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なごり雪に消える嘘
〈この調べと ともに〉
なごり雪
イルカ
作詞・作曲:伊勢正三
♪
「なあみんな、今日はせっかく教職員研修で午後の授業ナシになったんだから、どっかで昼メシ食ってかね?」
こういう提案はだいたい凪(ナギ)からだ。
「下校途中で食べ物屋さんに入って先生に見つかったらヤバいけど、今日は大丈夫だね、先生いないし……アタシはイオンのマックかモスがいい」
「久玖里(ククリ)、要はキミ、ハンバーガー食べたいわけね。じゃあ、モスかな。トマトのスライスが分厚いの食べたいし……凪、どう?」
「ちょっと小遣い厳しいけど、まあいいか……創(ツクル)はどうだ?」
「うーん、バーガーって気分じゃないないな。雪降ってしばれてるし、『なの花』で熱々のみそラーメン食いたい」
俺の頭の中では、出汁の効いたスープにツルツルの麺、トッピングされたモヤシとメンマのイメージが出来上がっていた。
「出た、ミスター天の邪鬼! モスって流れになってんだから、少しは協調性見せろ」
「そうよ、普通こういう時は菜実(ナミ)のリクエストに合わせるでしょ? キミのカノジョなんだし」
「食い物の好みにカノジョもカレシも関係ないんでないかい?」
そう言いながらも、こういう時は、つい最近つきあい始めた菜実の意見を尊重した方がいいのかもしれないなと、ちらっとだけ思った。
「いいわよ。じゃあ、なの花に行こう。久玖里がよければ」
「菜実あんたえらいわね、いつもコイツの天の邪鬼につき合って折れてあげてさ。だいたい創は素直じゃないんだよねー、自分の彼女をとっ捕まえて『あんなブス』とか『つき合っても嬉しくねーし』なんて言ってるけどさー、創あんた、夫婦になってもそんなへそ曲がりなこと言ってたら、即離婚届けを突きつけられるよ」
「そ、そんな先のことなんか……考えてもいねえよ!」
そう、俺たちはまだ中学生なんだから。
その時、なぜ菜実がさびしそうにうつむいてマフラーに顔をうずめたのか、わからなかった。
〇
「菜実、あんた水臭いわね、こんなギリまで転校のこと教えてくれないなんて」
「ごめん久玖里、でも父さんの転勤が決まったの、今年に入ってからだし……なかなか言う勇気がなくて」
中二の春休み、旭川駅のホームや線路の雪はほとんどとけていたけど、鉛色の空から久々に雪が舞い降りてくる。
「おい創、お前黙ってないで、なんか声をかけてやったらどうなんだ?」
凪が不機嫌そうに言うのも、もっともだ。
でも俺、みんなが知っての通りの性格だから。
絶対思ってることと真逆なことを言うに決まっている。
『まもなく三番線より特別急行、ライラック二十四号札幌行きが発車します。ご乗車になってお待ちください』
駅のアナウンスが入った。
電車に乗り、ドアの前に立つ菜実。
インスタとLINEよろしくねと久玖里。
また会おうな、こっちにも遊びに来いと凪。
ほら、なんか声かけてあげな、と久玖里が俺を急かす。
どうすれば、いいんだ……
天の邪鬼禁止。へそまがり禁止。
なんとか声を絞り出す。
「あ、旭川で見る雪も、これが最後だな」
ちょっと驚いてから、ウンと小さくうなずく菜実。
背後で凪が、ん? なんか聞いたことあるセリフだなとつぶやき、いいからあんたは黙ってなさいとつっこむ久玖里の声が聞こえた。
「き、きれいになった」
「え? 今なんて言ったの?」
「……もう言わない」
♪プロロン ピロロン プロロン ピロロン♪
ライラック号の発車を知らせるチャイムが鳴り。
菜実は一旦うつむいたが、すぐに顔を上げた。
「じゃあ、わたしから」
そう言って目を閉じ、大きく息を吸い込み。
彼女は叫んだ。
何がきれいになったよ!
創が言う通り、わたしはただのブスよ!
創とつきあっても楽しくなかった!
気はきかないし、自分勝手なことしか言わないし!
もうこんな街に戻ってくるもんか!
札幌に会いに来たって絶対会ってやらない!
ツクルなんか、
ツクルなんか……もう顔も見たくない!
大っ嫌い!
だいだいだいだい大っ嫌い!
菜実が最後の声を振り絞って絶叫したのと同時に特急のドアが閉まった。
そして、ゆっくりと車両が動き出した。
ドアの窓越しに、菜実が涙を手の甲で拭きながら口を動かしたが、何と言ったかはわからない。
雪の中に少しずつ消えていくライラック号。
俺の頭の中も真っ白になる。
おい、あれは流石にやべえんじゃねーかと凪。
振り返ると、久玖里が列車に向かって振っていた手を降ろし、そのまま凪の背中をバンと叩いた。
「何いってんのよあんた、わかんないの? あれ最高のラブコールだべさ!」
「「はあ?」」
俺と凪は揃えて変な声を出した。
「大ウソに決まってんじゃん。全部真逆の真っ赤なウソ……まあ、『気はきかないし、自分勝手なことしか言わないし!』っていうのはホントだけどね」
「な、なんでそんなことを……」
「あんたへのリベンジ決まってんじゃん! 天の邪鬼の」
「そ、そんな……イテッ」
彼女は俺の背中もバシッと叩いた。
「天の邪鬼歴が長いあんたなら、ほんとの気持ちわかってもらえると思ったのよ……だけどニブチンでガキンチョのあんたには、ちゃんと伝わらなかったみたいね。まったく世話がやけるぜ」
俺は、なごり雪の向こうに微かに光る列車のライトに手を振りながら、菜実が叫んだ言葉、そして閉まったドアの窓越しに見えた口の動きを思い出し、自分でもそれを真似してみる。
……やっと彼女が言いたかったことを理解した。
う、お、お
(う、そ、よ)
ゴールデンウィークまでには、札幌に行ってみようと思う。



