「俺は……」
葉月の涙の訴えを、俺は聞き入れるべきなんだろうか。
日葵のことを調べないでほしいというのが日葵の双子の妹である彼女の願いなら、俺は黙って受け入れる?
でも、そのあとはどうなんだ。
日葵が自ら姿を消したのだとして、彼女はいつ、帰ってくる?
俺の——俺たちのもとに、日葵は帰ってくる意思があるのだろうか。
このまま泣き寝入りしてもう二度と日葵に会えないのだとしたら。
「俺はやっぱり……ひまを見つけることを、諦めたくない」
心の底から本音だった。
誰がなんと言おうとも、ひまは俺の大切な友達だった。いや——それ以上の存在だ。だから、たとえ双子の妹のお願いだろうと、俺が諦めるわけにはいかない。
俺の言葉を聞いて、葉月は瞳をぱちりと瞬かせ、胸の前でぎゅっと手のひらを握った。それから、眉を下げ、切なげな表情を浮かべる。唇が震えているのも分かった。
「陽太くんは、お姉ちゃんのこと、本当に好きなんだね」
葉月が、日葵のことを「お姉ちゃん」と呼んだとき、そこに含まれている葉月の日葵への並々ならぬ想いを感じ取った。葉月は俺の選択に反対するわけではなかった。けれど、心の中ではやっぱりもう日葵のことを詮索してほしくないと思っているのはなんとなく察することができた。
「ちょっとお手洗いと、お茶持ってくるね」
なんとも言えない空気感の中、葉月がそっと席を立つ。葉月が部屋から出ていった瞬間、視線をぐるりと周囲へと這わせる。
普通の部屋……だよな。
大学生の女の子の、シンプルな部屋だ。年頃の女の子にしてはモノが少ない。でも、葉月の性格からするとごちゃごちゃと家具やモノを置かないところは理解できる。
学習用の机の上にも、ほとんど何も置かれていなかった。自分の部屋の机には参考書やら読みかけの本、筆記用具なんかを雑多に置いているので、多少違和感を覚える。なんとなく気になって、誘われるようにして立ち上がり、机の前に立った。すると、何もないと思っていた机の本立てに、大学ノートが二つ立ててあるのに気づいた。
葉月がまだ帰ってこないのを確認して、二つのノートを手に取る。よくあるありふれたノートだ。趣味が悪いと思いつつ、気になって一冊目のノートの表紙をそっと開いてみた。
飛び込んできた一文に、吸い込まれるように目が釘付けになった。
『私が姉を殺すまで』
「私が姉を殺す……」
思わずその一文を口ずさむ。
「殺す」という物騒なワードに、視界がチカチカと点滅するように目が眩んだ。
これは一体なんだ……?
葉月の字、だよな?
なんでこんなものを書いたのか——薄ら寒さを覚えつつ、次のページをめくった。
『姉はひまわりみたいに明るく笑うかわいらしいひとだった。
妹の私から見ても、愛嬌があふれている。姉がそこにいるだけで、周囲が太陽光に照らされているみたいにぱっと華やかに、明るく輝いて見える。姉はみんなの輪の中心で、花を咲かせたように笑う。
そんな姉のことを、姉の友人たちはみんな愛していた。
姉はどんなひとからも愛される才能を持っている。
私も、姉のことが世界でいちばん大好きだった。
みんなよりずっとずっと、姉を愛していた。』
詩の一節——いや、小説の冒頭だろうか。
この文章の後に、「第一章」という文字が綴られている。だがその後は何も書かれておらず、ここで文章が途切れていることが分かった。
葉月が書いた小説……と考えるのがいちばん自然だけれど、書かれている内容が、葉月と日葵のこととしか思えない。だから、この文章の中に葉月の気持ちが存分に表れているような気がした。
葉月は小説を書く人なのか。知らなかった。でも、彼女が小説を書くと言われて違和感はない。おとなしい性格をした彼女が、文章を嗜んでいるというのはなんともそれらしい趣味だと思った。
でも、どうして日葵のことを小説に……?
