そして、来たる八月十八日。
 世間はお盆明けで社会人は今日から仕事が始まるらしい。わたしたち学生はまだ夏休み。とりわけ大学生の夏休みは長く、お盆明けと言ってもまだまだ休み気分でみんなと合流した。待ち合わせ場所は小学校の前。この間みんなが再会した場所だ。

「あっちぃ〜。こんな日に思い出の場所巡りか……」

「涼、面倒くさそうな顔しなさんなよ。あんた日葵のことどう思ってるのよ」

 いつものごとく、涼くんの軽はずみな発言をみくりちゃんが嗜める。わたしたちにとってはありふれた光景なのに、どこか物寂しい。この輪の中に日葵ちゃんがいないことが、わたしたちの空気感をこんなにも狂わせる。

「いや本当はおれだって、心配でたまんねえよ。なんなら、今日までの間にふらっと帰ってきたりしねえかなって思ったぐらいだ」

「……ごめん。そうだよね。あたしも同じこと考えてた」

 みくりちゃんがしゅんと肩を落とす。わたしも、実はお盆休みの間ずっと気が気でなかった。久しぶりに横浜の大学から帰ってきて家族とゆっくり過ごせる時間だったのに、頭の中は日葵ちゃんのことばかり。両親も日葵ちゃんのことは心配していて、意気消沈するわたしに気を遣っているようだった。

「ともあれ早く日葵を見つけるためにも、手がかり探し、頑張ろうぜ」

「うん」

 二人がいつのまにか気合いを入れ直したところで、陽太くんと葉月ちゃんがやってきた。

「葉月も一緒なんだ」

 みくりちゃんが彼女のほうを見やる。葉月ちゃんがなんとも言えない表情になった。

「ああ、俺が誘ったんだ。葉月も、ひまがいなくなって居ても立ってもいられないと思って」

 陽太くんがさらりと告げた。そうだよね。お姉ちゃんがいなくなって心配しない妹はいない。特に、日葵ちゃんと葉月ちゃんはわたしたちには計り知れない、強い絆で結ばれているようだった。葉月ちゃんは大人しくてあまり発言をしない子だけれど、そんな葉月ちゃんを気遣うようにして、いつも日葵ちゃんが葉月ちゃんのそばにいた。わたしたちの輪の中には入りたがらない葉月ちゃんだったけれど、日葵ちゃんと一緒にいるときは安心しているように笑っていた。だから、今いちばん心を砕いているのは葉月ちゃんだろう。

「一緒に行こう、葉月ちゃん。わたしたち、きっと日葵ちゃんを見つけるから」

 思わずわたしはそう言った。葉月ちゃんがびっくりした様子でわたしを見やる。日葵ちゃんを追い詰めたのはわたしかもしれないのに、どの口が言えるんだろう。心の中の動揺を悟られないように、陽太くんに「行こう」と目配せした。

「それじゃ早速行くぞ」

 十日前に比べると陽太くんも少し落ち着いたらしく、わたしたちの先頭で淡々とみんなを先導した。
 小学校の校庭にはこの間入ったばかりだけど、校舎に足を踏み入れたのは約六年ぶりだ。みんな、緊張しているのか顔が強張っている。正面玄関で来客として挨拶をして、中に通してもらった。来客用のスリッパが足に馴染まない。何度か転びそうになりながら、一階の職員室の前にたどり着いた。

「俺が行ってくる」

 陽太くんが職員室の扉に手をかけて、「失礼します」と挨拶をして入っていった。その勇ましい姿に感心させられる。
 陽太くんは本当に、日葵ちゃんのことが好きなんだね……。
 こんなときなのに、胸にチクリとした痛みが走る。彼と日葵ちゃんのことは考えないようにして彼が出てくるのを待った。
 そして、待つこと数分。職員室の扉が再び開いたとき、廊下で待っていたわたしたちは自然と背筋が伸びる。

「あら、みなさんこんにちは。お久しぶりですね」

 職員室から出てきたのは、鮎川優子(あゆかわゆうこ)先生だ。四十代ぐらいの女性の先生で、まるでお母さんのように優しく、時に厳しさも持ち合わせていた。先生はわたしたちが一年生の頃の担任で、全員のことを知っている。日葵とみくりちゃんは六年生のときも担任だった。

「ゆっこ先生、お久しぶりです」

 みくりちゃんがいちばん最初に頭を下げる。つられて他のみんなも会釈した。「ゆっこ先生」というあだ名で親しまれる鮎川先生は、にっこりと微笑んだ。

「一端に挨拶ができるようになったのね。なんだか嬉しいわね」

 本当に、母親みたいなことを言う。わたしたちみんな、照れ臭さを覚えながら笑う。葉月ちゃんが先生に「日葵のことなのですが」と切り出すと、先生は「ああ、そうだったわね。いなくなったって聞いたわ」と真面目な顔つきに変わった。

「どこか、教室で話しましょう。今日はまだ生徒たちは夏休み中なので、誰も来ないわ」

 鮎川先生に連れられて、わたしたち五人は三階の六年一組の教室に入った。みんなで輪になるようにして適当な席につく。久しぶりに小学校の椅子に座ったけれど、こんなに小さかっただろうか。六年生の教室とはいえ、机も背が低い。自分の成長にはっと驚かされる。