『陽太くん、みくり、涼くん、璃子へ
たくさん楽しかった!
本当にありがとう。
みんな大好き』
「……あれ、これだけ? 随分シンプルだな」
涼が首を捻る。分かる。俺も同じ気持ちだ。
「本当だ。日葵ちゃんのことだからもっとたくさん書くのかと思ってた。それこそみくりちゃんみたいに」
璃子も意外そうな顔をする。そもそもタイムカプセルで未来のみんなに手紙を書こうと言い出したのは日葵だった。そんな彼女があっさりとした手紙を書いているのはやっぱり意外だ。
「まあ日葵って天然なとこあったし、いざ書こうとしたらたいしたこと書けなかったんじゃない?」
少々辛辣な評価だけどみくりの言い分にも納得がいく。確かに日葵は普段からほんわかとした雰囲気を纏っていて、同級生たちからよく天然だと言われていた。本人も天然と言われてへらへら笑っていたし、あながち間違いではないだろう。
「あれ、まだ中に手紙が入ってる……」
封筒を手にしていた葉月が思わぬ言葉を口にした。俺たちは一斉に葉月のほうを見やる。カサカサと音を立てて、確かに彼女が封筒からもう一枚の便箋を取り出した。
なんだなんだ。手紙は一枚じゃなかったのか。
そうと分かると、先ほどの簡素な手紙の意味もなんとなく理解できる。二枚目のほうに個人宛にみんなへのメッセージが綴られているのだろう。俺たちはいなくなってしまった日葵の言葉を待って、じっと目を凝らしてみた。
でも。
『日葵の笑顔はぜんぶうそ。いつわりの笑顔でみんなをだましてる』
「……は?」
思わず口からこぼれ落ちたのが自分の声なのか、他の誰かの声なのか分からない。それほどまでに衝撃的な一文が視界に飛び込んできて、目を疑った。
「なにこれ……」
手書きではなくワードか何かで書いて印刷をしたような紙だった。
先ほどの日葵の手紙と同じ封筒に入っていたのでてっきり日葵が書いたものだと思ったが、内容を見て思い違いだと考え直す。
「誰がこんな手紙書いたの……?」
璃子の不安げな声がその場に響き渡る。夏の暑ささえ忘れるほど、不穏な空気が漂っていた。
「ちょ、なんの冗談だよ。誰が書いたんだ? ドッキリなんだろ? 怒らねえから白状しろよ〜」
涼は努めて明るい声を上げたが、みんなの表情は強張っている。
「……」
「おい、まじで誰が書いたんだ?」
涼の声の高さがワントーン落ちる。みんな、それぞれに顔を見合わせるも、誰も名乗り上げなかった。
もちろん俺だって。
こんな手紙、書いた覚えはないぞ。
「はは、冗談だろ? 誰かが書いたから出てきたんだろ? タイムカプセルは俺たちで埋めたんだからさ、この中の誰かが書いたはずじゃん」
「あ、あたしは知らない。第一、日葵のこと貶めるようなこと書くわけないしっ」
みくりが焦った口調で答える。鼻の頭に滲む汗が彼女の慌てぶりを物語っていた。
「じゃあ璃子か? 璃子が書いたのか?」
「違うよ。わたしだって日葵ちゃんのことこんなふうに書かないよ……」
泣きそうな声の璃子が首を横に振る。涼の表情がどんどん曇っていくのが分かる。俺も、額から噴き出る汗が止まらない。背中も脇もぐっしょりと濡れていて、照りつける太陽光に何もかも灼かれていくみたいだった。
「それならお前だろ、陽太。お前さ、日葵のこといちばん知ってるような素ぶり見せてたけど、本当は心の中で日葵のこといたぶってたんだろ」
涼の声はどこか毒を含んでいるように刺々しいものに変わっていた。
俺が、ひまのことをいたぶるだって?