それに、この小説はいつ書いたものなのだろうか。
考えてももちろん答えは出てこない。一度小説のノートを閉じて、二冊目のほうを開く。
葉月の涙の訴えを、俺は聞き入れるべきなんだろうか。
日葵のことを調べないでほしいというのが日葵の双子の妹である彼女の願いなら、俺は黙って受け入れる?
でも、そのあとはどうなんだ。
日葵が自ら姿を消したのだとして、彼女はいつ、帰ってくる?
俺の——俺たちのもとに、日葵は帰ってくる意思があるのだろうか。
このまま泣き寝入りしてもう二度と日葵に会えないのだとしたら。
「俺はやっぱり……ひまを見つけることを、諦めたくない」
心の底から本音だった。
誰がなんと言おうとも、ひまは俺の大切な友達だった。いや——それ以上の存在だ。だから、たとえ双子の妹のお願いだろうと、俺が諦めるわけにはいかない。
俺の言葉を聞いて、葉月は瞳をぱちりと瞬かせ、胸の前でぎゅっと手のひらを握った。それから、眉を下げ、切なげな表情を浮かべる。唇が震えているのも分かった。
「陽太くんは、お姉ちゃんのこと、本当に好きなんだね」
葉月が、日葵のことを「お姉ちゃん」と呼んだとき、そこに含まれている葉月の日葵への並々ならぬ想いを感じ取った。葉月は俺の選択に反対するわけではなかった。けれど、心の中ではやっぱりもう日葵のことを詮索してほしくないと思っているのはなんとなく察することができた。
「ちょっとお手洗いと、お茶持ってくるね」
なんとも言えない空気感の中、葉月がそっと席を立つ。葉月が部屋から出ていった瞬間、視線をぐるりと周囲へと這わせる。
普通の部屋……だよな。
大学生の女の子の、シンプルな部屋だ。年頃の女の子にしてはモノが少ない。でも、葉月の性格からするとごちゃごちゃと家具やモノを置かないところは理解できる。
学習用の机の上にも、ほとんど何も置かれていなかった。自分の部屋の机には参考書やら読みかけの本、筆記用具なんかを雑多に置いているので、多少違和感を覚える。なんとなく気になって、誘われるようにして立ち上がり、机の前に立った。すると、何もないと思っていた机の本立てに、大学ノートが二つ立ててあるのに気づいた。
葉月がまだ帰ってこないのを確認して、二つのノートを手に取る。よくあるありふれたノートだ。趣味が悪いと思いつつ、気になって一冊目のノートの表紙をそっと開いてみた。
飛び込んできた一文に、吸い込まれるように目が釘付けになった。
『私が姉を殺すまで』
「私が姉を殺す……」
思わずその一文を口ずさむ。
「殺す」という物騒なワードに、視界がチカチカと点滅するように目が眩んだ。
これは一体なんだ……?
葉月の字、だよな?
なんでこんなものを書いたのか——薄ら寒さを覚えつつ、次のページをめくった。
『姉はひまわりみたいに明るく笑うかわいらしいひとだった。
妹の私から見ても、愛嬌があふれている。姉がそこにいるだけで、周囲が太陽光に照らされているみたいにぱっと華やかに、明るく輝いて見える。姉はみんなの輪の中心で、花を咲かせたように笑う。
そんな姉のことを、姉の友人たちはみんな愛していた。
姉はどんなひとからも愛される才能を持っている。
私も、姉のことが世界でいちばん大好きだった。
みんなよりずっとずっと、姉を愛していた。』
詩の一節——いや、小説の冒頭だろうか。
この文章の後に、「第一章」という文字が綴られている。だがその後は何も書かれておらず、ここで文章が途切れていることが分かった。
葉月が書いた小説……と考えるのがいちばん自然だけれど、書かれている内容が、葉月と日葵のこととしか思えない。だから、この文章の中に葉月の気持ちが存分に表れているような気がした。
葉月は小説を書く人なのか。知らなかった。でも、彼女が小説を書くと言われて違和感はない。おとなしい性格をした彼女が、文章を嗜んでいるというのはなんともそれらしい趣味だと思った。
でも、どうして日葵のことを小説に……?
それに、この小説はいつ書いたものなのだろうか。
考えてももちろん答えは出てこない。一度小説のノートを閉じて、二冊目のほうを開く。



