そんな思春期特有の感情に揺さぶられながら生きていたわたしだったが、共ヶ丘高校に入学してから、人生が一転した。日葵ちゃんも同じ高校で、なんの因果か、高校一年生の時に早速同じクラスになった。
共ヶ丘高校は偏差値でいうと真ん中より上の、準トップ校レベルの学校だった。
高校に入学した時から、新しい環境に馴染めるか不安で仕方がなかったが、その不安は最悪のかたちで爆発した。
「ねー、山辺の三つ編み、めっちゃダサくない? それに、黒縁メガネとか、萌えでも狙ってんの? メガネっ子好きなロリコン男子釣ろうとしてる? 価値観古すぎてドン引きなんだけど!」
文面にしたら語尾に(笑)でもついていそうな粘着質な声が女子トイレに響き渡る。ちょうどわたしが個室に入っているときだった。「それなー」と同調する声も聞こえる。この声は確か……と、頭の中でクラスメイトたちの顔を思い浮かべる。クラスでいちばん派手な、吉川さんと、その取り巻き。自己紹介の時からあまり関わらないほうが良さそうだとは思っていたけれど、まさか自分が陰口のターゲットになるなんて……。
自分でも信じられないほど激しく心臓が鳴っていて、トイレの個室の扉にかけていた手を思わず引っ込める。
このままじゃ出ていけない……。
扉の向こうに潜む魔物に、正面から対峙する勇気はもちろんなかった。
「でも男子たちも、山辺になんか気ありそうなやつ多くない?」
「分かる! あんな子のどこがいいの? あたしらなんて、メイクもカラコンも最先端走ってるのに」
「この学校の男には女のオシャレなんて分かんないんだよ。むかつくー」
この人たちにとって、わたしへの陰口は友情を深めるための単なる肴に過ぎないのかもしれない——そう思うと、余計に悔しくて、虚しくなった。
地獄が始まったのはそれからだ。
吉川さんをはじめ、女子の派手なグループのメンバーたちが、わたしのことを無視し始めた。教室で、まるでわたしが見えていないかのようにわざと肩をぶつけてきたり、偶然肘が当たったふりをしてわたしのお弁当を床にぶちまけたり。暴力を振るわれたり、直接悪口を言われたりはしなかったけれど、陰湿な嫌がらせが続いた。先生も、実害がないので気づいていないのか、はたまた気づいているけれど知らんふりをしているのか、分からない。最初はかすり傷程度だった傷口に、ゆっくりと塩を揉み込まれていくような痛みが胸を襲った。チクチクと細い針で心臓を刺され続けるかのような不快感。いっそのこと重体にしてくれたら先生も気づいて助けてくれるかもしれないのに——なんて、馬鹿な妄想が思考を支配した。たとえ重体になったところで、誰も助けてくれる人なんていないのに。微かに希望を抱くことで、なんとか精神を保っていたのかもしれない。
表立ってわたしをいじめてくる人以外のクラスメイトも、みんなだんまりだった。
下手にでしゃばったら、今度は自分が標的にされてしまう。聞かなくても、みんなの心中は手に取るように分かった。わたしもみんなと同じ立場だったら、傍観者になっていただろう。誰だって自分がいちばん可愛い。自分が傷つくのは嫌だ。苦しい思いをするのは、自分以外の誰か。人生の主役である自分を、無駄に苦しめたくないという気持ちは人間としてあまりにも自然すぎた。
そんな中、ただ一人、日葵ちゃんだけは違った。
日葵ちゃんは何も気にせず、わたしの席までスタスタと近づいてくる。
スマホにつけた、タチアオイの柄のチャームのついたキーホルダーが制服のポケットから垂れている。そのキーホルダーはわたしが小学生の頃に、日葵ちゃんの誕生日プレゼントであげたものだった。今でも大事に使ってくれていると知り、素直に嬉しかった。
日葵ちゃんは度々わたしに「大丈夫?」と心配してくれたり、「一緒に教室移動しようよ」と変わらず仲良くしてくれようとした。誰がなんと言おうと関係がない。彼女には、クラスのごたごたなんか目に映っていないかのように、これまで通り、わたしと接しようとしてくれた。
そんな日葵ちゃんに対して、最初は心の底から感謝していた。でも、ことあるごとに日葵ちゃんがわたしに優しくしてくれるたびに、自分が惨めな気分にさせられていることに気づいた。
日葵ちゃんは、わたしに優しくすることで自尊心を保ってるじゃない?
というか、優しくされたっていじめがなくなるわけじゃないのに。
もういい加減、放っておいて……!
