「陽太くん……」

 璃子がぽつりと俺の名前をつぶやいた声は、周囲から再び聞こえてきた蝉の声にかき消される。
 璃子の背中を撫でながら、目尻に涙を溜めたみくりが、「もう行こう」と踵を返す。涼も、何か言いたげな顔をしていたが、二人と一緒に俺に背を向けた。
 一人になった俺はどっとあふれ出る汗を拭って、バス停の椅子に腰掛けた。
 ……終わった。
 俺たちの関係が。
 文字通り、終わってしまったんだ。俺が終わらせた。みんなを疑うことで、自分自身の心を守った。ひまのことも、俺が絶対に守る。
 だから大丈夫。大丈夫なはずなのに。
 なんでこんなに、胸が痛いんだよ——。
 ポケットの中にある日葵の壊れたキーホルダーと、彼女の描いたタチアオイのイラストの栞をまさぐる。ぎゅっと手の中で握りしめて、目を閉じる。鼻の頭に汗が伝うのを感じたとき、一緒にポケットに入れていたスマホがブルッと小さく震えた。

「なんだ……」

 母親からの連絡だろうか。今日は外で夕飯を食べてくるかも、と事前に伝えていたので、そのお伺いかもしれない。ぼんやりとした頭で予想しつつ、スマホを開く。LINEの通知が一件。惰性で開くと、葉月からメッセージが届いていた。
 さっき、図書館で彼女にLINEしたことを思い出す。栞について尋ねたのだ。何か知っているだろうか、とメッセージを確認すると、思わぬ文句が飛び込んできた。

【今から私の家に来れる?】

 まさかの誘いに困惑する。スマホで時間を確認すると、現在午後三時二十二分。まだまだ一日は長い。そして、俺はこの後特に予定があるわけでもなかった。
 葉月がこんなふうに俺を誘うなんて珍しい。というか、葉月と直接連絡を取るようになったのは日葵がいなくなってからの話だ。それまでは葉月とそれほど親しい仲ではなかったから、メッセージでのやり取りも必要最低限しかしたことがなかった。まして家に来てと誘うなんて——俺が送った日葵の栞に、何か重大な意味があるのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。
 俺は、汗で濡れた指先をTシャツの裾の部分で拭ってから、彼女に返信を打つ。

【ああ、大丈夫。三十分後ぐらいに行くよ】

 俺の返信に、すぐに「既読」がついた。

【了解】

 シンプルな返事が返ってきたのを確認して、スマホをポケットにしまい込む。タイミングよくやってきたバスに乗り込むと、俺たちの住む地域へと戻っていった。