食後の片付けが終わると、互いに正座して膝を突き合わせる。その面持ちも硬い。
「一週間後、俺は家を出て行く。和葉、そうゆうわけだから家と畑を任せて良いかな?」
「お断りします」
私は唇を噛み締め、真っ直ぐな瞳から目を逸らす。
男は国の為に戦い、女は家や畑を守る。
その価値観が当たり前とされる時代に、私はそれを拒否する。
私は大志さんの身内ではないけど、大志さんは私の居場所がなくならないようにと、私を信じて全てを任せようとしてくれている。
それなのに私は国の為に戦地に赴く兵隊さんの頼みの一つも聞かず、不義理な発言をしている。
「勿論、一人で管理は無理だから近所の人にも畑を手伝ってもらうように頼む。皆、協力してくれる。こうして男がいない村と畑を守ってきたんだ」
淡々とこの先について話していく大志さん。
やめてよ、自分が居なくなってからの話をするのは。
「どうして拒否しないのですか!」
俯いていた顔を上げ声を荒らげるけど、キュッと口を結ぶ。
分かってる。拒否なんて出来るわけない。
そんなことを口にしたら、非国民だと責められ投獄される。だから戦争に行きたくないなんて、誰も言えないんだ。それだけじゃない。夢を奪われても、飢餓に苦しんでも、空爆が落ちてきても、家族や友人が死んでも、自分の命が脅かされても、誰も反対出来ないんだ。
ここ、本当に日本なの? 八十年前はこんな国だったの? 誰かおかしいと言ってよ! だってこの時代、めちゃくちゃなんだよ?
「……匿います! 大志さんのことは知らないって警察の人に言います! 村の人達に協力を頼みます! みんな分かってくれますから!」
「そんなことしたら村の人にも、和葉にも迷惑かかる。そんな嘘吐かせること、出来るわけない」
「だったら逃げましょう! さすがに追ってくることまではしません!」
「そうしたら生活が出来なくなる。家も畑も捨てて逃げるということは、そうゆうことだから」
意思の強い瞳で首を横に振る姿に、私は。
「戦争は八月十五日で終わります!」
絶対口にしないと決めていた、この国の行く末を告げてしまった。
おかしな人間だと思われる、気味悪がられる。最悪追い出されると懸念し、絶対に口にしないと決めていた言葉を。
当然ながら私の意味が分からない発言に、大志さんは瞬きをせずにただ呆然としている。
開いたままの口を閉じたかと思えば、一呼吸置き。
「……そっか、やっと終わるんや。日本は勝つんか負けるんか、教えてくれんか?」
潤ませた瞳を真っ直ぐこちらに向けてきて、そこには軽蔑も嘲笑もない。
だからこそ言えなかった。
この時代の人は勝つと信じてきた。
だからこそ、どんな理不尽なことにも耐えてきた。
それなのに……。
「……そうか。そうか……」
大志さんは私の顔をじっくりと見つめたかと思えば、膝の上に置いた両手を強く握り締め、目を強く閉じ俯く。
私は今、どんな表情を浮かべていたのだろう?
今からでも勝つと嘘を吐くべき?
いや、負けると言えば出征しない?
そう心付いた私は口を開こうとする。
「俺な、行くわ。国を守りたいなんて大きなこと言うつもりない。やけど、この村と村の人を守りたいんや。……未来を守りたいんや」
「未来……を?」
突如出てきた言葉に、思わず聞き返してしまった。
「って何言ってんやろな? 大きなこと言ってもたわ。村の男はな、村を守ると言って行きよったんよ。誰も逃げんかった。家族や友人を守る為にな。それなのにここで逃げたら、俺は一生自分を恨む。それこそ小説も書けんくなる。大丈夫、戦争なんてすぐ終わる。和葉が言ったんやろ? 三ヶ月後の八月十五日で終わるって」
その言葉に、私はゆっくり顔を上げる。
……そうだ、あと三ヶ月だ。
確か、授業で習ったことがある。赤紙が来ても直接戦地に行くわけじゃなく、一旦召集されて訓練を受け戦地を指定されると。その間に終戦を迎え、出征を免れた。
そうやって生存した人、実際多かったんじゃないの?
