俺が日葵への気持ちを順調に熟成させつつあった高校二年生のある日、日葵の両親が交通事故で亡くなった。真夏の太陽がまぶしい七月下旬のことだった。
二人のお葬式で、ひまわりみたいにいつだって笑顔を絶やさなかった日葵が唯一涙を流しているところを見て胸がツンと痛くなった。普段、仏頂面をしている葉月が日葵の背中をさすっている。葉月は無表情を貫いていたけれど、彼女も途方に暮れているのが傍目でもよく分かった。
そんな日葵に、俺はなんと声をかけたらいいから分からなかった。
日葵のおばさんにもおじさんにも小さい頃からよくしてもらっていたのに。いざ二人が亡くなって、娘たちが悲しんでいるのを見ても、俺は気の利いた言葉ひとつかけられないことに、自分の無力さを思い知った。
一通り葬儀が落ち着いた頃、日葵の家を訪ねた。家といっても玄関で話をした。日葵は憔悴しきった顔で俺を出迎えてくれた。
「どうしたの陽太くん。うちにくるなんて珍しいね」
心なしか頬が痩せたように見える日葵を、思わずその場でぎゅっと抱きしめた。
「は、陽太くん……?」
これには日葵も驚いて、声が裏返っていた。俺自身も、自分の行動に自分で驚いている。
突然抱きしめるなんて、積極的なのを通り越して、気持ち悪いだろう。
「ご、ごめん!」
我に返った俺は瞬時に彼女から離れる。
「もしかして元気づけようとしてくれたの?」
もう彼女の顔を見るのも恥ずかしくて、俯いて小さく頷くので精一杯だった。
ああ、終わりだ。
これでもう俺は日葵の中でキモチワルイ男認定されてしまった。
きっと明日から口を利いてくれないだろう。
真正面にいる彼女からどんな罵声が飛んでくるのかと覚悟して待ち構えていたけれど、聞こえてきた言葉は想像とは全然違っていた。
「そっか。ありがとう。あれ、本当だったね。俺がひまのこと守るっていうの。陽太くんは私の心をずっと守ってくれる」
「ひま……」
あまりにもやさしい彼女の言葉が、羞恥心でいっぱいになっていた俺の胸に深く浸透していく。
「こんなかたちでしかそばにいられなくてごめん。でも俺、今は未熟だけど、これからもっと日葵に相応しい男になるから。その、隣で見てて」
「うん」
花が咲いたように笑う日葵のやわらかなまなざしを見て、嬉しくてつい綻んだ。
「あ、そういえばこれ」
俺は彼女を励まそうと持ってきた花束を日葵に渡す。
「わ、すごく綺麗なひまわり……」
生まれて初めて花屋さんで買ったひまわりの花束だった。明るい黄色の花びらが、白い肌をした彼女によく似合っていた。
「ひまに似合うと思って。その、好きかどうかは分からなかったけど……」
言い訳をしながらプレゼントを渡す男は格好悪い。頭では分かっているのに、どうしても保身に走ってしまう自分が憎らしかった。
日葵はじっと俺が渡したひまわりと、俺の顔を交互に見つめながら、一瞬切ない表情を浮かべた。どうしてそんな顔をしたのか分からなかったけれど、すぐにぱっとまた華やかな笑顔を浮かべる。
「ありがとう! 私、ひまわりが大好きなのっ。大切にするね」
小さい頃から変わらない、屈託のない笑顔を見せてくれる日葵に、不覚にも俺のほうが心癒されていた。
それからというもの、彼女に想いを伝えるタイミングを見計らいながら、結局伝えずに高校を卒業した。
伝えなくても伝わっているとすら思っていたし、もう俺たちの間には言葉は必要ないと感じていた。
それぐらい、日葵の両親が亡くなってから、できるだけ彼女のいちばんそばにいるようにしていた。学校に行くときも帰るときも、彼女の心のすぐそばに寄り添って、生きた。
告白しているも同然だと思った。
この先いつか、彼女に想いを伝えられる日が来たら、その時は生涯をともにしたいとまで言ってしまうかもしれない。男友達からは笑われるだろうけれど、日葵が笑ってくれるならそれでいい。
彼女だって俺とずっと生きていきたいと思ってくれている——そう信じて疑わなかった。
