葉月に連れられて、午後六時前、県内の総合病院にやってきた。ここらではいちばん大きな病院で、地元の人間なら知らないひとはいない。そんな病院に日葵が眠っていると知り、病院の中に入ると一気に心拍数が上がってきた。
 落ち着け。
 日葵は生きている。
 だったらまだ、希望はあるはず。
 受付で葉月がお見舞いに来た家族だと告げると、日葵の部屋まで通された。「304号室」と札のかかった部屋の扉を開けると、そこにはたくさんの管に繋がれた日葵が、病衣を纏い、ベッドに横たわっていた。

「ひま……!」

 夢中になって彼女のもとに駆け寄る。横たわる日葵は、俺が知っている彼女の姿とは違って、ひどく痩せこけていた。こんな生活を続けているのだから、それもそのはず。変わってしまった日葵を見て、目の前の光景がぐらりと揺れたような気がした。
俺とは対照的に、葉月は落ち着いた足取りで近づいてきた。何度もお見舞いに来ているのだろう。俺たちが日葵との思い出巡りをしている最中にも、葉月はここに足を運んでいたのだ。なんという皮肉だろう。葉月が学校巡りの途中で抜けたいと申し出たのも、彼女にとっては真相が明白だったからだ。

「ちょうど一ヶ月前ね……日葵がここに運ばれたのは」

「一ヶ月……」

 そうか。七月の終わり頃に、葉月が日葵を階段から突き落としたと言っていた。今日は八月下旬。大好きな女の子が、一ヶ月もの間、管で繋がれたまま生きているなんて——。

「俺が……日葵を追い詰めたんだな……」

 細く息をしながら眠っている彼女の顔を見つめる。そこに、ひまわりのような笑顔はない。無表情な彼女が横たわっていた。 
 改めて、自分が彼女に対して犯した罪を自覚して、胸がツンと痛くなった。

「陽太くんだけのせいじゃない。もとはと言えば、私の親が悪いんだ。母は日葵に完璧な子どもの理想像を追い求めた。私に対しては諦めて、何も期待してこなくなった。父親も、日葵には『ひまわりみたいに笑って』といつも言い聞かせていたの。父は母の顔色を窺うひとだったから。二人が私に期待しなくなったぶん、日葵に求めるものが大きすぎて、日葵は本当の自分を偽るしかなくなったんだと思う……」

 葉月が言いながら、眠っている日葵の白い頬の輪郭をなぞる。これまでは透き通っていて綺麗だと思っていた日葵の肌の色が、土気色にくすんでいるように見えて目が眩んだ。点滴で栄養を摂っているので仕方のないことだろう。
 日葵と葉月の親が、二人をそんなふうに育てていたとは思わなかった。俺が会ったときは普通に優しく穏やかに接してくれていたから。

「誰か一人のせいじゃないよな……。きっと、日葵たちの両親や、親戚や、俺たちや、みんなが——少しずつ、日葵に毒を盛ってしまったんだ。だからみんな平等に、同罪なんだな」

 後悔したって遅い。 
 涼に指摘されたように、俺は日葵に盲目的に恋をしていた。
 彼女のきたない部分には一切目を向けようとはしなかった。日葵の笑顔が偽りだなんて考えもしなかったのだ。

「俺の母親はさ」

 日葵のことを考えているうちに、自分がどうして日葵に対してこんなにも盲目的に信じていたのか、頭の中で整理されていく。ずっと心のどこかで思っていたこと。涼からも指摘されたけれど目を背けてきたことを、誰かに話したくて仕方がなかった。

「好きで俺を産んだはずなのに、俺にあまり愛情を注いでくれなかったんだよ。暴力を振るったり育児放棄したりしたわけじゃない。ただ俺に無関心だったんだ。なんでそんな感じだったのかは分からないけれどさ。小さい頃に母親からの愛を感じられなかったから——だから、日葵のことを必要以上に守ろうとしていたのかもしれない。涼たちに言われて気づいたよ。俺はただ、日葵を庇護したいっていう欲求を持つことで、俺自身の中に不足していた誰かからの愛を感じようとしていたんだって」

 自分でも、本当は気づいていた。
 日葵を恋しく思う気持ちの中に、純粋な恋以外の別の感情が含まれているって。
 それが何かに気づいたとき、俺の中で日葵と二人で過ごした思い出が崩れていくような気がして。
 怖かったんだ。認めてしまえば、俺は日葵を好き勝手にコントロールしていただけなんじゃないかって、思い知ることになるから。日葵をいちばん傷つけていたのは自分じゃないかって思ってしまうから。