そんなことするわけないじゃないか。
あまりに愚問すぎて咄嗟に言葉も出てこない。そんな俺に、涼は「ほら!」と確信を得たように叫ぶ。
「答えられないなら、それが答えじゃないか? この手紙を書いたのは陽太だ。お前が日葵を消したんだろっ」
「は、ちょっと待てよ、どうしてそんな急に——」
「そうよ、涼、落ち着きなさいって」
突如大きな声を上げる涼を、みくりが抑える。だが、涼の身体はわなわなと震えていて、みくりの声など聞こえていない様子だった。
「急じゃねえよ。本当は昔から思ってたんだ。陽太、お前ってさ、本当のお母さんから愛情を注がれなかったからって、日葵を執拗に庇護することで自分の中で枯渇してる愛情を満たそうとしてたんだろ? 日葵のこと利用したんじゃないのか?」
「涼くん、さすがにそれは……!」
璃子が涼を止めに入った。でも、俺には彼女のフォローの言葉が耳を素通りした。
猛り狂う涼の言葉に、一瞬だけ実の母親が俺を冷めた目で見下ろす場面を思い出す。やめてくれ。俺は母さんのことなんか、思い出したくないんだっ。さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけんなよ、涼。俺がどうしてひまを貶めるようなこと書かなくちゃいけないんだ? ひまのこと、俺はずっと好きだったんだぞ。幼稚園の頃からずっと。みんなだって知ってるでしょ。母さんのことなんか、関係ない。そうだ……この手紙を書いたやつがひまを追い詰めたんだ。いったい誰だよ。今なら許してやるからとっとと名乗り出てくれっ」
いい加減にしてほしかった。
この中の誰かが日葵のことをよく思っていなかったことはもう分かった。でも、手紙を入れたのはもう昔のことじゃないか。今は日葵のこと、こんなふうに思ってないって誤解を解けばいいだけだろ。なのに、どうして誰も名乗り出ない?
俺は全員の顔を見回して、一人一人と確かに視線を合わせていく。だけど、誰も彼も「自分じゃない」と目で訴えてくる。一人、この輪の外にいる葉月も悩ましげな表情を浮かべていた。
「誰も名乗り出ないね」
葉月がぽつりとつぶやく。その言葉を聞くのが限界だった。
「お前たち、最低だな」
腹の底に溜まった泥を吐き出すように、心に芽生えた黒い感情を言い放つ。
この中の誰かが。
日葵を追い詰めて消した。
その場にいるだけで、周りの空気をぱっと明るく華やかにするひまわりのような彼女を。
いったい誰が枯らしてしまったんだ?
たくさん楽しかった!
本当にありがとう。
みんな大好き』
「……あれ、これだけ? 随分シンプルだな」
涼が首を捻る。分かる。俺も同じ気持ちだ。
「本当だ。日葵ちゃんのことだからもっとたくさん書くのかと思ってた。それこそみくりちゃんみたいに」
璃子も意外そうな顔をする。そもそもタイムカプセルで未来のみんなに手紙を書こうと言い出したのは日葵だった。そんな彼女があっさりとした手紙を書いているのはやっぱり意外だ。
「まあ日葵って天然なとこあったし、いざ書こうとしたらたいしたこと書けなかったんじゃない?」
少々辛辣な評価だけどみくりの言い分にも納得がいく。確かに日葵は普段からほんわかとした雰囲気を纏っていて、同級生たちからよく天然だと言われていた。本人も天然と言われてへらへら笑っていたし、あながち間違いではないだろう。
「あれ、まだ中に手紙が入ってる……」
封筒を手にしていた葉月が思わぬ言葉を口にした。俺たちは一斉に葉月のほうを見やる。カサカサと音を立てて、確かに彼女が封筒からもう一枚の便箋を取り出した。
なんだなんだ。手紙は一枚じゃなかったのか。
そうと分かると、先ほどの簡素な手紙の意味もなんとなく理解できる。二枚目のほうに個人宛にみんなへのメッセージが綴られているのだろう。俺たちはいなくなってしまった日葵の言葉を待って、じっと目を凝らしてみた。
でも。
『日葵の笑顔はぜんぶうそ。いつわりの笑顔でみんなをだましてる』
「……は?」
思わず口からこぼれ落ちたのが自分の声なのか、他の誰かの声なのか分からない。それほどまでに衝撃的な一文が視界に飛び込んできて、目を疑った。
「なにこれ……」
手書きではなくワードか何かで書いて印刷をしたような紙だった。