「……待ってます」
私はカタカタと震える手を抑えようと、モンペを強く握り締める。
「うん、待っといて。大丈夫や、こうゆうのは鈍臭い方が生き残るもんなんやって」
屈託のない笑顔に、私は声を振り絞る。
「はい」
「一週間後、俺は家を出て行く。和葉、そうゆうわけだから家と畑を任せて良いかな?」
「お断りします」
私は唇を噛み締め、真っ直ぐな瞳から目を逸らす。
男は国の為に戦い、女は家や畑を守る。
その価値観が当たり前とされる時代に、私はそれを拒否する。
私は大志さんの身内ではないけど、大志さんは私の居場所がなくならないようにと、私を信じて全てを任せようとしてくれている。
それなのに私は国の為に戦地に赴く兵隊さんの頼みの一つも聞かず、不義理な発言をしている。
「勿論、一人で管理は無理だから近所の人にも畑を手伝ってもらうように頼む。皆、協力してくれる。こうして男がいない村と畑を守ってきたんだ」
淡々とこの先について話していく大志さん。
やめてよ、自分が居なくなってからの話をするのは。
「どうして拒否しないのですか!」
俯いていた顔を上げ声を荒らげるけど、キュッと口を結ぶ。
分かってる。拒否なんて出来るわけない。
そんなことを口にしたら、非国民だと責められ投獄される。だから戦争に行きたくないなんて、誰も言えないんだ。それだけじゃない。夢を奪われても、飢餓に苦しんでも、空爆が落ちてきても、家族や友人が死んでも、自分の命が脅かされても、誰も反対出来ないんだ。
ここ、本当に日本なの? 八十年前はこんな国だったの? 誰かおかしいと言ってよ! だってこの時代、めちゃくちゃなんだよ?
「……匿います! 大志さんのことは知らないって警察の人に言います! 村の人達に協力を頼みます! みんな分かってくれますから!」
「そんなことしたら村の人にも、和葉にも迷惑かかる。そんな嘘吐かせること、出来るわけない」
「だったら逃げましょう! さすがに追ってくることまではしません!」
「そうしたら生活が出来なくなる。家も畑も捨てて逃げるということは、そうゆうことだから」
意思の強い瞳で首を横に振る姿に、私は。
「戦争は八月十五日で終わります!」
絶対口にしないと決めていた、この国の行く末を告げてしまった。
おかしな人間だと思われる、気味悪がられる。最悪追い出されると懸念し、絶対に口にしないと決めていた言葉を。
当然ながら私の意味が分からない発言に、大志さんは瞬きをせずにただ呆然としている。
開いたままの口を閉じたかと思えば、一呼吸置き。
「……そっか、やっと終わるんや。日本は勝つんか負けるんか、教えてくれんか?」
潤ませた瞳を真っ直ぐこちらに向けてきて、そこには軽蔑も嘲笑もない。
だからこそ言えなかった。
この時代の人は勝つと信じてきた。
だからこそ、どんな理不尽なことにも耐えてきた。
それなのに……。
「……そうか。そうか……」
大志さんは私の顔をじっくりと見つめたかと思えば、膝の上に置いた両手を強く握り締め、目を強く閉じ俯く。
私は今、どんな表情を浮かべていたのだろう?
今からでも勝つと嘘を吐くべき?
いや、負けると言えば出征しない?
そう心付いた私は口を開こうとする。
「俺な、行くわ。国を守りたいなんて大きなこと言うつもりない。やけど、この村と村の人を守りたいんや。……未来を守りたいんや」
「未来……を?」
突如出てきた言葉に、思わず聞き返してしまった。
「って何言ってんやろな? 大きなこと言ってもたわ。村の男はな、村を守ると言って行きよったんよ。誰も逃げんかった。家族や友人を守る為にな。それなのにここで逃げたら、俺は一生自分を恨む。それこそ小説も書けんくなる。大丈夫、戦争なんてすぐ終わる。和葉が言ったんやろ? 三ヶ月後の八月十五日で終わるって」
その言葉に、私はゆっくり顔を上げる。
……そうだ、あと三ヶ月だ。
確か、授業で習ったことがある。赤紙が来ても直接戦地に行くわけじゃなく、一旦召集されて訓練を受け戦地を指定されると。その間に終戦を迎え、出征を免れた。
そうやって生存した人、実際多かったんじゃないの?
「……待ってます」
私はカタカタと震える手を抑えようと、モンペを強く握り締める。
「うん、待っといて。大丈夫や、こうゆうのは鈍臭い方が生き残るもんなんやって」
屈託のない笑顔に、私は声を振り絞る。
「はい」



