おれたちはその後も、公園で昔の思い出を振り返った。とはいえ、早々に暑さにやられてしまって、木陰で座ってみんなで語り合うにとどまった。みんな、タイムカプセルから現れた手紙については触れないようにしているのか、日葵との表面的な思い出をなぞるようにして振り返っているだけだった。
「ここはこれぐらいにして、次の場所に行こう」
やがて陽太もこれ以上は語り合うこともないと気づいたのか、腰を上げてみんなについてくるように促した。
と、立ち上がったところで、ふと璃子が近くの滑り台を凝視して立ち止まる。
「あれ、日葵ちゃんのキーホルダー……?」
璃子が驚いた様子で滑り台まで近づく。そして、滑り台の真下に落ちていたそれを拾い上げる。こちらまで戻ってきた璃子の手に握られていたのは、壊れたキーホルダーだった。花柄のチャームをリングに引っ掛ける部分が折れて、曲がっている。
「これって、あれじゃない? ゆっこ先生と話したときに出てきた花。日葵が描いてたっていう」
「タチアオイ?」
みくりと陽太がキーホルダーを見ながら言う。おれは一瞬、「タチアオイって?」と頭の中に「?」が浮かぶが、みくりに「何忘れてんのよ」と腕をつねられて気づいた。
「そうか。画像で見たな。でもなんでタチアオイのキーホルダーが落ちてるんだ?」
「分からない……。でもこのキーホルダー、わたしが昔、日葵ちゃんの誕生日にあげたものなの。高校でもスマホにつけてくれてた。どうしてこんなところに……?」
璃子が泣きそうな声で教えてくれる。高校まで身につけて大切にしていたキーホルダーがなんでこんな無惨な姿でここに落ちてるんだ……?
みんなが押し黙ったまま、キーホルダーを見つめていた。やがて陽太が璃子に「それ、ちょっと見せて」と問う。璃子は「はい」と陽太にキーホルダーを手渡した。
陽太がじっくりとキーホルダーを観察し、それからキョロキョロと辺りを見回す。何か分かったのだろうか。
「璃子、このキーホルダー、ちょっと預かってもいいか?」
「え? うん。もともと日葵ちゃんのだし、わたしはいいよ」
「ありがとう」
短いやり取りの後、陽太はキーホルダーをポケットにしまった。
「このキーホルダーがなんでここに落ちてたかは分からないけど、とりあえず回収しておいたほうが良いと思う。今後何かの手がかりになりかもしれない」
冷静なまなざしで陽太が告げる。日葵の真実にたどり着くためのヒントがあるなら、どんなものでも欲しいのだろう。陽太を見てなんとなくそう感じた。
公園から出て、やってきた最寄りのバスに乗る。繁華街でさらに別のバスへ乗り換えて、目的地へ。車窓から移りゆく景色は、東京体育大学に進学して上京したおれにとって、すっかり懐かしいものに変わっている。
バスを降りると、すぐに潮の香りが鼻を掠めた。
今から行こうとしているのは海だ。
夏場、特に小学生の頃に家族ぐるみで海水浴に来るのが定番だった。中学に上がった頃からは子どもだけで。高校生になると、ほとんど集まることもなくなったのでみんなで海に来た記憶はない。
砂浜へと続く道は一本道だ。真夏の太陽の下、舗装されたアスファルトの上を歩きながら、少し遠くの景色が歪んで見えた。
そうそう、この陽炎が立ち上る感じが、地元って気がするんだよな。
東京にだって陽炎現象は起こるのに、街中にいるとどうしても人の流れのほうに意識がいってしまいがちだ。その点、茨城は中心部から離れると自然豊かな景色が広がっているところが多い。まだまだ東京に出てまもないおれにとっては、やっぱりこっちの風景や街の規模感のほうがしっくりくる。
なんて、ひとり郷愁に浸りながらみんなとともに歩いていると、いつの間にか目の前には昔懐かしい海が広がっていた。
青空の色を反射した海は記憶の中のそれよりずっと綺麗で、波立つ水面にきらきらと太陽の光が反射していた。
