どこか遠くから、みんなの声が聞こえた。
 はっきりとではなくて、時々途切れながら、私を呼ぶ声。
 揺蕩う海の中を波に揺られて漂っているかのよう。
 視界は真っ暗なはずなのに、窓辺から差し込んでくるような日の光に照らされた身体が、「帰りたい」と願っていた。

——日葵、ずっとずっと、守ってくれたのに憎んでごめんね……。私は、お姉ちゃんのこと本当は恨んでなんかないよ。
 葉月。

——日葵、戻ってきてくれよ。もうお前の気持ちを試したりなんかしないからさ、だから。
 涼くん。

——日葵ちゃん、今まで本当にごめんね。ひどいこと言って、傷つけたよね……。ごめんなさい。
 璃子。

——あたしもっ……! 日葵の笑顔を疑って、心無いことを言ってごめん。あのとき、あんたの本当の気持ちを聞いておけば良かったんだ。寄り添えたかもしれないのに、突き放すようなこと言ってごめんっ……!
 みくり。

——ひまがいつか、心から楽しいと笑ってくれるようになるまで、いつまでもそばにいるよ。
 陽太くん。

 みんなが私に謝る声が、私のいちばん奥深いところまで浸透する。
 違う。違うんだ。
 みんなが悪いわけじゃない。
 私が、本当の自分を見せなかったから。
 だからそんな顔しないで。ね?
 笑おうよ。
 私も、心からの笑顔を見せられるように、頑張るから——。

 そう伝えたいのに、私の喉は化石になってみたいに、動かない。
 ああ、伝えたい。
 伝えたいよ。 
 もっとみんなと一緒にいたいよ。
 
 あれだけ偽りの自分に嫌気が差していたのに、身体が動かなくなって思ったことは、とてもシンプルな思いだった。
 大好きなひとたちと、この先も一緒に過ごしたい——。
 もう無理して笑ったりしない。みんなの「ひまわり」じゃなくていい。タチアオイみたいに、しっかりと自分の芯を持って、ありのままの自分を見せる。
 それでいいんだって、みんなが教えてくれた気がするから。
 私は、生きたい。

 どこからか声が聞こえる。
 意識を失ってから、何度も聞いたような気がする。女の人の声と、男の人の声。病院の看護師さんと先生だろうか。
 それから「ひま!?」「日葵!」という愛しいひとたちの声も響いた。

「先生、青島さんの意識が!」

 海の中を漂っていた身体が波打ち際に打ち上げられる。はっきりと看護師さんの声が聞こえて、私の世界にあらゆる音が流れ込んできた。
 ドタドタと人が駆け寄ってくる音。
 ピピ、ピピ、という何かの機械の電子音。
 シャーっとカーテンが開け放たれる音。

「おかえり、ひま」
 
 彼の優しい声とともに、真っ暗だった世界がすーっと開けていく。
 陽太くん、みくり、璃子、涼くん、それから葉月の顔が視界に滲むようにして広がっていく。

「ただいま、みんな」

 私の世界が、清く、縁取られていく。


〈了〉