「……ん」
 机で俯きうたた寝をしていた私は、首の痛みで瞼を開き顔を上げる。
 開いた窓からは風が入りレースのカーテンが揺れ、そこより漏れるのは茜色の夕陽。
 目の前にはブックスタンドにより並べられた参考書に、進路希望調査表。そして、菅原平成先生の小説が傍らにあった。
「あ!」
 本を手に取り皺がいっていないかを確認するが問題なく、ふぅーと溜息を漏らす。
 ……いつの間に、眠ってしまったのだろう。
 長く、辛く、リアルな夢だった。
 しかし戦時中にタイムスリップして、憧れの文豪に出会うなんて先生の作品を読み過ぎかな?
 ヒリヒリとする目と喉に違和感を持ちつつ、そろそろお母さんが帰ってきて部屋に入ってくる時間だと小説を手に取り引き出しに仕舞う。

 ポサッ。
 机からカーペットに、何かが落ちたと知らせる嫌な音。
 参考書でも落としたかなと、椅子に座ったまま左手を伸ばしそれを拾い上げる。

「……あれ?」
 目を丸くした私が手にしていたのは、星空色の単行本。
 その題名は。
『未来少女 和葉』
 夢で見た作品だった。
 しかし、私はこんな作品知らない。菅原平成先生の作品に惹かれた私は、当然ながら全ての作品を集めていて読破している。
 先生は終戦直前に亡くなったのだから、新作なんて発表されるわけ……。
 しかしそれを否定するかのように、帯には『激動の終戦間近に書き上げた魂の遺作』と書かれてある。
 心臓が鳴る。まさか、大志さんは本当に……?
 震える手で本を手に取りページを捲ると所々で初めて目にする文面もあるが、あの日大志さんの部屋で読んだ原稿と同じ内容だった。

 あの世界は現実だった。やっぱり大志さんは、菅原平成先生だったんだ。
 体の奥底より押し寄せる絶望感。
 私は唯一あの人の命を救うことが出来た存在だったのに、行動に移さなかった後悔。
 己の愚かさ。
 だから私はダメなんだ。何も出来ないから……。

『ダメやと思うなら、今から行動起こしたらええやん』
 そんな言葉が、脳裏を掠める。
 以前に私が漏らした弱音に、返してくれた言葉。

 ……今出来ることは一つ。大志さんの遺作を読むこと。
 そう思い一ページ目を捲る。