「うわー、懐かしい! 海!」
おれはいつもの調子でいちばんに声を上げる。だって、日葵がいなくなってからみんながしょぼくれているのがひしひしと伝わってくるから。おれが盛り上げないとしょうがないだろ。
真夏なので海水浴をしているひとが多いかと思いきや、あまりの暑さにみんな泳ぐのも断念しているようだ。まあ、単に平日だからというのもあるだろう。おれたちも、ギンギンに熱を放つ砂浜の上では長居できそうになくて、すぐさま「海の家」へ駆け込んだ。
「この店もまだあるんだね。なつかし」
適当に選んだ店だったけれど、昔みんなで来たハワイアンレストランだと気づく。
「何回か来たことあったな。みくりはいつもここでフライドポテト食べてたじゃん」
「え!? ハワイアンレストランでフライドポテトー? センスなっ」
みくりが自ら過去の自分にツッコミを入れる。
「いいじゃん。食べたいもん食えば」
「そういえばもうお昼だね。ちょっとご飯食べながら休憩しない?」
みんなが口々に声を上げて、最終的に璃子の提案に賛成した。お店には店内の席とテラス席があったけれど、おれたちは問答無用で店内の席を選んだ。
「おれはこれ。ビーフステーキプレート」
「涼、もう決まったの? はや、さすが単細胞」
「いやそれ使いどころちがうだろっ」
みくりのやつ、いっつも適当なこと言ってら。
まあでも、みくりがいるおかげでおれのアホなボケもスルーされずに済んでいるといえばそうだ。一応感謝だけはしておこう。
「わたしはこのロコモコにする〜」
「え、じゃああたしは……このオムレツプレートで!」
「俺はガーリックシュリンププレートにしようかな」
なんだかんだみんなお腹が空いているのか、すぐにメニューを決めて店員に注文を果たした。
もし日葵がここにいたら、何を選ぶかな……と、ふと考えている自分がいた。
日葵がいてくれたら。
地元に戻ってきて、何度そう思っただろう。
「……」
注文を終えたところでみんなも一息ついているのか、水を飲んだり海を眺めたりして、しばしの沈黙が流れる。五人が揃ってここに座っていたらこうはならなかった。だってきっと、日葵が真っ先に沈黙を破って、にこにこと話し出すだろうから。
“ねえ、あとでビーチバレーしようよ。ビーチフラッグでもいいよ! あ、でも暑いからやっぱり泳ぐ!”
いないはずの日葵の言葉が脳内で勝手に生成されていく。
日葵……。
ザザンというさざなみの音を聞きながら、俺の記憶の海も大きな波を立てる。
「ここはこれぐらいにして、次の場所に行こう」
やがて陽太もこれ以上は語り合うこともないと気づいたのか、腰を上げてみんなについてくるように促した。
と、立ち上がったところで、ふと璃子が近くの滑り台を凝視して立ち止まる。
「あれ、日葵ちゃんのキーホルダー……?」
璃子が驚いた様子で滑り台まで近づく。そして、滑り台の真下に落ちていたそれを拾い上げる。こちらまで戻ってきた璃子の手に握られていたのは、壊れたキーホルダーだった。花柄のチャームをリングに引っ掛ける部分が折れて、曲がっている。
「これって、あれじゃない? ゆっこ先生と話したときに出てきた花。日葵が描いてたっていう」
「タチアオイ?」
みくりと陽太がキーホルダーを見ながら言う。おれは一瞬、「タチアオイって?」と頭の中に「?」が浮かぶが、みくりに「何忘れてんのよ」と腕をつねられて気づいた。
「そうか。画像で見たな。でもなんでタチアオイのキーホルダーが落ちてるんだ?」
「分からない……。でもこのキーホルダー、わたしが昔、日葵ちゃんの誕生日にあげたものなの。高校でもスマホにつけてくれてた。どうしてこんなところに……?」
璃子が泣きそうな声で教えてくれる。高校まで身につけて大切にしていたキーホルダーがなんでこんな無惨な姿でここに落ちてるんだ……?
