成長して思春期を迎えても、変わらない。
 さすがに、小学生になる頃には自分が周りとは違うことに気づいた。
 楽しいと思えない自分はおかしいのだ。
 下手に本音を口にすれば、変な子だと思われると思うと怖くて、誰にも言えなかった。両親や、双子の妹の葉月にさえも。
 だから私は隠すことにした。

「へへっ、今度の日曜日、みんなで海に行くの楽しみだね!」

 陽太くんや璃子ちゃん、みくりちゃん、涼くんの前で、常に笑顔を振りまいた。他の子の前でも、先生の前でも、家族の前でも。
 ずっとずっと笑っていた。
 そうすれば、母の言う通り、他人から愛されていくのを実感することができた。
 ……でも。
 みんなが私を好きだと言ってくれるたびに、空っぽの心が軋んで、鋭い痛みが駆け抜ける。
 私はみんなに嘘をついているんだ……。
 心苦しさと罪悪感で押しつぶされそうになった。だけど、いまさら取り繕うことなんてできない。
 日葵は明るくて優しい子。
 ひまわりみたいに明るい笑顔でみんなを癒す存在。
 高校生になる頃には、自分でつくりあげた偽りの自分に、嫌気が差していた。
 そんな中、葉月が私に恨みを持っていることを知ってしまった。葉月の小説を読んだのだ。高校三年生が終わりかけたある日の夜、葉月がお風呂に入っている間に、自分と葉月の部屋を掃除していた時だった。葉月の部屋の机に置かれたノートパソコンが開いていた。興味本位で覗いてみると、そこには葉月が書いた『私が姉を殺すまで』という小説の編集画面が映し出されていた。長編小説で、その場で全部読むのは難しかった。気になった私は、自分の部屋から持ってきたUSBの中にその小説のデータを入れて、読んだ。
 小説は、“妹”の独白から始まっていた。

『姉はひまわりみたいに明るく笑うかわいらしいひとだった。
 妹の私から見ても、愛嬌があふれている。姉がそこにいるだけで、周囲が太陽光に照らされているみたいにぱっと華やかに、明るく輝いて見える。姉はみんなの輪の中心で、花を咲かせたように笑う。
 そんな姉のことを、姉の友人たちはみんな愛していた。
 姉はどんなひとからも愛される才能を持っている。
 私も、姉のことが世界でいちばん大好きだった。
 みんなよりずっとずっと、姉を愛していた。』

 そのあとは、第一章から第六章まで話が続いている。ざっくりと内容をまとめるとこんな感じだ。
 双子の妹である“私”は、内向的で人と接することが苦手。自分の殻に引きこもり、一人で絵を描くのが唯一の楽しみだった。学校に行っても友達ができなくて、孤独な日々を送っている。そんな“私”とは対照的に、双子の姉は太陽光線みたいに明るく、いつも周囲を和ませる存在。
 小さい頃は姉のことを自慢に思っていたし大好きだった。が、成長するにつれ、姉に対する嫉妬心が深まっていく。そんな“私”だったが、高校二年生の時に、好きな人ができた。クラスの中でも目立たない文学少年で、自分が知っている中では、彼のことを好きだという女の子はいなかった。恋人もいないらしい。彼は、教室で絵を描いていた“私”に、「その絵素敵だね」と話しかけてくれた。それから二人で好きな漫画や小説の話をして盛り上がり、気がつけば好きになっていた。少年の方も、自分に気がある素ぶりを度々見せてくる。でも——。
 そこで一度、物語に不穏な空気が流れる。
 じっとりと汗で背中が濡れていくのを感じながら、続きを読んだ。 
 少年が本当に好きだったのは、双子の姉のほうだった——。
 少年は、姉に近づくために、まず妹の“私”に近づいた。
 彼が、クラス一のイケメンだとか、人気者の男子だというのなら、まだ良かったのかもしれない。自分だけが彼の良さを知っていると思っていたからこそ、彼にも姉にも裏切られた気分になってしまったのだ。
 嫉妬が激しく燃え上がった“私”は、ついに姉を殺してしまう。
 ありふれた展開といえばそうかもしれない。作品の中で繰り広げられる愛憎劇には目を瞠るものがあり、文体がどこか幻想めいていて、気がつけば作品にどっぷりと浸かっていた。
 印象的な一文が胸に刺さる。

『姉はひまわりで、私は影だった』

 違うのに。
 私は、決してひまわりなんかじゃない。
 ひとの気持ちが分からない、ピエロだよ——。