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 八月二十五日月曜日。
 変わらない一日の始まりに、嫌気が差した日はもう数えきれない。夏休みに入ってから、やることと言えば自宅に引きこもって小説を書いたり、本を読んだりすることだけ。日葵の仲良しグループと行動をともにするのは早々に諦めた。
 だって、あの人たちと一緒にいると、嫌でも思い知ってしまう。
 自分が、この輪の中にいてはいけない存在だということ。
 日葵が愛したその場所で、日葵が傷つく原因となった人たちと、笑って過ごすなんて到底無理だ。日葵を探してほしい——そう頼んだのは私自身だけれど、それが自分の心を砕くことになることだって、分かっていたはずなのに。
 それでも私は、みんなを集めた。
 それが日葵の願いだったから。
 この心がバラバラに砕けても、私はそうしなければならなかった。
 日葵の願いを、絶対に叶えなくちゃいけなかったんだ。
 日がな一日中、日葵のことを考えて過ごすうちに、やがて窓の外から西日が差し込んできた。もうこんな時間か。ふと視線を時計に移したあと、テーブルの上に飾ってあったひまわりが枯れかけていることに気づく。

「もう終わっちゃうのね」

 首の部分が垂れてしまった黄色い花を見つめながら、そっと花弁に触れる。萎れた花が、もう生きたくはないと望んでいるみたいで悲しかった。せめてもの抵抗に、花瓶の水を入れ替える。水に浸しすぎるとよくないから、少しだけ。

「少しは元気になりますように」

 誰もいない室内で、望みのない願いを口にする。
 枯れてしまったひまわりを見るのは胸が痛むから。どうか明日には少しでも首を上げてくれるようにと祈った。
 窓のそばで夏の夕暮れ時の光を浴びながら、明日はどうしようかと考えていたとき、ピンポーンという玄関のチャイムが鳴った。

「予想より早かったかな」

 モニターを見なくても、誰が来たかというのは分かっている。
 玄関扉まで近づいて、鍵をカチャリと開けた。

「突然押しかけてごめん。日葵の日記を読んで、居ても立ってもいられなくなった。葉月、日葵のことで、俺はお前に話がある」

 額から汗を流し、キリッとしたまなざしで私を見つめるその人は、陽太くんだった。
 出来過ぎたシナリオに、思わず笑みがこぼれる。楽しいときには笑えないのに、こういうときばかり表情に出てしまう。

「どうぞ、上がって」

 愚かだと思いつつ、陽太くんを部屋に上げた。
 あっさりと家に上げてくれたことに驚いたのか、一度目をぱちくりとさせた陽太くんだったが、すぐに「お邪魔します」と玄関を跨いだ。

「今日はお茶だけだけどいい? もたもたしてるうちに日葵の日記を読まれるのもこわいし」

 私の言葉に、彼の肩がぴくりと揺れる。
 知ってたんだよ。陽太くんが前回、日葵の日記を持ち去ったこと。気づいててわざと気づかないふりをしたんだ。

「……ああ、お構いなく」

 陽太くんもその事実に気づいたのか、眉を顰めた。
 前回と同じように彼を私の部屋に案内し、テーブルの前に座ってもらう。彼はお腹を空かせた虎のように厳しい顔つきで腰を下ろした。今にも飛びかかってきそうな勢いだ。

「ひまと、何かあったんだろ」

 彼の唇が開かれて、早速核心をついてくる。私たちの間に、下手な駆け引きも前置きも必要ないみたい。

「ひまの日記に、葉月の小説を見てしまったっていう内容が書かれてたんだ。“葉月が書いてる小説のタイトルと内容が衝撃的だった”って。……ごめん。前にここに来たとき、俺もお前の小説のタイトルと冒頭を見てしまったんだ。『私が姉を殺すまで』——そこにあるノートに、そう書いていただろ?」

 陽太くんが、勉強机の上の本立てに立てかけてあるノートを指差した。
 なーんだ、やっぱり小説のノートも見てたんじゃん。
 私は抵抗する気もなくて、ゆっくりと頷く。