日葵とはそれから幼稚園の中でいちばん仲の良い友達になった。何をするにも一緒で、男女だからからかわれることもあったけれど、日葵に憧れるやつらが僻んでいるとしか思わなかった。
 園内のジャングルジムのてっぺんで、日葵が「私ねえ」と少し下にいる俺に向かって話しかけてきたことは今でも覚えている。

「大きくなったら、陽太くんのお嫁さんになりたい!」

 屈託のない笑顔を浮かべて俺を見下ろす彼女のその言葉にびっくりして、思わずジャングルジムからおっこちてしまいそうになった。

「わっ!」

 足を滑らせて、変な声が喉から漏れた。日葵が、「大丈夫!?」と慌てて上から降りてくる。

「ごめん、大丈夫」

 なんとか怪我をせずに済んで胸を撫で下ろす。日葵はほっとした顔で、頬を赤らめていた。

「ひま、さっきのって本当?」

「う、うん。だって私、陽太くんのこと好きだもん」

 はっきりと「好き」という気持ちを口にする日葵に俺は幼いながらに恥ずかしく、そして胸がときめいた。そのとき初めて、俺の中で枯れていた、誰かからの愛情を感じる気持ちが花を咲かせた。

「嬉しい。俺も、大人になったらひまをお嫁さんにしたい」

「えっ、本当!?」

「うん」

 想いが通じ合っていると分かって、彼女は心底嬉しそうに笑った。
 俺が日葵への恋心を自覚したのはまさにこのときだった。


 小学校に上がると、仲間が増えた。 
 みくり、涼、璃子が俺とひまの輪の中に入ってきた。みんな、同じクラスのメンバーだ。葉月はべつのクラスだったのと、もともとグループで遊ぶのが苦手だったらしく、俺たちの輪の中には入りたがらなかった。
 お調子者の涼。
 しっかりしていそうだけど、ところどころ抜けているみくり。
 おとなしく、真面目な璃子。
 ひまわりみたいに明るい笑顔をふりまく日葵。
 みんな、全然違う性格で凸凹メンバーだけれど、その分一緒にいるのが飽きない。特に、日葵がみんなの中心で次々と面白い遊びを提案してくれるから、日葵についていけば毎日がきらきらと雨上がりの空のように輝いていた。
 そんな日葵への想いがひときわ大きくなった出来事がある。
 あれは確か、小学四年生の頃だ。
 放課後にいつもの五人で遊ぶ約束をしていたのだが、俺以外の四人のクラスが終わるのが遅かった。一年生の時とは違ってみんなバラバラのクラスになっていて、俺は五人の中で誰とも同じクラスじゃなかった。
 ひとまず、いつもの公園でみんなを待っていようと先に学校を出ることに。しかし、公園に行くまでの道中で、俺は悲劇に見舞われた。

「ワンワンワンワンッ!」

 激しい犬の鳴き声が聞こえて振り返る。次の瞬間には、草むらから大きめの毛の塊のようなものが飛び出して俺に突進してきた。
 やられる、と両目をつぶった瞬間、「陽太くん!」という日葵の叫び声が聞こえた。その声とともに、ドン、と俺は突き飛ばされる。日葵が自分を野良犬から引き離したと分かったときには、彼女が腕を犬に噛まれてしまっていた。

「やめて、あっちいって!」

 それでも果敢に俺の前に立ちはだかり、野良犬を追い払う日葵。犬は日葵には勝てないと思ったのか、尻尾を丸めて逃げて行った。

「陽太くん、大丈夫!?」

 慌てて俺のほうへと駆け寄ってくる日葵の腕からはツーッと赤い血が流れ、地面へ滴り落ちる。痛々しいその傷を見て、思わず息をのんだ。それから胸にジクジクとした痛みが駆け抜ける。

「俺は大丈夫。それよりひま、お前、腕が……」

「これぐらい大丈夫だよ。唾つけとけば治るって。あー、陽太くんが無事でよかった!」

 腕の傷を隠しながら笑う日葵だったが、その目が一瞬寂しそうに見えた。が、その後すぐににっこりと心底安心したような表情に戻った。今のは……気のせいだったかもしれない。
俺のことを獰猛な犬から守って平気な顔をして、なんて優しくて勇敢なやつなんだと胸を打たれた。
 俺はひとまず、ランドセルの中に入れていたハンカチを彼女の腕に巻いた。

「本当に大丈夫……? 結構血が出てたけど……」

「大丈夫だって。ハンカチありがとう。これでもう本当に痛くないよ」

「いや、お礼を言うのは俺のほうだよ。助けてくれてありがとう。帰ったらちゃんと消毒してな」

「うん! 大丈夫!」

 ハンカチを巻いてもらったのがそんなに嬉しかったのか、ぴょんと飛び跳ねて笑顔を見せる日葵。ひとまず痛がっている様子がなくてほっとした。その後、日葵を自宅まで送って行って、公園へと戻る。すでに公園に着いていた他のメンバーに事情を伝え、その日は日葵抜きで遊んだ。