我ながら勝手な憶測だと思うが、日葵ちゃんが自分のイメージアップのためにわたしを利用しようとしている——そんな被害妄想が頭から離れなくなった。
やがて、彼女の優しさを自ら拒否するようになる。
「日葵ちゃんは他の子と遊んで」
彼女の親切心をやんわりと拒絶すると、日葵ちゃんは「え?」と一瞬目を丸くするものの「璃子がそう言うなら……」とあまり納得しない様子でわたしからそっと離れていった。
そうだ。それでいい。
わたしは、あなたにそばにいられるのがいちばん辛いんだ。
本人に面と向かっては言えないけれど、心の中の本音に気づいたとき、本当に自分が醜くて卑屈な獣にでもなってしまったかのような気分だった。
共ヶ丘高校は偏差値でいうと真ん中より上の、準トップ校レベルの学校だった。
高校に入学した時から、新しい環境に馴染めるか不安で仕方がなかったが、その不安は最悪のかたちで爆発した。
「ねー、山辺の三つ編み、めっちゃダサくない? それに、黒縁メガネとか、萌えでも狙ってんの? メガネっ子好きなロリコン男子釣ろうとしてる? 価値観古すぎてドン引きなんだけど!」
文面にしたら語尾に(笑)でもついていそうな粘着質な声が女子トイレに響き渡る。ちょうどわたしが個室に入っているときだった。「それなー」と同調する声も聞こえる。この声は確か……と、頭の中でクラスメイトたちの顔を思い浮かべる。クラスでいちばん派手な、吉川さんと、その取り巻き。自己紹介の時からあまり関わらないほうが良さそうだとは思っていたけれど、まさか自分が陰口のターゲットになるなんて……。
自分でも信じられないほど激しく心臓が鳴っていて、トイレの個室の扉にかけていた手を思わず引っ込める。
このままじゃ出ていけない……。
扉の向こうに潜む魔物に、正面から対峙する勇気はもちろんなかった。
「でも男子たちも、山辺になんか気ありそうなやつ多くない?」
「分かる! あんな子のどこがいいの? あたしらなんて、メイクもカラコンも最先端走ってるのに」
「この学校の男には女のオシャレなんて分かんないんだよ。むかつくー」
この人たちにとって、わたしへの陰口は友情を深めるための単なる肴に過ぎないのかもしれない——そう思うと、余計に悔しくて、虚しくなった。
地獄が始まったのはそれからだ。
吉川さんをはじめ、女子の派手なグループのメンバーたちが、わたしのことを無視し始めた。教室で、まるでわたしが見えていないかのようにわざと肩をぶつけてきたり、偶然肘が当たったふりをしてわたしのお弁当を床にぶちまけたり。暴力を振るわれたり、直接悪口を言われたりはしなかったけれど、陰湿な嫌がらせが続いた。先生も、実害がないので気づいていないのか、はたまた気づいているけれど知らんふりをしているのか、分からない。最初はかすり傷程度だった傷口に、ゆっくりと塩を揉み込まれていくような痛みが胸を襲った。チクチクと細い針で心臓を刺され続けるかのような不快感。いっそのこと重体にしてくれたら先生も気づいて助けてくれるかもしれないのに——なんて、馬鹿な妄想が思考を支配した。たとえ重体になったところで、誰も助けてくれる人なんていないのに。微かに希望を抱くことで、なんとか精神を保っていたのかもしれない。
表立ってわたしをいじめてくる人以外のクラスメイトも、みんなだんまりだった。
下手にでしゃばったら、今度は自分が標的にされてしまう。聞かなくても、みんなの心中は手に取るように分かった。わたしもみんなと同じ立場だったら、傍観者になっていただろう。誰だって自分がいちばん可愛い。自分が傷つくのは嫌だ。苦しい思いをするのは、自分以外の誰か。人生の主役である自分を、無駄に苦しめたくないという気持ちは人間としてあまりにも自然すぎた。
そんな中、ただ一人、日葵ちゃんだけは違った。
日葵ちゃんは何も気にせず、わたしの席までスタスタと近づいてくる。
スマホにつけた、タチアオイの柄のチャームのついたキーホルダーが制服のポケットから垂れている。そのキーホルダーはわたしが小学生の頃に、日葵ちゃんの誕生日プレゼントであげたものだった。今でも大事に使ってくれていると知り、素直に嬉しかった。
日葵ちゃんは度々わたしに「大丈夫?」と心配してくれたり、「一緒に教室移動しようよ」と変わらず仲良くしてくれようとした。誰がなんと言おうと関係がない。彼女には、クラスのごたごたなんか目に映っていないかのように、これまで通り、わたしと接しようとしてくれた。
そんな日葵ちゃんに対して、最初は心の底から感謝していた。でも、ことあるごとに日葵ちゃんがわたしに優しくしてくれるたびに、自分が惨めな気分にさせられていることに気づいた。
日葵ちゃんは、わたしに優しくすることで自尊心を保ってるじゃない?
というか、優しくされたっていじめがなくなるわけじゃないのに。
もういい加減、放っておいて……!
我ながら勝手な憶測だと思うが、日葵ちゃんが自分のイメージアップのためにわたしを利用しようとしている——そんな被害妄想が頭から離れなくなった。
やがて、彼女の優しさを自ら拒否するようになる。
「日葵ちゃんは他の子と遊んで」
彼女の親切心をやんわりと拒絶すると、日葵ちゃんは「え?」と一瞬目を丸くするものの「璃子がそう言うなら……」とあまり納得しない様子でわたしからそっと離れていった。
そうだ。それでいい。
わたしは、あなたにそばにいられるのがいちばん辛いんだ。
本人に面と向かっては言えないけれど、心の中の本音に気づいたとき、本当に自分が醜くて卑屈な獣にでもなってしまったかのような気分だった。



