翌日、小雨がパラパラと降る中、駅に村人五十人ほどが見送りにへと駆け付ける。
「ご武運をお祈りしております」
「行ってまいります。ご迷惑をおかけしますが、家に、畑。和葉をよろしくお願いします」
 菊さんの言葉に背筋をピシッと伸ばして、一礼する大志さん。それはいつも交わしている馴れ合いの軽口はなく、公然の場に見せるものだった。
 ……やめてよ、今生の別れみたいにするのは。大志さんはすぐ帰ってくるんだから。

「和葉、行ってくるわ」
「はい……」
 熱い目元を抑え、切れそうに痛む喉を抑え、張り裂けそうな感情を抑え、振り絞る声で口にした。
「そんな顔せんといてな。俺は今、清々しい思いなんや」
 思いがけない言葉に顔を上げると、一点の曇りもない瞳に上がっている口角。その言葉に偽りのない、屈指のない表情だった。
「俺はな、やりたいことをやり切った。後悔なんて何もない。……ま、一つ言うなら和葉が心配やけどな」
「子供扱い、しないでください」
 ははっと笑いながら頭を撫でる大志さんは、私の頭をぐしゃぐしゃにする。
 しかしその手は離れてゆく。到着した汽車に乗る為に。

「カタカナで書いといたから読んでくれんか?」
「え!」
 すぐにその反応が取れたのは、何について言っているのかが分かったから。大志さんが書き綴った原稿を目にしても達筆過ぎて読めないと嘆いていたから、わざわざカタカナで書いてくれたんだ。
 その優しさに、今度は別の意味で涙腺が緩む。
 ダメ、泣いたら。笑顔で送り出すと決めているんだから。
 言葉に詰まった私は人目にも触れず、大志さんの手を強く握り締めていた。
 そんな私に大志さんは、そっと顔を寄せて来て一言呟いた。
「もし、元の時代に帰れるなら帰りなさい」
「……え?」
 私から離れてゆく目は全てを察しているように、こちらを真っ直ぐにとらえている。
「分かったか?」
「待ってます!」
「帰らなアカン。みんな心配するで」
 鳴り響く汽笛に、私が掴んでいた手から指を引き抜いた大志さんに、唇を噛み締め首を横に振る。
 走り出した汽車より手を振る大志さんが最後に見せた表情は、満面の笑みだった。

「大丈夫よ、大志さんなら。な?」
 その場に崩れてしまった私を支えてくれたのは菊さんで、そのまま手を引いてくれ一時間かけて村に戻ってきた。