「はーづーき、一緒にかーえろっ」

 小学生の頃、一人で行動していた私を気にかけてくれたのは他でもない日葵だった。

「うん。あ、でも……」

 声をかけてくれた日葵の隣には陽太くんがいて、その後ろにはみくりちゃんや璃子ちゃん、涼くんまで揃っていた。日葵が大好きな仲間たち。私は、彼らの輪の中に混ざるのが忍びなくて、返事に渋っていた。

「みんなのこと? それなら大丈夫だよ! この四人は、葉月とも絶対に仲良くしてくれるから。なんてったって、私が好きなひとたちだもんっ」

 えへん、と胸に手を当てて自信ありげに笑ってみせる。そんな日葵を見ながら、四人とも「まあな」とまんざらでもなさそうだ。

「そこまで言うなら、じゃあ……」

 そっと日葵に返事をする。正直、彼らのことを友達と呼んでいいのか分からなかったし、その輪の中に入りたいとも、入れるとも思っていなかった。ただ、日葵が助けてくれたから。差し出された手をそっと握る。毎日同じ家で過ごしているというのに、日葵に手を握られると、安心している自分がいた。
 私には日葵がいれば良かった。 
 他の四人のことは、正直どうだって良い。友達ができなくったって、大丈夫。
 日葵さえいてくれたら。
 彼女は私にとって太陽だった。
 ……でも。
 中学生、高校生へと年齢が上がるにつれて、私の中で確かな歪みが生じ始めた。最初はかすかな違和感の種だったそれは、日葵のいちばん近くで過ごすうちに次第にふくらんでいく。やがて、取り返しのつかないほど膨れ上がったそれは、日葵に対する憎悪だった。
 身体も精神も成長するにつれて、日葵と私の間に埋まらない溝ができていたのだ。
 日葵は幼い頃から武器だった朗らかな笑顔を周りに振りまいて、どんどん人気者になっていく。勉強や芸術的な才能もあって、華やかに開花していく。蝶が(さなぎ)から(かえ)るように、自由に羽ばたいていく。運動はちょっと苦手だったが、そんなものは彼女にとって些細な欠点だった。いや、欠点ですらない。運動はできないという抜けたところがあるからこそ、彼女の人間味がうんと増して、より美しく変わっていった。
 ……それに対して、私は。
 大人になるにつれて、どんどん根暗になっていった。
 対人関係を築くのがずっと下手で、常に気が張っている。趣味は読書と小説を書くこと。勉強も運動も人並みで、突出している能力がない。相変わらず笑うことが苦手で、自分の周りから、どんどん人が離れていく。
 日葵と比べられるのが嫌で、高校は別の学校を選んだ。
 それでも、家に帰れば嫌でも日葵と顔を合わせてしまう。
 日葵は変わらず私に和やかに接してくれていたのに、卑屈な自分がいるのは、日葵のせいだと思うようになった。
 日葵が憎い。
 日葵がいなければ、少なくとも日葵と比べられずに日陰でひっそりと生きることができたのに。

 高二の時に両親が事故で死んで、悲しんでいるふりをしている私に、日葵が「大丈夫だよ」と私の背中を撫でながら言ったのを思い出す。

「葉月のことはお姉ちゃんが守るからね」 

 こういうときばかりお姉ちゃんぶる日葵を見て、心底馬鹿だと思った。
 私は少しも悲しくなんてないのに。
 そもそも双子なんだから、姉や妹なんて形式的な肩書きに過ぎないんだし。
 日葵に守られる自分が心底嫌いだった。
 日葵の中に芽生えているのはきっと、「両親を失って悲しみに暮れる妹を想う優しい姉」という自分への陶酔だろうと思った。

「これからは姉妹で支え合って生きていこうね」

 あの時、日葵が放った言葉が、今日の私をつくりあげた。
 支え合って生きるなんて無理だ。
 だって私は日葵のことをこんなにも———殺したいほど憎んでいるのだから。