二〇二五年七月末。
襲いくる酷暑に耐えきれず、大学から下宿先の自宅に戻る道中で香山とともに喫茶店に転がり込む。「ここのメロンソーダ、最高だから食ってみて」と彼から言われたのはちょうど一ヶ月前のことだ。男子大学生が一人でメロンソーダを飲んでいるところを想像すると吹き出しそうになった。
「だいたいお前、メロンソーダは食べ物じゃないだろ」
「いや、あれは食べ物だって。ソフトクリームとさくらんぼ乗ってんじゃん」
「そうだけど。ほとんどはジュースだし」
「もうそんな細かいことどうでもいいってー。柊、お前彼女できないだろ」
「それは香山も同じだろ」
大学一年生の夏にすでに彼女がいる人って、たぶん高校から付き合ってる人だろ、とツッコミを入れると彼は「ノンノンノン」と指を立てて生意気そうに首を振った。
「それが、学内でも彼女がいる人はいるんだなあ〜。まあ、実際は女子大の子と付き合ってる人が多い印象だけど」
「インカレサークル多いもんな。香山のダンスサークルだってそうだろ」
「だな。でもまあ、悲しいかな俺のところにはご縁がなくてだな」
「よく言うよ」
香山は、男の俺から見ても見目麗しい美人顔だ。男を「美人」と表現するのはおかしいかもしれないけれど、実際彼を表すのにいちばんしっくりくるんだから始末が悪い。キリッとした眉に、切れ長の瞳、まっすぐに高く筋のとおった鼻、均整のとれた口元まですべてが完璧だ。それで、ダンスサークルなんて男女の交流も盛んなサークルに所属しているのだから、モテないわけがないのだ。
そんな彼と俺、柊陽太は東京明光大学経済学部であり、一般教養の講義を受ける際にたまたま席が隣になったことで知り合った。それ以来、こうして仲良くしてくれている。サークルや部活に所属していない俺にとっては、香山の存在がとてもありがたかった。
俺たちはひとまずメロンソーダを注文し、運ばれてくるのを待った。
カランコロンとお店の扉が開くたびに、涼しげな風鈴の音が響き渡る。汗だくになっていた額や首筋が次第に冷えて、プール上がりのようなほかほかとした感覚に襲われる。
やがてメロンソーダが運ばれてくると、二人で「テストお疲れい!」と乾杯した。未成年だからお酒は飲めないので、こうしてメロンソーダでも乾杯できる。地元茨城から東京へ出てきたときは、一人暮らしも始まってどうしようかと不安だったが、メロンソーダのグラスを傾ける相手ができてほっとしている。
「うおお、確かにうまい! シュワシュワが結構効いてるな」
「だろ? テスト終わりの疲れた頭には刺激が強すぎるけど」
「いや、ちょうどいいよ。テスト、本当に疲れたし、これぐらい刺激と甘みがあって嬉しい」
そうなのだ。大学一年生の俺にとって、今日が初めてのテストの最終日だった。高校時代とは違い、自分が履修している科目により、テストなのかレポート提出なのかが変わってくる。俺は一週間の授業を二十五コマフルで入れていたので、テストが十三個、レポートが十二個という脅威の課題量だった。今日のテストをもって、すべての課題をやっつけたことになる。まったく、大学生は遊んでばかりだと揶揄する人たちに教えてやりたい。
「無事に終わって良かったよな。二十五コマとか入れてるやつ、見たことない」
「それは俺が教免取ろうとしてるからだよ」
「経済学部なのに教免って変わったやつだよな、ほんと」
普通、教員免許を取るなら教育学部に入るだろ、という意味で香山はため息を吐いた。うん、俺もそう思う。でも仕方ないだろ。俺、文系科目より理系科目の方が得意だからさ。入試で数学の配点が高い経済学部を受けるしかなかったんだよ。
「それはそうとさ、夏休みはどうするつもりだ?」
香山が、メロンソーダの上に乗ったソフトクリームを頬張りながら聞いた。
「特に予定は決まってないな。どっかで地元の友達と会えたらいいとは思ってるけど」
大学生の夏休みはそれはそれは長い。
俺たちの明光大に関してはテストが終わってから九月末まで丸二ヶ月休みがある。テストが終わるタイミングにもよるが、ほとんどの授業が遅くても八月の一週目までにはテストが終わると聞いているから、みな平等に夏休みは長い。
「そうか。まあ帰省するのがいちばん無難だよな」
「そういう香山は何か予定あるの?」
「俺はサークルで舞台巡りの旅に出るよ。北は北海道から、南は鹿児島まで全国津々浦々を回ってくる」
「南は沖縄じゃないんだ」
「北海道も沖縄も行ってたらさすがに費用がかさむからな」
「いや、鹿児島まででも十分かさみそうだけど」
彼が所属しているダンスサークルは主によさこい系の踊りを踊るらしく、夏祭りで舞台に出るのが毎年の目標らしい。
「でもいいよな、それだけ旅ができて」
「だろ? 俺がダンサーに入った理由、ほぼそれだもんな」
「不純だな」
「女の子目当てのやつらよりましだろ」
「まあそうとも言う」
