「柊くん、どうしたの? なんか様子が変だと思ったら」

 バイト終わりの、二十四時。お客さんがいなくなった店内で、崎山さんに聞かれた。店長は先に店を出ていて、俺と崎山さんがクローズ作業をしていた。
 あの後、店長にはこっぴどく注意された。「久しぶりで手元が狂うのは分かるけど、お客さんはこっちの事情なんて知らないから。店員はみんな同じ店員なんだぞ」ともっともな指摘を受けた。俺はただ「すみません」と平謝りするしかなかった。

「何かあった? いつもの柊くんならミスしてもちゃんと挽回するでしょ。でも今日はあの後もずっと心ここにあらずな状態だったし。
実家にいる間に何かあったのかなって」

 崎山さんの質問は鋭かった。彼女は鈍感な人なんかじゃなかったのだ。自分の考えの浅はかさを痛感しつつ、「すみません」と口癖のようにつぶやいた。

「謝らなくていいから、教えて。どうしたの?」

 優しい口調の彼女の声を聞いていると、数日の間心に抱えていたものが決壊し始めた。

「実は……家族が体調不良だっていうの、嘘なんです」

 俺は、崎山さんに正直に、この夏の出来事について伝えた。
 幼馴染の女の子が失踪してしまったこと。
 タイムカプセルを開けると、不穏な手紙が入っていたこと。
 友達と仲違いをしたこと。
 友達と双子の妹に日葵を探さないでほしいと訴えられたこと。
 日葵の日記に衝撃的な内容が綴られていたこと。
 すべてではないが、俺の頭の中を巣食っている葛藤について、話した。
 崎山さんは俺の話が終わるまで、静かに黙って聞いてくれた。
 そして、話が終わると一言、

「柊くんはこのままでいいの?」

 とまっすぐに俺の目を見つめて問いかけてきた。

「このままで……」

「うん。要は逃げてきたってことだよね? 何も解決しないまま、辛い現実にぶち当たって、お友達の元から離れてきたんだよね。きみはそれでいいの? このまま逃げ続けて時間が解決してくれるのを待ってみる?」

 予想以上に厳しい言葉だった。でも、崎山さんが心から俺のことを思って言葉を選んでくれていることは、ありありと伝わってくる。彼女の真剣なまなざしを見ていると、このままじゃダメだと気にさせられた。
 俺はゆっくりと首を横に振る。

「嫌です。俺は……俺だけは、ひまのこと絶対に見つけてやらないといけない気がするんです。あいつは、本当の自分を見つけてほしいと思ってる気がするから」

 先日読んだ日葵の日記がフラッシュバックする。
 あれは、日葵のSOSだった。
 日記を読んだ直後はそんなことに気づかずに、ただ書かれている衝撃的な内容にショックを受けていた。でも、わざわざ他人に見せないはずの日記にあれだけ熱のこもった文章を書いてしまうくらいに、彼女は追い詰められていたんだ。
 俺は、日葵の叫びを知ってしまった。
 だからもう、後戻りはできない。

「ふん、それでこそ柊くんじゃん。私が知ってるきみは、真面目で、友達想いで、優しいひとだよ。その子がSOSを出してたなら、逃げずに受け止めてあげられるはず。だからそのお酒馴染みの子のこと、とことん探してあげて。きみならできるよ」

 崎山さんが俺の背中をぽんと軽く叩いた。初めてバイトに来た日、今日みたいに崎山さんとシフトが被っていて、彼女が俺に仕事の内容を教えてくれたことを思い出す。テキパキと仕事をこなす彼女を見て、純粋に格好良いひとだと思った。

「ありがとうございます。崎山さん。おかげで目が覚めました」

「おう。それはよかった」

 わざとなのか、男まさりな口調で答える。

「柊くんはその女の子のこと、本当に好きなんだね」

 ぺろりと舌を出しながら笑ったかと思えば、少しだけ切なげな表情になる。そんな彼女を見て、胸がドキリと鳴った。

「……はい。大切な友達です」

「友達」というところを強調して言うと、崎山さんは「きみってひとは、やっぱり優しくて痛いね」と意味深に笑っていた。