「このタイムカプセルを開けるときはみんな一緒だよ。大人になって開けるのが楽しみだなっ!」

 桜吹雪のもと、幼馴染の日葵(ひまり)の澄んだ声が、高らかに響き渡る。
 卒業式のあとの小学校の校庭は、毎日遊んでいる場所なのに、どこかよそよそしい風が吹く。仲の良い友達と、卒業証書を片手に写真を撮るクラスメイトたちを眺めていると、もう自分たちの居場所ではないのだと痛感した。
 桜の花びらが彼女の頭にちょこんと乗っかる。
 俺は自然と花びらに手を伸ばした。

「日葵、桜がのってるよ」

 俺の手が彼女の頭に届く前に、横からすっと別の手が伸びる。

「え、わ、ほんとだ。ありがとう、みくり」

 へへん、としたり顔で、みくりがつまんだ桜の花びらをひらひらと日葵の顔の前で揺らす。

「残念だったな〜陽太(はるた)

「ちょ、変なこと言うなよなっ」

 茶化す(りょう)から、わざと視線をぷいっと逸らす。同時に、日葵の顔も視界から外れてしまって、ちょっと悔しい。

「もうみんな、早くこれ埋めちゃおうよ。校門閉まっちゃうよ?」

 ひとり、いちばん真面目な璃子(りこ)だけが冷静に俺たちを急かす。

「そうだな、早いとこやっちまおうぜ!」

 “校庭でいちばん大きな桜の木の下に、みんなでタイムカプセルを埋めない?”

 卒業の一週間前にそう提案してくれたのは、日葵だった。
 それから一週間後。卒業式の今日、小学校一年生から仲の良かった俺たち五人グループ——俺、青島(あおしま)日葵、伊川(いがわ)みくり、渡瀬(わたせ)涼、山辺(やまべ)璃子で集まって、桜の木の下に穴を掘った。
 何を埋めようかと迷ったけれど、みんなそれぞれ未来の仲間たちに手紙を書くことにした。個人宛にしてもいいし、みんな宛に書いてもよし、何枚書いても良いというルールで。
 ただし、一つだけしっかりと決めていたのは匿名で書くということ。

『だってそのほうが面白いじゃん? 大人になってタイムカプセルを開けたときに、誰かがどの手紙を書いたか推理しようよ!』
 
 日葵の提案に、確かに面白そうだといちばんに乗っかったのは他でもない俺だ。
 みんなも賛成と言ってくれて、それぞれに今日、手紙を書いてきた。
 封筒もみんな同じ茶封筒にして、誰が書いたのか、本当に分からないようにした。
 開ける時に面倒だから、テープや糊で封をすることもしない。
 みんなで持ち寄った封筒をお菓子の缶に入れて、土をかぶせる。

「何歳で開ける? 十八歳? 二十歳?」

「二十歳でいいんじゃね? お酒飲みながら掘り返そうぜ」

 おバカな発言をしている涼は、いつもと変わらない元気な声を上げた。彼はいつだって俺たちの中でムードメーカーだった。そんな彼も、ちょっとだけ寂しそうに眉を下げた。

「涼、卒業すんのが寂しいんだな?」

 今度は俺がやつをからかう。

「ったく、何言ってんだ陽太! みんな同じ中学に進むんだから、寂しいわけないだろ」

 ふん、と強がっている涼はやっぱりどこか哀愁漂っていて、可愛いとこあんじゃん、と逆に見直した。
 いつだってこんなふうに戯れあってきた俺たちを、みくりと璃子の女子二人が大人な態度で見つめる。日葵だけは俺たちを見て、にこにこと楽しげに目元を細めていた。

「小学校の場所そのものも思い出の一部だもん。みんなでこうして六年間も通った学校から離れるの、寂しいよね。涼くんの気持ち、分かるよ」

 天使のような微笑みを浮かべて涼に共感を示す日葵。涼は、「そうだよな! 日葵も同じ気持ちで感動した!」と単細胞な返事をした。

「よし、みんな、これでいい? 涼くんの言うように、二十歳になったらみんなで開けようね」

 桜舞う空を見上げるようにして宣言する日葵に、みんながそれぞれ頷き合う。

「八年後、また集まろう!」

 威勢の良いみくりの声が、ひときわ大きく吹いた春風に乗ってどこまでも飛んでいく。
 この先みんなが別々の進路に進んでも、俺たちはずっとこのままだ。
 本気でそう思っていた。
 でも知らなかった。

 ガハハ、と大口を開けて「早くみんなで酒飲みてえ〜」とはしゃいでる涼も。
「あたし、ここでみんなで写真撮りたい!」と笑顔でスマホを構えているみくりも。
 泣きそうな顔で卒業の喜びと寂しさを抱えている璃子も。
 みんなと大切な六年間を過ごせて胸がいっぱいになっている俺も。
 タイムカプセルを無事に埋め終えて、ほっとした様子でみんなを見守るようにして微笑んでいる日葵も。

 誰ひとり、知らなかった。
 俺たちがこの先、どうしようもなくバラバラになってしまうことを。
 ずっと同じではいられないということを。

 夏の終わりに枯れるひまわりみたいに、華やかに咲いていたはずの俺たちの友情はゆっくりと蝕まれていく。