日葵ちゃんはクラスで無視されるようになってからも、決して弱音を吐かなかった。それどころか、変わらずわたしのことを心配して声をかけてくれる。信じられなかった。どうして、今まで友達だと思っていた人に裏切られて平気な顔をしているんだろう。それとも、日葵ちゃんはわたしが裏切ったことに気づいていないのかな。だとしたらさすがに間抜けすぎる。日葵ちゃんのことはずっと昔から尊敬していたけれど、それはちょっとやりすぎじゃないか、と彼女の神経を疑った。
「ねえ、璃子」
日葵ちゃんが無視されるようになってから三週間ほどの時が流れた。ずっと日葵ちゃんに話しかけられても曖昧な返事しかしていなかったけれど、その日彼女に声をかけられたときには、どういうわけか、無視できなかった。
「……なに?」
周りの目を気にしながら、返事をする。大丈夫。ちょうど今、教室には吉川さんたちはいない。いるのは大人しめの女の子たちだけだ。男の子はわたしたちのことなんか気にしてもいない。だから大丈夫。ゆっくりと深呼吸をして、速くなっていた心臓の音が落ち着くのを待った。
日葵ちゃんは少しだけ迷った素ぶりを見せたあと、「あのね」と言いづらそうに切り出す。
「璃子は、吉川さんたちからその……いじめられてるんだよね? だから私のことも無視させられてるんだよね。私、怒らないから話してよ。璃子が辛そうな姿、見たくないの」
必死に訴えかける彼女は、一点の曇りもない瞳をしていた。
その美しい双眸に吸い込まれそうになる。
ああ、なんて。
なんて綺麗なんだろう。
日葵ちゃんの心は、この澄んだ瞳のように美しいままだ。
誰になんと言われようとも、教室で存在を無視されようとも穢れない。
その確かな強さが、無垢なひたむきさが、わたしの神経を逆撫でするのには十分すぎた。
「……違うよ」
自分でもぞっとするほど恐ろしい声だった。一瞬、本当に自分の口から漏れたのかと疑って喉に触れる。だけど、目の前で目を丸くしている日葵ちゃんの表情を見て、自分が放った言葉なのだと確信する。
そうと分かればもう、勢いは止まらなかった。
「日葵ちゃんは心がきれいだから、わたしの気持ちなんて分からないよ。わたしはきたない人間だから」
彼女が弾かれたように目を見開く。
今まで日葵ちゃんと過ごしてきた中で、一度も見たことがない驚愕に満ちた表情だった。わたしは今まさに、日葵ちゃんの心を素手で殴りつけた。きっともう友達ではいられない。こんなに醜いわたしのことを、彼女がこれ以上好いてくれるはずがなかった。
ああ、そうか、わたし。
わたしも、あちら側の人間だったんだ。
吉川さんたちと同じ。自分の中に棲まう嫉妬心や余計な自尊心を大切に守って、誰からも攻撃されないように温めている。親鳥がたまごを守るみたいに。その結果、どれだけ相手を傷つけたとしても構わない。だって、いちばん可愛くて大事なのは自分自身なのだから。
「そんなことないよ」
日葵ちゃんが震えながらその言葉を口にしたとき、わたしはもう羞恥やら情けなさやらで、胸がいっぱいになっていた。
どうして?
どうしてここまで屈辱的なことをされても、あなたはきれいなままなの?
溜まって、弾けて、爆発して、どうしようもないほど醜い心のうちが口からあふれ出そうになった。だから、そうなる前に——これ以上日葵ちゃんの前で醜態を晒す前に、逃げ出した。
「あ、待って、璃子!」
後ろから日葵ちゃんがわたしを呼ぶ声が聞こえる。何度も何度も。だけど、全然聞こえないふりをして走った。
逃げることしか、できなかった。
「ねえ、璃子」
日葵ちゃんが無視されるようになってから三週間ほどの時が流れた。ずっと日葵ちゃんに話しかけられても曖昧な返事しかしていなかったけれど、その日彼女に声をかけられたときには、どういうわけか、無視できなかった。
「……なに?」
周りの目を気にしながら、返事をする。大丈夫。ちょうど今、教室には吉川さんたちはいない。いるのは大人しめの女の子たちだけだ。男の子はわたしたちのことなんか気にしてもいない。だから大丈夫。ゆっくりと深呼吸をして、速くなっていた心臓の音が落ち着くのを待った。
日葵ちゃんは少しだけ迷った素ぶりを見せたあと、「あのね」と言いづらそうに切り出す。
「璃子は、吉川さんたちからその……いじめられてるんだよね? だから私のことも無視させられてるんだよね。私、怒らないから話してよ。璃子が辛そうな姿、見たくないの」
必死に訴えかける彼女は、一点の曇りもない瞳をしていた。
その美しい双眸に吸い込まれそうになる。
ああ、なんて。
なんて綺麗なんだろう。
日葵ちゃんの心は、この澄んだ瞳のように美しいままだ。
誰になんと言われようとも、教室で存在を無視されようとも穢れない。
その確かな強さが、無垢なひたむきさが、わたしの神経を逆撫でするのには十分すぎた。
「……違うよ」
自分でもぞっとするほど恐ろしい声だった。一瞬、本当に自分の口から漏れたのかと疑って喉に触れる。だけど、目の前で目を丸くしている日葵ちゃんの表情を見て、自分が放った言葉なのだと確信する。
そうと分かればもう、勢いは止まらなかった。
「日葵ちゃんは心がきれいだから、わたしの気持ちなんて分からないよ。わたしはきたない人間だから」
彼女が弾かれたように目を見開く。
今まで日葵ちゃんと過ごしてきた中で、一度も見たことがない驚愕に満ちた表情だった。わたしは今まさに、日葵ちゃんの心を素手で殴りつけた。きっともう友達ではいられない。こんなに醜いわたしのことを、彼女がこれ以上好いてくれるはずがなかった。
ああ、そうか、わたし。
わたしも、あちら側の人間だったんだ。
吉川さんたちと同じ。自分の中に棲まう嫉妬心や余計な自尊心を大切に守って、誰からも攻撃されないように温めている。親鳥がたまごを守るみたいに。その結果、どれだけ相手を傷つけたとしても構わない。だって、いちばん可愛くて大事なのは自分自身なのだから。
「そんなことないよ」
日葵ちゃんが震えながらその言葉を口にしたとき、わたしはもう羞恥やら情けなさやらで、胸がいっぱいになっていた。
どうして?
どうしてここまで屈辱的なことをされても、あなたはきれいなままなの?
溜まって、弾けて、爆発して、どうしようもないほど醜い心のうちが口からあふれ出そうになった。だから、そうなる前に——これ以上日葵ちゃんの前で醜態を晒す前に、逃げ出した。
「あ、待って、璃子!」
後ろから日葵ちゃんがわたしを呼ぶ声が聞こえる。何度も何度も。だけど、全然聞こえないふりをして走った。
逃げることしか、できなかった。