襲いくる酷暑に耐えきれず、大学から下宿先の自宅に戻る道中で香山とともに喫茶店に転がり込む。「ここのメロンソーダ、最高だから食ってみて」と彼から言われたのはちょうど一ヶ月前のことだ。男子大学生が一人でメロンソーダを飲んでいるところを想像すると吹き出しそうになった。
「だいたいお前、メロンソーダは食べ物じゃないだろ」
「いや、あれは食べ物だって。ソフトクリームとさくらんぼ乗ってんじゃん」
「そうだけど。ほとんどはジュースだし」
「もうそんな細かいことどうでもいいってー。柊、お前彼女できないだろ」
「それは香山も同じだろ」
大学一年生の夏にすでに彼女がいる人って、たぶん高校から付き合ってる人だろ、とツッコミを入れると彼は「ノンノンノン」と指を立てて生意気そうに首を振った。
「それが、学内でも彼女がいる人はいるんだなあ〜。まあ、実際は女子大の子と付き合ってる人が多い印象だけど」
「インカレサークル多いもんな。香山のダンスサークルだってそうだろ」
「だな。でもまあ、悲しいかな俺のところにはご縁がなくてだな」
「よく言うよ」
香山は、男の俺から見ても見目麗しい美人顔だ。男を「美人」と表現するのはおかしいかもしれないけれど、実際彼を表すのにいちばんしっくりくるんだから始末が悪い。キリッとした眉に、切れ長の瞳、まっすぐに高く筋のとおった鼻、均整のとれた口元まですべてが完璧だ。それで、ダンスサークルなんて男女の交流も盛んなサークルに所属しているのだから、モテないわけがないのだ。
そんな彼と俺、柊陽太は東京明光大学経済学部であり、一般教養の講義を受ける際にたまたま席が隣になったことで知り合った。それ以来、こうして仲良くしてくれている。サークルや部活に所属していない俺にとっては、香山の存在がとてもありがたかった。
俺たちはひとまずメロンソーダを注文し、運ばれてくるのを待った。
カランコロンとお店の扉が開くたびに、涼しげな風鈴の音が響き渡る。汗だくになっていた額や首筋が次第に冷えて、プール上がりのようなほかほかとした感覚に襲われる。
やがてメロンソーダが運ばれてくると、二人で「テストお疲れい!」と乾杯した。未成年だからお酒は飲めないので、こうしてメロンソーダでも乾杯できる。地元茨城から東京へ出てきたときは、一人暮らしも始まってどうしようかと不安だったが、メロンソーダのグラスを傾ける相手ができてほっとしている。
「うおお、確かにうまい! シュワシュワが結構効いてるな」
「だろ? テスト終わりの疲れた頭には刺激が強すぎるけど」
「いや、ちょうどいいよ。テスト、本当に疲れたし、これぐらい刺激と甘みがあって嬉しい」
そうなのだ。大学一年生の俺にとって、今日が初めてのテストの最終日だった。高校時代とは違い、自分が履修している科目により、テストなのかレポート提出なのかが変わってくる。俺は一週間の授業を二十五コマフルで入れていたので、テストが十三個、レポートが十二個という脅威の課題量だった。今日のテストをもって、すべての課題をやっつけたことになる。まったく、大学生は遊んでばかりだと揶揄する人たちに教えてやりたい。
「無事に終わって良かったよな。二十五コマとか入れてるやつ、見たことない」
「それは俺が教免取ろうとしてるからだよ」
「経済学部なのに教免って変わったやつだよな、ほんと」
普通、教員免許を取るなら教育学部に入るだろ、という意味で香山はため息を吐いた。うん、俺もそう思う。でも仕方ないだろ。俺、文系科目より理系科目の方が得意だからさ。入試で数学の配点が高い経済学部を受けるしかなかったんだよ。
「それはそうとさ、夏休みはどうするつもりだ?」
香山が、メロンソーダの上に乗ったソフトクリームを頬張りながら聞いた。
「特に予定は決まってないな。どっかで地元の友達と会えたらいいとは思ってるけど」
大学生の夏休みはそれはそれは長い。
俺たちの明光大に関してはテストが終わってから九月末まで丸二ヶ月休みがある。テストが終わるタイミングにもよるが、ほとんどの授業が遅くても八月の一週目までにはテストが終わると聞いているから、みな平等に夏休みは長い。
「そうか。まあ帰省するのがいちばん無難だよな」
「そういう香山は何か予定あるの?」
「俺はサークルで舞台巡りの旅に出るよ。北は北海道から、南は鹿児島まで全国津々浦々を回ってくる」
「南は沖縄じゃないんだ」
「北海道も沖縄も行ってたらさすがに費用がかさむからな」
「いや、鹿児島まででも十分かさみそうだけど」
彼が所属しているダンスサークルは主によさこい系の踊りを踊るらしく、夏祭りで舞台に出るのが毎年の目標らしい。
「でもいいよな、それだけ旅ができて」
「だろ? 俺がダンサーに入った理由、ほぼそれだもんな」
「不純だな」
「女の子目当てのやつらよりましだろ」
「まあそうとも言う」



