生産性のない話をだらだらと続けられるのも、大学生の特権な気がする。俺は、これから始まる長い夏休みに思いを馳せてみる。
ふと、頭の中に浮かんだのは幼馴染の女の子、青島日葵の顔だ。
ひまに会いたいな……。
彼女とは高校まで同じ学校で生活をして、大学では別々の道に進んでいる。とはいえ、彼女も東京日出大学という東京の大学に通っている。ちなみに女子大だ。お互いの大学内で会うことはもちろんなくて、外で会ったのも、大学生になってすぐの四月が最後だ。その後はお互いに慣れない大学生活で忙しくて、連絡を取ることさえできなくなった。
……というのは言い訳で、俺に華の女子大学生活を謳歌しているであろう彼女に連絡をするだけの勇気がないのだ。
「柊、どうした?」
さくらんぼを咥えた香山が俺の顔を覗き込む。イケメンはさくらんぼすら似合うのかと感心させられた。
「いやちょっと考えごと」
「そうか。柊もついに恋煩いか」
「なんでそうなるんだよ」
とツッコミを入れたものの、あながち間違いではない。
俺は小さい頃からひまのことを——。
ブルッ、とテーブルの上に置いていたスマホを震えたのはその時だった。
誰から連絡かと思いスマホを開くとLINEで新着メッセージが入っていた。どうせまた母親が「こっちにはいつ帰ってくる?」と聞いてきただけだろう。夏休みが近づくにつれ、俺の帰りを待っているのか毎週のように連絡が来る。大学生になって一人暮らしを始めた息子が心配でしゃーないんだろうな。
と、ちょっと面倒に思いながらLINEを開く。が、そこに表示された人物の名前を見て思わず「へ?」と声が漏れた。
「どうした? もしかして彼女? お前、彼女いたのかっ」
「いやだから違うって……」
香山に適当に返事をしつつ、俺の目はとある人物からのメッセージに釘付けだった。
【日葵が失踪した。日葵を探して】
日葵が、失踪。
……は?
不穏すぎる一文に首筋に寒気が走る。
「なんだこれ……」
スマホを凝視したまま固まる俺に、香山も「なんだ?」と怪訝そうな声を上げる。
内容も内容だが、メッセージを送ってきた人物が日葵の双子の妹——青島葉月であることに、さらに驚いた。
「なあ、どうしたんだよ」
さすがに俺の様子がおかしいと思ったのか、香山が俺の肩を揺さぶる。店内にゆったりと流れていたBGMが遠く聞こえた。
「幼馴染が失踪したって連絡が……」
「は、失踪?」
物騒なワードに香山も眉をしかめる。そもそも失踪なんて言葉、ドラマの世界でしか聞いたことがない。ニュースでも“行方不明”なら時々聞くけれど、失踪という言葉に込められた暗澹とした雰囲気に、心臓ごと掴まれたような心地がした。
「それ本当か? 連絡してきたのってどういう知り合い?」
「それが、失踪したっていう幼馴染——日葵の双子の妹。もともとそんなに仲が良いほうじゃなくて、連絡を取るのも何年ぶりだろうってぐらいだ」
葉月とは、中学まで一緒だったものの高校は別の学校へ進学したため、三年ほどまともな交流がない。日葵の家にお邪魔する時には会うこともあったが、一緒に遊ぶ仲ではなかった。
明るくて溌剌として可愛らしい日葵とは真逆で、おとなしく思慮深い子だ。きっと葉月本人も、俺たちとわいわいはしゃぐより、一人で本を読んだり絵を描いたりするほうが性に合っているのだろう。小学校で同じクラスになった時には、昼休みに机に向かってなにやら文章を書いていたのを見た気がする。幼少期から葉月は俺たちの輪の中には入りたがらなかった。
そんな彼女からLINEで連絡が来たことも驚きだが、日葵が失踪したというのは本当なのだろうか。
にわかには信じがたい話だけれど、逆に葉月がこんなタチの悪い冗談を言うようには思えなかった。
俺は不可解な気持ちを拭えないまま、葉月に返信を打つ。
【失踪って、本当に? どうしたらいい?】
情けない話だけれど、大切な幼馴染が失踪したと聞いて正直頭の中はパニック状態だ。
香山も俺の動揺を悟ったらしく、「落ち着けよ」といつになく真面目なトーンで諭してきた。残っていたメロンソーダを口に含む。甘いはずのそれが、苦く感じられた。炭酸は舌をひりつかせ、ぺっと吐き出したくなった。
葉月からの返信はその後すぐに来た。再び震えたスマホの画面に視線を落とす。
【こっちに戻って日葵を探して。みんなにも連絡する】
無味乾燥なメッセージではあった。けれど、葉月なりに一生懸命日葵のことを心配しているのが窺えた。
【分かった。明日、茨城に帰るよ】
既読マークがつくと、その後は何も返信が送られてくることはなかった。
「香山ごめん。俺ちょっと今すぐ家に帰って帰省の支度するわ」
「お、おう……。なんか分かんねえけど、気をつけて帰れよ」
「ありがとう」
香山は俺の様子がおかしいこともすべて察してくれて快く送り出してくれた。
喫茶店を出ると、真夏の空気が再び肌にまとわりつく。鬱陶しいことこの上ないけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ひま。
お前は本当に失踪しちまったのか?
