「寝る前の一時間、一緒に小説を書かんか?」
 ちゃぶ台に正座しての食事中、大志さんはそう口にした。
 書かないと言っていたのに、なぜ?
「人は……、いつどうなるか分からんからや。だから、悔いのないように小説書こうや」
「万年筆、使ったことないので……」
「慣れたら書ける。そっから練習したら、ええやん」
「私には、書く資格がありません……」
 多くの人を見捨てた、私には。

「俺も、そう思ってたんや。この戦いが始まった時、村の男達が出征した。俺は学生やったから免除されたけど、父と兄二人も取られたわ。だから俺は、まだ生き恥を晒しとる」
「そんな、生きてることが恥なんて……」
 私は全力で首を横に振るけど、大志さんは眉を下げ目の光がない。口にはしないけど、ずっと苦しんでいたのだと分かる。

「だから、俺は小説書けんくなったんや。みんなに申し訳なくて。俺だけ生きてることが……、辛くて。この戦いが終わったらなんて嘘や、本当は書けんだけ。万年筆を握ると、原稿用紙を見ると、自分だけ好きに生きるのが申し訳なくてな」
 ぼんやりと眺める先には、クズ野菜で作った味噌汁。
 だけど大志さんの方には具がほとんど入っておらず、私の方にばかりに入れてくれている。

「だけどな苦しんでる和葉を見たら、それは違うと思えたんや。東京の人が亡くなったのは和葉のせいか?」
 その言葉にビクンとなる体。持っていた茶碗が、カタカタと揺れる。
 そんなの決まってるよ。
 私は小さく息を吐きながら、コクンと頷く。
「違うやろ? 戦争や、全部戦争が悪いんや。みんな巻き込まれただけなんや。だから、そうゆう考え方は辞めようや。亡くなった人に申し訳ないと人生諦めるのは辞めよう。悪夢を見るのは、和葉が自分を責めてるからや。もう、苦しまんでええんやで」
 手元の茶碗から大志さんに視線の先を変えると、そこには柔らかな表情で微笑む姿。
 気付けばその視界はボヤけ、抑え込んでいた感情が流れていた。手をギュッと握り締め目元を抑えるけど、どんどんと溢れてくる。

「辛かったな、一人で抱え込んで。もう気にせんでええんやで。これから何が起きても、和葉のせいちゃうから。分かったな?」
 私の元に近付いて来てくれる気配がしたかと思えば、私はその優しい腕に優しく包まれる。
 私はあの日から毎晩悪夢に魘されるようになり、夜中に大声で叫ぶようになってしまった。
 見る夢はいつも同じ。東京の街が燃え人々が逃げ惑い、逃げ遅れた人が焼かれ、街が一晩で焼き野原になってしまう。
 そして私は、それを助けずに安全な場所で傍観している。そんな本性を丸出しにした姿が。

 大志さんは事情を知らない。知るはずもない。絶対に知られたくない。
 だけど私を包み込んでくれる体は温かくて、こんな冷酷な私でも生きていて良いのだと言ってくれているような気がした。
「戦争に、夢や生きる気力まで奪われたらアカン。な?」
「……はい」
 大志さんの体に腕を回すとその体は細く、明らかに栄養が足りてないと分かる。
 この人こそ、生きなければならないのに。
 私はこの人と生きる。共に。