心が乱れていると注意力は散漫になる。
それはやっぱりそうで、練習が終わって着替えを終え、部室を出たところで、俺は手首を軽く振った。
投げ方が悪かったのか、調子がおかしかった。痛いわけではないがちょっと違和感がある。
しかしまあ、こういうことも経験がないわけじゃない。溜め息を噛み殺しつつ、手首をぶらぶらと振りながら歩いていると、ぬっと隣に影が差した。
「手首、おかしくしてます?」
「……してない」
そっぽを向いて言う。が、結城はごまかされてくれなかった。
「かかりつけの医者って細木整形ですか?」
「まあ。でもそんな大げさなことじゃないって。痛いとかじゃないし。多分、この感じなら放っておいて大丈夫なやつ……」
そう言ったとたん、くいっと二の腕を引っ掴まれた。
「一緒に行くんで。ちゃんと診てもらいましょう」
「はあ? 別にいいって。多分、怪我とかじゃない。心配し過ぎ」
「先輩が投げられなくなると、俺が投手やらされるんです。それは本当に嫌なんで」
まただ。
また、投手は嫌だ、が出た。
それはそうなのだろう。こいつは最初から一貫して、投手は嫌だから怪我させないように見張る、と言い続けている。
だが、だとしたら、投げるのに関係ない、心の痛みなんてやつにまで絆創膏を貼ろうとするのはなんでだ?
こいつとのことを慎太郎にからかわれ、かっとなった一方で、俺は……こいつの心も読めなさ過ぎていらついている。
「圭人先輩?」
「……とにかく、帰るから」
言い捨て、俺は結城に背を向けて歩き出す。拒絶の意思は充分伝えたつもりだが、結城はそんなこと知ったことじゃないと言わんばかりに、いつも通り俺の背中についてくる。
「先輩」
いらいらしながらも無視を決め込んで歩いていた俺の肩がついつい、と突かれる。それでも振り向かずにいると、ふっといきなり気配が離れた。
数歩進んでもついてきている様子がない。さすがに冷たく当たり過ぎただろうか、とじりっと不安を覚えた。
そろそろと振り返る。が、そこにはぽつり、ぽつり、と広い間隔で立ち並ぶ街灯と、すっかり沈黙を決め込んだ畑や住宅があるばかりだ。
「いない、か」
別にどうってことないことだ。俺とあいつは慎太郎と宮部のような関係じゃない。あいつは義務感で俺と一緒にいるだけ。自分のために俺に絆創膏を貼り続けているだけ。
だから……どこへ行こうが自由なはずだ。
そう、思う。なのに、なんだか夜道が無性に暗く思える。
俺、少しおかしいのかな、と呟きながら軽く瞼を擦る。が、目を開けて俺は驚いた。
横道から不意に結城が飛び出してきたために。
「お前、なにして……」
そう言いかけた俺の手にぽん、と缶が乗せられる。なんでだか……お汁粉の缶だった。
「なんで……汁粉」
「ここ曲がったとこに自販機あるの思い出したから」
答えになってねえ。なんで汁粉なんだ。
疑問しか沸いてこない。が、結城は答えず、俺の手に乗せた缶を一度取り上げ、蓋を開けてから俺の手に戻した。
「飲んで」
「いや、だから、なんで、汁粉」
「今日ずっといらいらして見えたから」
は……と俺は思わず口を開ける。結城が開けた汁粉の缶からは、細く白い湯気がたなびいていた。
温かそうなその湯気を見ていたら……なぜか目の前が曇った。
「お前、さ」
結城は黙ったまま俺を見下ろしている。その結城に目を向けず、汁粉から伸びる湯気ばかりを睨みながら俺は口を動かす。
「見てたの、今日。俺が慎太郎と話してるとこ」
結城から返事は落ちてこない。湯気はゆらゆらと空気に翻弄され、身をよじっている。
ひとりぼっちで……寒さの中で震えている。
「練習のときさ、俺と慎太郎はお前の噂話をしてたんだよ。お前の身体能力、半端ねえな、ってことと、あと、お前は俺のこと、本当に好きなんだなあって」
沈黙しか返ってこない。それでも俺は言葉を紡ぎ続ける。
「慎太郎は笑顔で話してた。結城って見てるとひよこみたいで面白いな、って、なんの裏もなく、けろっとした顔で。俺はそれ聞いて、なんだかムカついた。だから、そんな言い方やめろって怒ってしまった」
俺は缶を握る手にぎゅっと力を込める。まるで缶に縋るみたいにして顔を上げると、静か過ぎる結城の目と目が合った。