無駄だと思いつつ、日葵にLINEを入れる。【今どこにいる?】と。だが、もちろんすぐには返事も来ないし、既読にもならない。猛暑の中を早足で歩く。ぐにゃりと揺れる陽炎に、気が遠くなりそうなほどの熱気を感じる。自宅へと続く道が永遠のように思われた。
ふと、頭の中に浮かんだのは幼馴染の女の子、青島日葵の顔だ。
ひまに会いたいな……。
彼女とは高校まで同じ学校で生活をして、大学では別々の道に進んでいる。とはいえ、彼女も東京日出大学という東京の大学に通っている。ちなみに女子大だ。お互いの大学内で会うことはもちろんなくて、外で会ったのも、大学生になってすぐの四月が最後だ。その後はお互いに慣れない大学生活で忙しくて、連絡を取ることさえできなくなった。
……というのは言い訳で、俺に華の女子大学生活を謳歌しているであろう彼女に連絡をするだけの勇気がないのだ。
「柊、どうした?」
さくらんぼを咥えた香山が俺の顔を覗き込む。イケメンはさくらんぼすら似合うのかと感心させられた。
「いやちょっと考えごと」
「そうか。柊もついに恋煩いか」
「なんでそうなるんだよ」
とツッコミを入れたものの、あながち間違いではない。
俺は小さい頃からひまのことを——。
ブルッ、とテーブルの上に置いていたスマホを震えたのはその時だった。
誰から連絡かと思いスマホを開くとLINEで新着メッセージが入っていた。どうせまた母親が「こっちにはいつ帰ってくる?」と聞いてきただけだろう。夏休みが近づくにつれ、俺の帰りを待っているのか毎週のように連絡が来る。大学生になって一人暮らしを始めた息子が心配でしゃーないんだろうな。
と、ちょっと面倒に思いながらLINEを開く。が、そこに表示された人物の名前を見て思わず「へ?」と声が漏れた。
「どうした? もしかして彼女? お前、彼女いたのかっ」
「いやだから違うって……」
香山に適当に返事をしつつ、俺の目はとある人物からのメッセージに釘付けだった。
【日葵が失踪した。日葵を探して】
日葵が、失踪。
……は?
不穏すぎる一文に首筋に寒気が走る。
「なんだこれ……」
スマホを凝視したまま固まる俺に、香山も「なんだ?」と怪訝そうな声を上げる。
内容も内容だが、メッセージを送ってきた人物が日葵の双子の妹——青島葉月であることに、さらに驚いた。
「なあ、どうしたんだよ」
さすがに俺の様子がおかしいと思ったのか、香山が俺の肩を揺さぶる。店内にゆったりと流れていたBGMが遠く聞こえた。
「幼馴染が失踪したって連絡が……」
「は、失踪?」
物騒なワードに香山も眉をしかめる。そもそも失踪なんて言葉、ドラマの世界でしか聞いたことがない。ニュースでも“行方不明”なら時々聞くけれど、失踪という言葉に込められた暗澹とした雰囲気に、心臓ごと掴まれたような心地がした。
「それ本当か? 連絡してきたのってどういう知り合い?」
「それが、失踪したっていう幼馴染——日葵の双子の妹。もともとそんなに仲が良いほうじゃなくて、連絡を取るのも何年ぶりだろうってぐらいだ」
葉月とは、中学まで一緒だったものの高校は別の学校へ進学したため、三年ほどまともな交流がない。日葵の家にお邪魔する時には会うこともあったが、一緒に遊ぶ仲ではなかった。
明るくて溌剌として可愛らしい日葵とは真逆で、おとなしく思慮深い子だ。きっと葉月本人も、俺たちとわいわいはしゃぐより、一人で本を読んだり絵を描いたりするほうが性に合っているのだろう。小学校で同じクラスになった時には、昼休みに机に向かってなにやら文章を書いていたのを見た気がする。幼少期から葉月は俺たちの輪の中には入りたがらなかった。
そんな彼女からLINEで連絡が来たことも驚きだが、日葵が失踪したというのは本当なのだろうか。
にわかには信じがたい話だけれど、逆に葉月がこんなタチの悪い冗談を言うようには思えなかった。
俺は不可解な気持ちを拭えないまま、葉月に返信を打つ。
【失踪って、本当に? どうしたらいい?】
情けない話だけれど、大切な幼馴染が失踪したと聞いて正直頭の中はパニック状態だ。
香山も俺の動揺を悟ったらしく、「落ち着けよ」といつになく真面目なトーンで諭してきた。残っていたメロンソーダを口に含む。甘いはずのそれが、苦く感じられた。炭酸は舌をひりつかせ、ぺっと吐き出したくなった。
葉月からの返信はその後すぐに来た。再び震えたスマホの画面に視線を落とす。
【こっちに戻って日葵を探して。みんなにも連絡する】
無味乾燥なメッセージではあった。けれど、葉月なりに一生懸命日葵のことを心配しているのが窺えた。
【分かった。明日、茨城に帰るよ】
既読マークがつくと、その後は何も返信が送られてくることはなかった。
「香山ごめん。俺ちょっと今すぐ家に帰って帰省の支度するわ」
「お、おう……。なんか分かんねえけど、気をつけて帰れよ」
「ありがとう」
香山は俺の様子がおかしいこともすべて察してくれて快く送り出してくれた。
喫茶店を出ると、真夏の空気が再び肌にまとわりつく。鬱陶しいことこの上ないけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ひま。
お前は本当に失踪しちまったのか?
無駄だと思いつつ、日葵にLINEを入れる。【今どこにいる?】と。だが、もちろんすぐには返事も来ないし、既読にもならない。猛暑の中を早足で歩く。ぐにゃりと揺れる陽炎に、気が遠くなりそうなほどの熱気を感じる。自宅へと続く道が永遠のように思われた。



