今日の投稿はお弁当。ちょっとライブ配信っぽくね。

いただきまーす。……あ、そのためにスマホで写真撮っとかなくちゃ。

(ここからライブっぽく)
わあ、お母さん今日も手がこんでるなあ。
チキンとホタテのインド風スパイスのソテー。
うんうん、辛さもほどよく、食欲をそそります。

ニンジンのシリシリ……って沖縄の料理だっけ?
ほんのりオレンジの風味で、お口直しにぴったり。
ブロッコリーとエビとパスタのバジルソースのつけあわせ。
……これはイタリアンかな? 味の変化が楽しめます。

ごはんは、なんと薄味のサフランライス。
だけど……真ん中にドーンと大きな梅干し!南高梅っていうんだっけ? 
やっぱ日本人だなあ。
まあ、少しこの梅干し、オレンジ色っぽくてサフランと合ってるけどね。

投稿用のレポはここまで。
さささっと見直して、ポチっと投稿。
今日は、お弁当の中身のことと、ちょっとした感想だけ。
おもしろいかな?
いつもお昼に書いているタヌキくん?さん? はどう思うかな?
赤丸つけてくれるかな? コメントくれるかな?

いつもそうだけど、うちのお弁当は多国籍でカラフル。
お母さん、インスタとかに上げて欲しいのかしら?
それとも、一緒にお弁当食べてる女の子たちに自慢して欲しいのかも?
……でもごめん。誰も私となんか一緒にお弁当食べてくれないんだ。

あ、でもね、一緒に食べてくれてる子、できたんだよ。居る場所は違うんだけどね。
だから今はお弁当、きれいに食べられるようになったよ。
どうか、心配しないで。
まあ、外の世界は、何も変わってないけどね。

ごちそうさまをして、お弁当箱をしまって、自分の投稿に自分で挿絵を貼る。
さっき撮ったばかりの、カラフルなお弁当。
本当は、お母さんのお弁当、誰かに自慢してあげたい。



あ、キツネさんから赤ポチ(拍手)とコメントついた!……挿絵にも赤ポチついた。

💬無茶苦茶食欲そそる茶色! 今お弁当食べたばかりだけど、それも欲しいな。真っ赤な梅干しヨダレ出る……パブロフの犬だっけ?(キツネ)



あ、タヌキさんから赤丸(惚れた)とコメントがついた! 挿絵にも赤丸をもらっちゃった。

💬すごい、食レポもお弁当も鮮やか! パブロフの犬、間違ってないと思うけど、条件反射のこと? そのお弁当の梅干しは、酸っぱくなくて甘そう。食べてみたいな(タヌキ)



いつものことだけど、僕は、鈴印についた赤ポチが嬉しかった。そして、

いつものことなのに、私は、鈴マークについた赤丸にドキドキした。そして、

「「それ、ちょっと梅干しみたいだなって思った」」


【冬】

二学期の最後の授業の放課後、何気なくスマホを眺めていたら、XにDMが入った。

💬ひょっとして、タヌキさん?
 あ、私「キツネ」です。違ってたらごめんなさい。
 それからこのDM、なりすましだと思ったらスルーしてもらってもいいです。

ためらわずに返信した。

💬キツネさん! うん、そうだよ。よくわかったね。

💬昨日小説サイトで見た投稿が、Xでシェアされてたから、ひょっとしたらって、思って。
 ハンドルネームもだいたいそのまま「タヌキ」だし。

💬ちょっと危険だったかな?

💬そうね、でも、こうやってつながることができたよ。


キツネさんの性別や年齢は、はっきりとはわからないけど、何となくボクと同じくらいの女の子だと思っている。だからというわけじゃないけど「つながることができた」って書いてくれるのがすごく嬉しかった。

💬学校は今日まで??

💬うん、終業式……ごめんだから、今日は投稿しなかった。

💬え、謝らなくていいよ、私も投稿できなかったし……でも明日からまた投稿しようかな。

💬ボクもそうするよ……でも、うちの昼ご飯はテキトーだから、挿絵の投稿はちょっと……

💬ハハハ! いいよいいよ。タヌキさんのお話が読めるだけで。

DMは大歓迎、じゃあ、またねと挨拶してメールのやりとりを終えた。

僕は、今日のお題を思い出した。
確か、
「ホーリーナイトルーティーン」。



タヌキさんとDMでつながった夜。
お母さんが腕に寄りをかけて作ってくれたクリスマスのご馳走を食べて、お父さんからフワフワのマフラーをプレゼントしてもらって、お風呂に入った。
髪を乾かしてベッドに寝転がる。
今日は投稿できなかったなー、今からでもしようかなとスマホを手に取った。

あ……タヌキさんが投稿している!
それは、とても短い散文。
 
冒頭に、こう添えてある。

〈この調べと ともに〉
 Thank God It's Christmas
 Queen

『三年前に父さんに教えてもらった、クリスマスソング。
それから、毎年この季節に聴いています。
次のお話も、まんま歌詞からヒントをもらって書いてみました』

私はYoTubeを開き、曲名を検索して見つけ再生する。

――――――――――――――――――――――――――――

ある人里近くの双子の山に、それぞれキツネとタヌキが住んでいました。
お互い、顔を合わせたことがありません。

なぜなら、山を下りて山里の人間に見つかると、ひどくいじめられるから。
ボクは妖怪に化けたりしないのに。
私は人をだましたりしないのに。

いや、そんな理由がなくても、面白がっていじめられたのです。

吹雪がやんだある夜。

二つの山の間に光が灯りました。
人間たちは、魔物の仕業に違いないと、恐れて家の中に引っ込んでしまいました。

でも、キツネとタヌキは、その美しく七色に輝く光の玉に魅せられ、どんどん近づいていきました。

その光の真下で、二匹は出会ったのです。


柔らかな光が包み込んでくれます。
そして、天上から歌声が流れてきたのです。




こわかったね
君たちは よく耐えて来たね

でもね
恐怖の裏側には 希望もあるんだよ
それを照らしてあげるから

さあ 涙をわかちあって
君たち ほんとうに長く辛い一年だったね

でも 今日はクリスマス
こわいものは 閉じ込めたからね

クリスマスはやってくるものじゃなくて
君たちが つくるものなんだ

君たちが 君たちを 祝うものなんだ

クリスマスを ありがとう
ありがとう




キツネとタヌキは、手をつなぎ、空を見上げながら。
何度も繰り返されるその歌、そのメロディーにずーっと聴き入ってました、とさ。

――――――――――――――――――――――――――――

私は、リアクションマークを押して、タヌキさんと『涙』を分かち合った。

そして、コメントを入れる。

💬素敵なお話、素敵な音楽。今年も、来年も、その先も。
 私たちの『ホーリーナイト・ルーティーン』になるといいな。
 メリー クリスマス。