みんなが押し黙ったまま、キーホルダーを見つめていた。やがて陽太が璃子に「それ、ちょっと見せて」と問う。璃子は「はい」と陽太にキーホルダーを手渡した。
陽太がじっくりとキーホルダーを観察し、それからキョロキョロと辺りを見回す。何か分かったのだろうか。
「璃子、このキーホルダー、ちょっと預かってもいいか?」
「え? うん。もともと日葵ちゃんのだし、わたしはいいよ」
「ありがとう」
短いやり取りの後、陽太はキーホルダーをポケットにしまった。
「このキーホルダーがなんでここに落ちてたかは分からないけど、とりあえず回収しておいたほうが良いと思う。今後何かの手がかりになりかもしれない」
冷静なまなざしで陽太が告げる。日葵の真実にたどり着くためのヒントがあるなら、どんなものでも欲しいのだろう。陽太を見てなんとなくそう感じた。
公園から出て、やってきた最寄りのバスに乗る。繁華街でさらに別のバスへ乗り換えて、目的地へ。車窓から移りゆく景色は、東京体育大学に進学して上京したおれにとって、すっかり懐かしいものに変わっている。
バスを降りると、すぐに潮の香りが鼻を掠めた。
今から行こうとしているのは海だ。
夏場、特に小学生の頃に家族ぐるみで海水浴に来るのが定番だった。中学に上がった頃からは子どもだけで。高校生になると、ほとんど集まることもなくなったのでみんなで海に来た記憶はない。
砂浜へと続く道は一本道だ。真夏の太陽の下、舗装されたアスファルトの上を歩きながら、少し遠くの景色が歪んで見えた。
そうそう、この陽炎が立ち上る感じが、地元って気がするんだよな。
東京にだって陽炎現象は起こるのに、街中にいるとどうしても人の流れのほうに意識がいってしまいがちだ。その点、茨城は中心部から離れると自然豊かな景色が広がっているところが多い。まだまだ東京に出てまもないおれにとっては、やっぱりこっちの風景や街の規模感のほうがしっくりくる。
なんて、ひとり郷愁に浸りながらみんなとともに歩いていると、いつの間にか目の前には昔懐かしい海が広がっていた。
青空の色を反射した海は記憶の中のそれよりずっと綺麗で、波立つ水面にきらきらと太陽の光が反射していた。
「うわー、懐かしい! 海!」
おれはいつもの調子でいちばんに声を上げる。だって、日葵がいなくなってからみんながしょぼくれているのがひしひしと伝わってくるから。おれが盛り上げないとしょうがないだろ。
真夏なので海水浴をしているひとが多いかと思いきや、あまりの暑さにみんな泳ぐのも断念しているようだ。まあ、単に平日だからというのもあるだろう。おれたちも、ギンギンに熱を放つ砂浜の上では長居できそうになくて、すぐさま「海の家」へ駆け込んだ。
「この店もまだあるんだね。なつかし」
適当に選んだ店だったけれど、昔みんなで来たハワイアンレストランだと気づく。
「何回か来たことあったな。みくりはいつもここでフライドポテト食べてたじゃん」
「え!? ハワイアンレストランでフライドポテトー? センスなっ」
みくりが自ら過去の自分にツッコミを入れる。
「いいじゃん。食べたいもん食えば」
「そういえばもうお昼だね。ちょっとご飯食べながら休憩しない?」
みんなが口々に声を上げて、最終的に璃子の提案に賛成した。お店には店内の席とテラス席があったけれど、おれたちは問答無用で店内の席を選んだ。
「おれはこれ。ビーフステーキプレート」
「涼、もう決まったの? はや、さすが単細胞」
「いやそれ使いどころちがうだろっ」
みくりのやつ、いっつも適当なこと言ってら。
まあでも、みくりがいるおかげでおれのアホなボケもスルーされずに済んでいるといえばそうだ。一応感謝だけはしておこう。
「わたしはこのロコモコにする〜」
「え、じゃああたしは……このオムレツプレートで!」
「俺はガーリックシュリンププレートにしようかな」
なんだかんだみんなお腹が空いているのか、すぐにメニューを決めて店員に注文を果たした。
もし日葵がここにいたら、何を選ぶかな……と、ふと考えている自分がいた。
日葵がいてくれたら。
地元に戻ってきて、何度そう思っただろう。
「……」
注文を終えたところでみんなも一息ついているのか、水を飲んだり海を眺めたりして、しばしの沈黙が流れる。五人が揃ってここに座っていたらこうはならなかった。だってきっと、日葵が真っ先に沈黙を破って、にこにこと話し出すだろうから。
“ねえ、あとでビーチバレーしようよ。ビーチフラッグでもいいよ! あ、でも暑いからやっぱり泳ぐ!”
いないはずの日葵の言葉が脳内で勝手に生成されていく。
日葵……。
ザザンというさざなみの音を聞きながら、俺の記憶の海も大きな波を立てる。