葉月から、日葵が失踪したという連絡を受けるまでは。
二人のお葬式で、ひまわりみたいにいつだって笑顔を絶やさなかった日葵が唯一涙を流しているところを見て胸がツンと痛くなった。普段、仏頂面をしている葉月が日葵の背中をさすっている。葉月は無表情を貫いていたけれど、彼女も途方に暮れているのが傍目でもよく分かった。
そんな日葵に、俺はなんと声をかけたらいいから分からなかった。
日葵のおばさんにもおじさんにも小さい頃からよくしてもらっていたのに。いざ二人が亡くなって、娘たちが悲しんでいるのを見ても、俺は気の利いた言葉ひとつかけられないことに、自分の無力さを思い知った。
一通り葬儀が落ち着いた頃、日葵の家を訪ねた。家といっても玄関で話をした。日葵は憔悴しきった顔で俺を出迎えてくれた。
「どうしたの陽太くん。うちにくるなんて珍しいね」
心なしか頬が痩せたように見える日葵を、思わずその場でぎゅっと抱きしめた。
「は、陽太くん……?」
これには日葵も驚いて、声が裏返っていた。俺自身も、自分の行動に自分で驚いている。
突然抱きしめるなんて、積極的なのを通り越して、気持ち悪いだろう。
「ご、ごめん!」
我に返った俺は瞬時に彼女から離れる。
「もしかして元気づけようとしてくれたの?」
もう彼女の顔を見るのも恥ずかしくて、俯いて小さく頷くので精一杯だった。
ああ、終わりだ。
これでもう俺は日葵の中でキモチワルイ男認定されてしまった。
きっと明日から口を利いてくれないだろう。
真正面にいる彼女からどんな罵声が飛んでくるのかと覚悟して待ち構えていたけれど、聞こえてきた言葉は想像とは全然違っていた。
「そっか。ありがとう。あれ、本当だったね。俺がひまのこと守るっていうの。陽太くんは私の心をずっと守ってくれる」
「ひま……」
あまりにもやさしい彼女の言葉が、羞恥心でいっぱいになっていた俺の胸に深く浸透していく。
「こんなかたちでしかそばにいられなくてごめん。でも俺、今は未熟だけど、これからもっと日葵に相応しい男になるから。その、隣で見てて」
「うん」
花が咲いたように笑う日葵のやわらかなまなざしを見て、嬉しくてつい綻んだ。
「あ、そういえばこれ」
俺は彼女を励まそうと持ってきた花束を日葵に渡す。
「わ、すごく綺麗なひまわり……」
生まれて初めて花屋さんで買ったひまわりの花束だった。明るい黄色の花びらが、白い肌をした彼女によく似合っていた。
「ひまに似合うと思って。その、好きかどうかは分からなかったけど……」
言い訳をしながらプレゼントを渡す男は格好悪い。頭では分かっているのに、どうしても保身に走ってしまう自分が憎らしかった。
日葵はじっと俺が渡したひまわりと、俺の顔を交互に見つめながら、一瞬切ない表情を浮かべた。どうしてそんな顔をしたのか分からなかったけれど、すぐにぱっとまた華やかな笑顔を浮かべる。
「ありがとう! 私、ひまわりが大好きなのっ。大切にするね」
小さい頃から変わらない、屈託のない笑顔を見せてくれる日葵に、不覚にも俺のほうが心癒されていた。
それからというもの、彼女に想いを伝えるタイミングを見計らいながら、結局伝えずに高校を卒業した。
伝えなくても伝わっているとすら思っていたし、もう俺たちの間には言葉は必要ないと感じていた。
それぐらい、日葵の両親が亡くなってから、できるだけ彼女のいちばんそばにいるようにしていた。学校に行くときも帰るときも、彼女の心のすぐそばに寄り添って、生きた。
告白しているも同然だと思った。
この先いつか、彼女に想いを伝えられる日が来たら、その時は生涯をともにしたいとまで言ってしまうかもしれない。男友達からは笑われるだろうけれど、日葵が笑ってくれるならそれでいい。
彼女だって俺とずっと生きていきたいと思ってくれている——そう信じて疑わなかった。
葉月から、日葵が失踪したという連絡を受けるまでは。



