「そのノートにはさ、小説のタイトルと冒頭しか書かれてなかった。それだけも確かに衝撃的だと思ったけど、ひまの日記には“タイトルと内容が”ってはっきり書かれてたんだよ。内容ってさ、冒頭だけ読んで言うもんかな? ちょっと違和感を覚えた。これは完全に俺の予想だけど。もしかしたら、その小説の内容はまた別のところにすべて書かれていて、ひまは全文を読んじまったんじゃないかって。それで、動揺したひまは葉月に小説の内容について尋ねた。そこでお前たちは口論になって、葉月がひまを——」

 そこでいったん、彼は言葉を切った。 
 額にはぐっしょりと汗が滲んでいる。目を大きく見開き、激しい呼吸を繰り返している。その先を言うか言うまいか、迷っている素ぶりを見せた。やがて、ポケットから前回見せてくれた栞と、壊れたキーホルダーを取り出した。

「この栞は前に見せたよな。図書館でひまがよく借りていた本に挟まっていた。裏に、“葉月、ごめんね”って書かれてある。この一文で、お前とひまの間に一悶着あったんじゃないかって悟った。お前が言ってた通り、最近書いたような文字だから、揉めたのも最近なんじゃないかって思った。それからこっちのキーホルダー。これを見つけたのは、このマンションの横の公園なんだけど、なんでそんなとこに落ちてたんだろうって。拾ったのは滑り台のそばだ。滑り台は公園の端っこにあるよな。そして滑り台の近くに、このマンションの非常階段が位置している」

 陽太くんが何を言いたいのか、だんだんと輪郭が見えてきて、背中の毛がぞわりと逆立つのを感じた。
 そっか。
 陽太くんは気づいてしまったんだ。
 だったらもう、隠せないね。

「ひまは、高三の三月に葉月が書いた小説『私が姉を殺すまで』の全文を読んだ。内容は予想だけど、タイトルからしてそのまま、主人公が姉を殺す話だろう。どんなふうに書かれていたかは分からない。でも、ひまはその物語の主人公が葉月で、姉が自分だと思ったんじゃないのか。俺も、冒頭だけ読んだけどそうじゃないかと思ったぐらいだから、ひまがそう感じても仕方ないよな。それで、小説を読んだひまが、怒って葉月に詰め寄った。場所は……このマンションの、非常階段の近く」

「どうしてそう思うの?」

 私は、試すように問いかけた。間髪を容れず、彼は答える。

「さっき言ったキーホルダーの話。璃子がひまにあげたこのキーホルダーを、ひまはスマホにつけていた。そのキーホルダーが壊れて公園の滑り台の近くに落ちていたということは、高いところから落下したんじゃないかと思ったんだ。キーホルダーが壊れるって、よっぽどの衝撃が加えられたってことだろ。だから、単に公園で落として踏んでしまったというわけじゃないと思った。あとは……みんなで桜田中学校に行ったとき、葉月が階段で苦しそうしてただろ。そのことを思い出して、もしかしたら、階段付近で日葵と何かあったんじゃないかって感じたんだ。どう?」

 陽太くんは自分の推理を話していくうちに、どんどん声色が冷静になっていった。反対に、私の心拍数は上がっていく。冷房が効いているはずの部屋の中で、背中に一筋の汗が伝った。
 私たちの間に、しばしの沈黙が流れる。陽太くんは、あくまで私が答えを言うまで、口を開かないらしい。
 袋の鼠、といったところか。
 思えば彼が、私と日葵のことに、いちばん最初に気づいてくれるんじゃないかと期待している自分がいた。日葵がいなくなってから、日葵のことを見つけるのは、陽太くんじゃないかって。他の誰でもない。この人が、日葵のいちばん好きなひとだったから。

「……大体当たってるよ」

 もう、覚悟を決めようと思った。
 いつか、誰かがこうして私のところに来てくれるのを待っていた。
 それが期待通り、陽太くんだった。
 もうそれだけで、いいじゃないか。

「日葵が私に『葉月の小説を読んだ』って言ってきたのは、三月の終わり頃だった。日葵が東京に引っ越す前日だったわ。いつものあの子に似つかわしくない真剣な表情で言うの。『葉月は私を殺そうとしてるんだね』って——」