「なあ、次は線香花火やらね?」

「おお、いいね! 私、線香花火大好き」

 火薬のなくなった花火を回収して、持ってきた折りたたみ式のバケツに放り込む。今度は線香花火に火を点けた。
 少し間があって、火花が散り始める。線香花火の火は人生なんて言われることもあるように、最初は小さな火花がどんどん大きく膨らんでいく。パチパチという線香花火独特の音が、波の音と混ざり合って耳に心地よい。

「綺麗だね。やっぱり線香花火は粛々としていてそれでいて途中からどんどん激しくなっていくのが好きだな。“わたしを見て”って叫んでるみたい」

「わたしを見て、か……」

 日葵の言葉に、ずっとくすぶっていたおれの想いが疼く。
 日葵のことが好きだ。
 出会って少しした頃から、みんなの輪の中心でひまわりが花を咲かせたように屈託のない笑顔を浮かべる日葵に恋をしていた。
 でも、この気持ちを伝えてしまえば、おれたちの友情が壊れてしまうような気がしているから。 
 言えない。今も昔もずっと。
 それにたぶん、日葵は。

「日葵はさ、陽太のことが好きなの?」

 線香花火の火花が一際大きく弾けているときだった。花を咲かせてはすぐに消えていく花火を眺めていると、知らぬまにずっと胸を巣食っていた苦い気持ちが言葉になってあふれていた。
 日葵は小さく肩を揺らす。それが、肯定の意を表しているようで、「聞かなきゃよかった」と一瞬後悔した。
 でも。

「好きだよ。でも、涼くんが思ってる“好き”とは違う気がする」

「それってどういう……」

 じゃあ、その好きはなんなの?
 はっきり言葉にしてくれよ。友達として好き、とか。人間として好き、とか。
 陽太には恋愛感情なんてないって言ってくれ。
 そうじゃなけりゃ、おれが今こうしてお前と心通わせられていると思っている一瞬が、すべて無駄になっちまう。

「陽太くんは陽太くんだから」

 おれの悲鳴にも近い疑問には答えずに、彼女は寂しそうに笑った。眉を下げ、唇はわずかに開かれたまま固まっている。まるで笑い方を忘れてしまったピエロみたいに。線香花火を持っている指先も震えていて、花火が一瞬ブレた。

「陽太くんは本当の私のことを見てくれてるのかな」

 今まで弾けんばかりに咲いていたひまわりが、夏の太陽を失って萎れて項垂れてしまったかのような、寂しげな声だった。
 おれの知ってる日葵じゃない。
 おれの知ってる日葵は、いつだってこんな顔、したことがなかった。
 日葵には笑顔以外似合わない。だってそうだろ? みんなが思っている通り、日葵は可愛らしくて笑顔が似合う、元気で明るいやつなんだから。

「陽太の気持ちは、おれには分かんねえ。でも、少なくともおれは……見てるよ」

 我慢ができなくなって、つい言ってしまった。
 日葵には悲しそうな表情なんて似合わない。なあ日葵。笑ってくれよ。いつもみたいにさ。二人きりでも楽しいって言ってくれよ。おれはずるいから、こんな状況でしか、お前をひとりじめできないって、思ってるんだよ——。
 日葵は目を丸くして固まっていた。
 おれの言葉の真意を頭の中で考えているのか、瞬きもせずに、おれの線香花火を凝視する。火花はとうとう小さくなって、消えかけていた。

「日葵ももっと……おれを見てよ」

 ついに口から本音が滑り落ちたと同時に、おれの線香花火の火の玉が砂の上に落っこちた。それからすぐに、日葵の分も落ちる。
 先ほどまで明るかった手元が一気に暗くなり、寂しい気持ちに襲われる。タイミングを見計らったかのように、日葵はへへ、と眉を下げて笑った。
 笑うだけだった。
 返事はなくて、それがなんだかとてもずるいと思ってしまって。
 一世一代の告白をしたおれの中に、少しの憤りが生まれた。「好き」という決定的な言葉を口にしたわけでもないのに、そんな勇気すら出なかったのに、おれはなんて臆病なのか。今こうして二人きりでいられるのも、みんなが予定をキャンセルしたと嘘をついた結果なのに。
 それなのに、自分の中から、彼女の本音をどうしても引き出したいという欲が止まらなかった。

「日葵はいつも曖昧に誤魔化してずるいね」

 彼女の胸に、毒を塗り込んだ大きな針をずぶりと突き刺したような気分だった。案の定、日葵の顔が驚愕に満ちたまま固まる。ずっと近くではっきりと聞こえていたはずの波の音が、遠く耳鳴りのように響いた。
 おれはその後、どうやって日葵と別れたのか、覚えていない。自宅の最寄のバス停まで一緒に帰ったはずなのに、記憶にはぽっかりと穴が開いたように空白が生まれていた。
 ただひとつ鮮明に覚えていたのは、日葵に「ずるいね」と毒を擦り込んだときの、苦い気持ちだけ。なんてことを言ってしまったんだろうと後悔してももう遅かった。おれはその日、自分が彼女に垂らした毒を、返り血を浴びたみたいにして今も自分の中に溜め続けている。