週に３回、帰宅部の朔太郎は「ソラノアオヲ」略称ソラアヲに寄る。伯母と年上の従兄弟が関わっているNPO法人で、この法人のコンセプトはこういうものだ。 　　あなた自身の物語を 　　青空を見上げながら 　　風の声を聴きながら 　　もう一度紡ぎなおす場所 　朔太郎自身も日々紡ぎなおしている。 今日は青空じゃなくて、あいつの横顔を見ながら。ドミコの曲を聴きながら。アップロックのステップを踏みながら。

　あの日靴紐がほどけなかったら。 朔太郎は考える。 あいつのことを知らないまま大人になっていただろう。 靴紐を結び直していたから見ることができた、あの笑顔。 傷付いたり困難が立ちはだかった時に効く薬。 　あいつの笑顔を見たら俺の病は重症化する。触れたい気持ちも暴走する。 　それでもいい。 　いや。それがいい。 　大正ネームコンプレックスの朔太郎は片想いのこじらせ方を考察する日々。 　厳つい名前とはイメージ真逆の可愛い系小柄男子の瀧朔太郎。 　ダンスと愛とコミュニティワークに邁進中。

　小柄でダンス好きな瀧朔太郎は帰宅部でコミュニティワークバイトに力を注ぐ高校２年生。 　無愛想な後輩、佐倉玲伊に絶賛片想い中。 　ワンダーフォーゲル部に所属する後輩とは学校ではほとんど接点がない。 　だから。 　平日の夜に自宅まで押しかけている。 　ワンダーフォーゲル部の夏合宿の準備をしている佐倉の横で朔太郎が好き勝手に喋っていたら、「あんたこの登山リュックに入りそう」と佐倉が言いながら切れ長の目で見降ろしてきたことがある。 　その冗談を冗談じゃなかったことにしてください、と心の中で祈ったっけ。 　俺小さくて良かったって人生初感動したっけ。 ―同性との関係性をワンゲルしろよ。 　ワンダーフォーゲルって渡り鳥のことなんだって？ 　心身鍛練や語りあいや挑戦を目的とする青年活動なんだろ？ 　同性の俺のことをもっとワンダーしろ。 　こんなふうに冗談が言えていた前までの自分が本当に愛しくて、遠い。