先ほどの日葵の手紙と同じ封筒に入っていたのでてっきり日葵が書いたものだと思ったが、内容を見て思い違いだと考え直す。
「誰がこんな手紙書いたの……?」
璃子の不安げな声がその場に響き渡る。夏の暑ささえ忘れるほど、不穏な空気が漂っていた。
「ちょ、なんの冗談だよ。誰が書いたんだ? ドッキリなんだろ? 怒らねえから白状しろよ〜」
涼は努めて明るい声を上げたが、みんなの表情は強張っている。
「……」
「おい、まじで誰が書いたんだ?」
涼の声の高さがワントーン落ちる。みんな、それぞれに顔を見合わせるも、誰も名乗り上げなかった。
もちろん俺だって。
こんな手紙、書いた覚えはないぞ。
「はは、冗談だろ? 誰かが書いたから出てきたんだろ? タイムカプセルは俺たちで埋めたんだからさ、この中の誰かが書いたはずじゃん」
「あ、あたしは知らない。第一、日葵のこと貶めるようなこと書くわけないしっ」
みくりが焦った口調で答える。鼻の頭に滲む汗が彼女の慌てぶりを物語っていた。
「じゃあ璃子か? 璃子が書いたのか?」
「違うよ。わたしだって日葵ちゃんのことこんなふうに書かないよ……」
泣きそうな声の璃子が首を横に振る。涼の表情がどんどん曇っていくのが分かる。俺も、額から噴き出る汗が止まらない。背中も脇もぐっしょりと濡れていて、照りつける太陽光に何もかも灼かれていくみたいだった。
「それならお前だろ、陽太。お前さ、日葵のこといちばん知ってるような素ぶり見せてたけど、本当は心の中で日葵のこといたぶってたんだろ」
涼の声はどこか毒を含んでいるように刺々しいものに変わっていた。
俺が、ひまのことをいたぶるだって?
そんなことするわけないじゃないか。
あまりに愚問すぎて咄嗟に言葉も出てこない。そんな俺に、涼は「ほら!」と確信を得たように叫ぶ。
「答えられないなら、それが答えじゃないか? この手紙を書いたのは陽太だ。お前が日葵を消したんだろっ」
「は、ちょっと待てよ、どうしてそんな急に——」
「そうよ、涼、落ち着きなさいって」
突如大きな声を上げる涼を、みくりが抑える。だが、涼の身体はわなわなと震えていて、みくりの声など聞こえていない様子だった。
「急じゃねえよ。本当は昔から思ってたんだ。陽太、お前ってさ、本当のお母さんから愛情を注がれなかったからって、日葵を執拗に庇護することで自分の中で枯渇してる愛情を満たそうとしてたんだろ? 日葵のこと利用したんじゃないのか?」
「涼くん、さすがにそれは……!」
璃子が涼を止めに入った。でも、俺には彼女のフォローの言葉が耳を素通りした。
猛り狂う涼の言葉に、一瞬だけ実の母親が俺を冷めた目で見下ろす場面を思い出す。やめてくれ。俺は母さんのことなんか、思い出したくないんだっ。さすがの俺も堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけんなよ、涼。俺がどうしてひまを貶めるようなこと書かなくちゃいけないんだ? ひまのこと、俺はずっと好きだったんだぞ。幼稚園の頃からずっと。みんなだって知ってるでしょ。母さんのことなんか、関係ない。そうだ……この手紙を書いたやつがひまを追い詰めたんだ。いったい誰だよ。今なら許してやるからとっとと名乗り出てくれっ」
いい加減にしてほしかった。
この中の誰かが日葵のことをよく思っていなかったことはもう分かった。でも、手紙を入れたのはもう昔のことじゃないか。今は日葵のこと、こんなふうに思ってないって誤解を解けばいいだけだろ。なのに、どうして誰も名乗り出ない?
俺は全員の顔を見回して、一人一人と確かに視線を合わせていく。だけど、誰も彼も「自分じゃない」と目で訴えてくる。一人、この輪の外にいる葉月も悩ましげな表情を浮かべていた。
「誰も名乗り出ないね」
葉月がぽつりとつぶやく。その言葉を聞くのが限界だった。
「お前たち、最低だな」
腹の底に溜まった泥を吐き出すように、心に芽生えた黒い感情を言い放つ。
この中の誰かが。
日葵を追い詰めて消した。
その場にいるだけで、周りの空気をぱっと明るく華やかにするひまわりのような彼女を。
いったい誰が枯らしてしまったんだ?



