トップノートの香りと君と―焙煎部の恋―


 俺のサンタは乱暴すぎた。
 俺のサンタは小学生のクセして、俺の周囲にいる誰よりも大人だった。
 夏の夜に流れ星を見た後に呟いた泣き言や、秋の物悲しい季節にうっかり語ってしまった本音にmanakiははサンタになろうと決心したのだろうか。
 いじらしい。
 いじらしいけど強引で、乱暴。
 乱暴ゆえに、その結果。
 クリスマスイブに西島先輩の部屋に居る俺。
 カバンの中にはパジャマ替わりのグレイのスエットと洗面用具と珈琲豆。
 あとは焙煎部文庫から借りた一冊の古い文庫だけ。




「ステイケーションって何?」

 普段、LIMEのメッセージでのやりとりばかりだったmanakiと二ヶ月ぶりに直接会った時。
 初めて聴いた言葉に俺は首を(かし)げたのだった。
 何で小学生の言った言葉を高校生の俺が理解できてないの…と一瞬恥ずかしくは思ったけれど、俺はmanakiの精神年齢の高さを認めているので素直に聴き返した。
「クリスマスイブにmanakiが泊まりにくんの?で、俺がmanakiンち行くの?」
「そう。ミキさん。特別で贅沢な一晩だよ。それを俺にちょうだい。ミキさんにもあげる」
 落ち着いた声で返事しながらmanakiが公園のベンチにランドセルを下ろした、その仕草が丁寧で、なんだか大人びているって思ったっけ。
 manakiは長くなった髪を後ろで束ねていた。華奢だと思っていたけど、たった二ヶ月でちょっぴり肩の辺りの骨格がしっかりしたように見えて。

「俺もmanakiと過ごしたい」
「それは無理」
「なんでだよ」
「俺は一晩姉のいる人生体験をして大人になり、ミキさんは兄のいる人生体験をして大人になる」
「大人って何だよ。なにが特別で贅沢なのかわかんないよ」
 あの日そう俺が駄々をこねるように言うと、manakiは俺の目を見たまま小さく笑ったんだった。
 
「でもmanakiが提案してくれたことに俺は乗っかることにしてる」
「うん。そうして。でももともとはミキさんが言い出したことだよ。姉ちゃん体験しない?って」
「あ!そうだったわ。忘れてた」
「やっぱりミキさん。可愛いね」
「また!やめろって」
「やめない。俺はミキさんを好きだってだけで、ミキさんが好きな自分が好きだって思える」
「…ぉわぁ」
「ミキさんありがとう」
 俺は静かに笑ったmanakiを抱きしめそうになって、すんでのところで思いとどまった師走のはじめ。
 抱きしめてしまわなかった自分が良かったのか、そうでないのか分からないまま、俺はクリスマスイブを迎えた。
           
 
 manakiに教えてもらった住所を頼りに向かった家に掛かっている表札が【西島】だったことで、俺は混乱した。
「もしや。まさか。でも。きっと。たぶん。おそらく」
 manakiをクリスマスイブに我が家に招待する流れになったことでmanakiを介して彼の母親とやりとりはしていた。
 でもその時に、最後まで苗字を聞けなかったのでうっかりしていた。
 何度か苗字を尋ねたのに、上手にスルーされていたのだった。苗字をあえて伝えないようにmanakiが母親に頼み込んでいたのだろうと、今になって分かる。
 まさかの、まさか。
 manakiのお母さんが玄関から招き入れてくれ、最初に案内された兄の部屋で西島先輩と遭遇することになろうとは。今日まで夢にも思わなかった。 

「西島先輩…何でここにいるの」
「それこっちの台詞な。ここ俺の家じゃん」
「manakiのお兄さん。先輩だったの」
「おまえだったのか。マナのLIME友」
「西島先輩。恋人と過ごしてるんだと思ってた」
「俺のこと想ってくれてた?」
「……」
「マナ。おまえのことよっぽど好きだったんだな。譲らないけどな。俺たちやっぱり好みが似るんだな」
「何言ってるの?好みって何。先輩好きな人いるでしょ」

 俺は西島先輩の部屋の前の廊下で立ち尽くして、中に入れないままでいた。
 いったんリビングに戻っていたmanaki母が戻ってきたので、俺は慌てて西島先輩をドン!と突き飛ばして部屋に押し込み(急に小っ恥ずかしい気分になったからだ)、再度お母さんに一日泊めてもらう御礼を伝えた。
 manaki母は、お父さんと二人で外デートするために出掛けていった。
 manakiが「たまには二人だけでデートしておいでよ」って言ってくれたんだってmanakiと同じ可愛い顔をしたお母さんが頬を上気させて説明してくれた時、俺はmanakiはいったい何人を幸せにしてるんだ?と俺の家で過ごしているだろう少年に心を飛ばした。
 manakiが全て段取りを組んでいたんだ。
 俺が先輩と二人きりで過ごせるように。
 一年間小学校に行かないで自宅で過ごしていたmanakiだったそうだから、manakiが前向きに「仲良くなった高校生のお家に泊まってみたい」と言えば親は喜んで送り出してくれたはずだし。
 兄弟仲はとても良さそうだったから、その両親である二人も夫婦仲がかなり良いんだろうし。
 なぁ。
 おまえも俺の姉ちゃんと、今、わくわく過ごしてくれてる?
 俺の姉ちゃん。
 クセになるよ。
 自慢じゃないけど、自慢だよ。

「そうだ先輩!manakiのことマナって呼んだねさっき」
 俺は飛ばしていた魂を咄嗟に戻した。
 俺が大切に思う2人が繋がっていたなんて。
「うん。真樹(まなき)。あいつおまえに本名教えてたんだな」
「ううん。ハンドルネームとしてだけ。でも本名だったんだ。どんな漢字?」
 西島先輩に尋ねながら、俺はそっと先輩の部屋に足を踏み入れる。
  

               L'histoire continue...




真樹(まなき)って名前。先輩と一字同じ」
「そう」
「なんかいろんな謎が解けた」
「謎?」
「誰も気付かない俺の聴覚トラブル。先輩だけ分かってくれてたし。真樹と俺。かなり症状似てたからだね」