八十年越しのラブレター

 その文面で、この物語は締め括られていた。
 大志さんは、この続きを書くことが出来なかったのだから。
 私にと書かれた原稿には私との思い出がメインで、前半に描かれていた辛い人生も、私と生涯を共にしても良いとまで思ってくれていたことも書いていなかった。……私が暮らす未来を守る為に、出征を決めたことも。
 ……そうです、大志さん。日本の敗戦は無意味ではありませんでした。だから日本は、二度と過ちを繰り返さないと決めたんだから。

 涙を拭いその後の文面を読んでいくと、後書きがあった。そんなはずはないと読んでいくと、それは片仮名の文面で綴られていた別の原稿用紙の束に残されていた小説だと説明書きしてあった。
 この物語の登場人物である「和葉」は漢字が読めない為、片仮名で記し彼女に向けたのだと推測され載せられていた。


 和葉のおかげで、未来は平和だと分かった。しかし、和葉は好きに生きれず悩んでいる。その苦しみは分かる。俺も、平和な時代を生きたこともあるから。だから戦時時代に比べたら今は幸せだから悩むな、なんて言う気はない。ただこの戦いで、死ぬかもしれない立場の者から一つ言わせて欲しい。


 その文面に指がピクッとなるも、恐る恐るページを捲る。


 明日を迎えられるか分からない境遇に立った時、君は後悔しませんか? 好きに生きたら良かったと、嘆きませんか? 俺は赤紙を受け取った時に今までの人生が走馬灯のように駆け巡ったが、悔いることは何一つなかった。だって俺は大学で文学の勉強出来て、小説書いて、それを本にして、俺が書いた話を好きやと言ってくれる人が居てくれた。和葉に出会えて、一緒に小説が書けた。和葉のおかげでまた万年筆を握れた。もう一度夢と希望を持てたからこそ、この物語を書けたんや。もし和葉に出会えてなかったら、俺はこのまま断筆したまま出征せなアカンかった。多分、後悔の言葉を口にしながら汽車に乗っていたやろうな。


「……そうですね」
 そう呟いた私は、目に涙を浮かべながら笑っていた。だって、本当のことだったから。

 菅原平成先生の出征を見送った村の人達が聞いた言葉の一つは、「もっと書けば良かった」だったらしい。
 その後に名を残す文豪らしいとされるエピソードだけど、私には「何一つ後悔はない」と言い残していた。
 もらってばかりだと思っていたけど、私が大志さんに渡しているものがあったなんて。


 ありがとうな。俺がこんな清々しい気持ちでいられるのは、和葉のおかげや。もし死ぬ運命やったとしても、俺は悔いることなんてない。だからな、和葉は元の世界に戻って小説をいっぱい書いて欲しい。俺の分まで。……なーんてな、そんなこと言ってる人間は案外助かるもんやけどな。それでは行ってまいります。そして和葉も行ってらっしゃい。もう、戻ってきたらアカンで。分かったな?


 話しかけるように軽い口調で、私への文面は締めくくられていた。
 最後のページに記載されていたのは、この原稿は親戚や同郷だった人々の手によって本にされたらしい。
 大志さんの死亡通知を受け、鍵を預かっていた菊さんや親戚の人が遺品整理の為に家に立ち入った時に原稿を見つけて、それを……。

 だから、この本が世に出たんだ。
 戦争の悲惨さを描き、当たり前の平和ではなかったということを今の私達に伝えてくれる内容が。
 死を覚悟した文豪が後悔しないように生きて欲しいと、未来を生きる私達に遺してくれた。
 この遺作によって。