再び外の世界へ繰り出すと、冷房の空気を纏った身体はすぐに外のうだるような暑さに溶けて、汗が滲み始める。一度自分の部屋で栞についてじっくりと考えたい——そう思いながら帰りのバスを待っていたところで、ふと見知った人影が三つ、向こうから歩いてくるのが見えた。ちょうどバス停の反対側の交差点にみくり、涼、璃子が立っている。俺を抜かしたその三人の顔ぶれに、どういうわけか薄ら寒さを覚えた。

「あ」

 最初に俺の存在に気づいたのはみくりだった。気まずそうに視線を逸らし、歩みを止める。みくりが立ち止まったことを不審に思った二人がみくりの表情を見て、何かを察したように俺へと視線を合わせた。

「陽太くん……」

「陽太」

 二人の声が陽炎みたいに揺らいで聞こえる。驚きにのまれている俺は、三人にまともに声をかけることができない。やがて三人は遠慮がちな様子で道を渡り、こちらに近づいてきた。

「……奇遇だな。こんなところで会うなんて」

 三人で何をやっているのだろう。みんな、それぞれに日葵のことを考えていると思っていたのだが、俺以外の三人で集まって、何を?

「陽太も、図書館に来てたのか?」

 いつもみたいに明るく発言しようとした涼の声は若干上擦っている。みくりが残念そうな顔をして、ふう、と息を吐いたのが分かった。

「ああ。日葵とよく二人で来てたから、何か手がかりがないかと思って。みんなもそうなの?」

 どうして、なぜ、という疑問には一度蓋をして、冷静な素ぶりを見せながら問う。

「う、うん。わたしたちも、日葵ちゃんとテスト勉強しに来てたなって思いついて、それで、みんなでこうして……」

 璃子が言いながら、言葉が尻すぼみになっていることに自分でも気づいたようだ。やっぱり気まずそうに唇を噛んで俯いてしまう。
 その“みんな”の中に、どうして俺が含まれていないのか。

「……」

 四人の間に気まずい沈黙が流れる。周囲を走る車のエンジン音やツクツクボウシの鳴く声がいやに大きく耳に響いた。
 やがて耐えきれなくなったのか、涼が「あーもう!」と苛立ちを含んだ声で叫ぶ。その声の大きさに驚いたのか、璃子がびくりと肩を揺らした。

「こうなったらもう全部言うわ。隠し事とかなしで」 

 どこか吹っ切れた様子の涼に、俺はついていけずに「は?」と間抜けな声を上げる。

「おれたちさ——おれとみくりと璃子は、お前とは違うんだよ。日葵のこと好きだった。でもお前みたいに、純粋に好きだけの気持ちであいつのこと見れてなかったんだよ。なんか、この間の思い出巡りのときに、二人を見てそうかなって思って、今日三人で話さないかって声かけたんだ。お前を誘わなかったのは……まだお前が、おれたちを疑ってるかもって思ったのもあるけど、おれたちとお前の間には、分厚い壁があるって気づいたから」

「分厚い壁? 何を言ってるんだよ。俺だってお前たちと一緒でひまのこと心配して」

「そこがもう違うんだよ」

 みくりの張り詰めたような声に、心臓がドクッと跳ねた。

「……違うって、何が」

「あたしたちは、日葵がいなくなったことに、陽太ほど驚きはしなかったから」

「は……お前、何言って」

 みくりの声が夏の暑さとともにじわりと身体に侵食するように沁みた。

「あたしが日葵に嫉妬して、中学の頃に日葵にひどいことを言ったっていうのはもう伝えたよね。璃子も、涼も同じだったんだよ」

 みくりの告白に、空っぽのはずの口の中に苦い味が広がっていくような感覚に陥った。

「璃子と涼も、ひまに……? 一体何をしたんだよ。みんな、ひまのこと好きじゃなかったのか? なあ、俺たちはみんな、真ん中で笑ってるひまのこと、好きだっただろ……? ひまはみんなに分け隔てなく優しくて、いつだって明るいやつで、それで」

「陽太くんは、日葵ちゃんが“いつだって明るいやつ”だって、今でもそう思うの?」

 璃子の言葉が耳鳴りのように頭に響き渡る。普段、おとなしい彼女がこの緊迫した場面でここまではっきりと意見を言うことに驚いた。と同時に、日葵が明るい人間であるということを否定するところに背筋が震えた。