八十年越しのラブレター

 家に戻ってくると台所も茶の間もやたら広く、静まり返っていた。元々広い家だったけど、そう思うのは大志さんが居ないからだろう。
 ちゃぶ台の前に一人座り、大志さんの席をぼんやりと眺める。

 ……大志さん、もしかして私が未来から来てると分かったの?
 空襲を黙っていたと知った上で、私と普通に接してくれていたの? まさか、そんなわけ。
 それに。この時代にはそんなSF的な話は流通しておらず、作家の中でもその発想は珍しかったと思う。
 そんな発想、まるで。
 ……え? まさか。
 その考えが過った時、全身に寒気が走ったような気がした。心臓がバクンバクンと音を鳴らし、呼吸が乱れていく。
 そんなわけない! そんな!
 この悪寒を振り払いたくて、心臓の鼓動と呼吸を落ち着かせたくて、私は原稿を置いておいたと言われる大志さんの開きっぱなしになった部屋に飛び入る。
 そこには分かりやすいようにと机に置いてあり、原稿用紙を手に取る。
 聞いていた通りカタカナの文字で書き綴られており、一行目に「ミライショウジョ カズハ」と記されていた。
「未来少女、和葉」
 思わず声に出してしまう単語。やはり、大志さんは私の正体に気付いていたんだ。
 嫌な音を鳴らし続ける心臓を無視して、私はその物語を読み始める。それは未来から来た私と共に過ごした一年間を綴ったものだった。

 途中まで読んだ私は、まだ続きはあるけどこれ以上読み進めることが出来なかった。
 だってこの文体、初めて見るような気がしないから。
 そう心付いた私は、玄関のドアを勢いよく開けて駆け出す。

 ──大志さん! 行ったらだめ!
 私は駅まで駆ける。引き止めたい一心で。
 息が切れ、喉が焼けそうに痛くて、足がもつれていく。
 赤紙には召集場所が書いてあったらしいけど私には読めず、どこに行ったのかも分からない。
 大体どうやって止めるの? どうやって?
 それに気付いた私は足が前に出なくなり、そのまま膝を付き手を地面に付いた。
 すると俯いた私の目から涙がポタポタと落ちていき、それは乾いた地面を濡らし色を変えていく。

 あの人は昭和初期の文豪と呼ばれたSF作家、菅原平成先生だったかもしれない。
「生まれるのが早過ぎた天才」。それが文豪の別称で、
実際にあの方は生まれるのが早過ぎた。当時SFは海外で数作発表されたぐらいで、日本では表に出ていなかった。
 戦後人々が絶望している中で、夢と希望の物語である菅原平成先生の本が注目されるようになった。
 誰もが思い付かない発想、子供から大人までを虜にする夢が溢れる物語。
 現代では児童書や英訳され、子供から海外の人まであの方の話を読んで面白いって言っている。私なんて、人生が変わったんだから。

 だけど、それを菅原平成先生は知らない。
 あの方の作品が認められたのは死後。生まれるのが早過ぎたと言われているのは、出征して死ぬ運命にある人だから。
 どうして気付かなかったの?
 もしかしたら、助けられたかもしれないのに。
 私の軽率な考えが、大志さんを死なせてしまった──。

「大志さん!」
 私の張り上げた声が、夕陽の空へと消えていく。

 目からは止めどなく涙が落ちていき、心臓は痛いぐらいに鼓動を鳴らして張り裂けそうに痛く、息が出来ないほどに苦しいのに私はただその名前を呼び続けていた。

 いつしか時は黄昏時を迎えており、金色に輝くの空が広がっていた。それを目にしたのが最後の記憶として、私はいつの間にか意識を手放していた。