ひまわりを枯らす手

 感傷に浸る前に、やるべきことがある。

「葉月、例のあれ、持ってきてくれたか?」

「ええ」

 葉月が鞄の中からビニール袋を取り出す。そこには焦茶色の丸い種がたくさん入っていた。タチアオイの種。俺が葉月に頼んで、準備してもらったのだ。

「それってもしかして、タチアオイの種?」

 勘の良い璃子が訊いてくれる。俺は「ああ」と頷いた。

「ここに、タチアオイの種を植えようと思う。これだけ咲いてるなら、成長に適している場所ってことだろ」

「なるほど。だから今日、ここにみんなで来たの?」

「そうだ。あとみんな、手紙も用意してくれたよな?」

 今度は全員に問いかける。みんなが「うん」と頷くのを見て、「よし」と気合を入れる。

——タイムカプセル。また一緒に埋めよう。今度は葉月も一緒に。

 俺がそう提案したのは、みんなで日葵の病室を訪ねた帰りだった。
 二十歳で開けるはずだったタイムカプセルを先に開けてしまったので、できればもう一度埋めたいと思ったのだ。今度こそ、友達同士で疑ったり傷つけたりせずに済むように。
 四人が「いいね」と言ってくれたので、一週間後の今日、それぞれに手紙を持ってきた。
 手紙の内容はもちろん、みんなに向けて今の気持ちを綴った手紙だ。

「タチアオイの種の近くに埋めよう」

「分かった」

 涼がニッと歯を見せて笑って、みんなでタチアオイの種を植える場所を決めた。群生の端のほうにちょうど一本の大きな木が立っていた。タチアオイの種をその木のそばに植えて、少し離れたところに、タイムカプセルを埋めた。

——よし、みんな、これでいい? 涼くんの言うように、二十歳になったらみんなで開けようね。

 桜舞う空の下で元気に笑っていた小学生の日葵が、みんなの瞳にまぶしく映ったのが思い出される。彼女は今、ここにいない。代わりに葉月が、俺たちとともに手紙を埋める。

「なあ、これは何歳で開ける?」

 涼の疑問に、全員が「うーん」と唸る。肝心の掘り返す時期を決めていなかった。

「三十歳とか?」

「うわーリアルな年齢。涼が結婚できてるかどうか見物ね」

「はあ!? みくり、お前にだけは言われたくねえな!」

「残念。あたし、大学にいい感じのひとがいるんですー」

「え、そうなの!? 誰だそいつ、聞いてねえぞ。どこの馬の骨だ!?」

「ふふ、涼くんったら、みくりちゃんのお父さんみたい」

 ワハハ、と一斉に笑いが起きる。「はあ?」「ちょ、お前ら」と笑い者にされている涼だけが一人、むっと唇を尖らせた。

「ねえ、提案なんだけど」

 葉月がまっすぐに手を挙げる。こんなふうに俺たちの中で葉月が積極的に発言をしてくれるとは思っておらず、驚きつつも嬉しい気持ちにさせられた。

「なんだ葉月?」

「開けるのは、日葵が目を覚ましてからっていうのはどう?」

 日葵が目を覚ましてから。
 その言葉には確かに希望があって、きらりと光の筋が見えたような気がした。

「いいね、それ」

 俺は真っ先に同意した。他の三人も「おー」「賛成!」「楽しみだね」と笑って答える。

「もうすぐ目を覚ましそうだから、束の間のタイムカプセルになりそうだね」

「それはそれでいいんじゃない? できるだけ早く、タイムカプセルを開ける日が来ますように」

 祈るように両手を合わせたみくりに倣って、みんなで手を合わせる。神社でお参りをしているような気分になりながら、祈りの後に両目をすっと開けた。
 タチアオイの甘やかな香りが風に乗り、どこまでも飛んでいく。茎と葉がさわさわと揺れてやさしいメロディを奏でる。

——みんな、待っててね。

 遠くの空から、愛しいひとの声が聞こえた気がして、思わず空を見上げる。吹き抜ける風はやっぱり夏のそれとは思えないほど爽やかで、日の光が当たり続ける背中の熱は、やわらかにほどけていった。


『みんなへ
 出会ってから今まで、いろんなことがあったな。
 楽しかったこともたくさんあるけれど、みんなのことを信じられなくなって疑っちまったこともある。
 だけど、これが本当の友達なんだろうって今なら思えるよ。
 心のうちを曝け出すことは簡単じゃない。だからこそ、心の底から通じ合えたとき、本当の絆が生まれる気がするんだ。まだ、みんなことを全部知れているわけじゃない。だからこれからも、みんなのいろんな一面を知っていきたいと思ってるよ。

 ひまへ
 俺はひまのこと、ずっと好きだった。今も、変わらず好きだ。
 この気持ちだけは永遠に変わらない。
 だけど俺のこの気持ちがひまを追い詰めていたことは、心から謝る。
 ごめんな。
 ひまが俺と同じ気持ちじゃなかったとしても、俺はひまのいちばんの理解者でありたいと思う。
 俺が一方的に好きなだけだから、同じじゃないことを、気にしないでほしい。
 笑顔のひまも、そうじゃないひまも、心から愛している』