「俺が怒ったのはさ、別にお前のためじゃないんだよ。慎太郎にとって俺が誰に好かれようが、目で追われようが、どうでもいいんだな、って思い知らされて悔しかったからなんだ。彼女がいるあいつにとってそんなの当たり前なのに、嫌だってすごく思ったから」
これをこいつの前で言うのは初めてだった。ふうっと肩で息をすると、その肩にそっと触れられた。
「知ってますよ。桜沢先輩のこと、好きなんですよね。圭人先輩は」
肯定するのは怖かった。これまで誰にも言ったことがないのだ。慎太郎にさえ。それでも、俺は、頷いた。
こいつがどんなつもりで俺の心の痛みまで癒そうとしてきたか、それはわからない。
それでももしも……もしも、慎太郎が言う意味以上の俺への、好き、がこいつの中にあったら、俺はこいつにめちゃくちゃ残酷なことをし続けたことになる。
そんなのは、やっぱり駄目だと思った。
「正直……どうやって気持ち片づけたらいいか、まだわからないんだ。でも俺、ここまでお前に甘えすぎてたって思って。だから」
「圭人先輩」
そう言う俺の手にふっと手が重なった。目を上げると、お汁粉の缶を握る俺の手の上から温めるように、結城が大きな手でくるんできた。
「飲んで」
「いや、でも、今」
「いいから」
強い手に導かれて缶を口に当てる。冷えた唇に缶の温もりは予想以上に温かく、舌の上で汁粉は甘く溶けた。
こくん、と飲み下す音がやけに響く。見上げると、彼はその音に耳を澄ませるような顔をしていた。
「これ、落ち着きません?」
「まあ、うん。だけど、今は」
結城の言う通りではあった。冷えていた体に汁粉は確実に熱を与えてくれた。その熱のせいで心が緩みそうになる。だが、今はそんな場合じゃない。反論を口にしようと、俺は飲みかけの汁粉の缶を握りしめる。その俺の手からすっと缶が抜き取られた。
そのまま結城は汁粉をあおる。こくり、こくり、と温もりを抱いた音が響く。耳を満たすそれに我知らず陶然とする俺の前で、中身を飲み干した結城はふっと息を吐いた。汁粉の缶から出ていた湯気に似た吐息が夜に舞った。
「別に、よくないですか?」
「なに、が?」
「先輩が桜沢先輩を好きだとして、それは別にどうでもいいことじゃないですか、と言ってるんです」
どうでもいい。
どうでも、いい?
「それはつまり、お前にとって俺は別に好きとか、そういう対象じゃないから問題ないってこと? そう、だよな。お前はただ、救護目的で俺に接してただけで……」
そうです、と頷かれるかと思った。だってそれ以外の言葉が続くなんてありえない。
やっぱりこいつは面倒を見る延長線上で俺を抱きしめていたわけか。
それを察したとたん、ずきりと胸が痛んだ。
なんでだ、と胸を押さえた俺の前で、ふっと結城が笑った。
「違いますよ」
あっさりと零れた否定に、俺は思わず顔を上げる。その俺の右頬を結城の左手が包んだ。
「そういう対象ですけど、別に先輩が誰を想ってても関係ないって言ってます」
言葉が頭に沁み込んでいかない。結城の言葉を脳内で数度繰り返してから、俺は声を上げた。
「関係なくないだろ! 好、きな相手に別の好きなやつがいるんだぞ? そんなの……」
「報われないと不幸、は圭人先輩の常識でしょう。俺の常識は違います」
「お前の常識って……」
「先輩の目がどこを向いていたとしても……今、一緒にいるのは俺で、あいつじゃない。それが俺にとっての絶対ってこと」
あいつ、と激しい単語が出て、どきっとした。目を剥く俺の頬に当てられた手が、一層強く押し当てられる。
「こうして今、触っているのは俺。触らせてもらえてるのは、俺。触る権利を放棄したあいつになんて、俺はもう、圭人を絶対触らせるつもりがない。だから、関係ない」
頬を包んでいた手がすっと離れる。温かかった掌が遠ざかり、俺は唇を噛む。
少し、寒いと思ってしまっていた。
その俺の手首を頬から離した手で結城がなぞる。
「手首、痛くない?」
「いたく、ない」
のろのろと頷く。そうしながら俺は、結城が口にした、圭人、に気を取られていた。
なんて生意気なやつなんだろう。先輩を呼び捨てなんて、いい度胸過ぎる。
でも思ってしまっていた。今、ここにこいつがいることにたまらなくほっとすると。
俺が好きなのは……こいつじゃないのに。
乱れた心ごと絡めとるように、すうっと腕が伸びてくる。気がついたら、俺はいつも通り大きくて温かい、かまくらみたいな腕の中にいた。
「いいのかよ……」
思わず声が漏れる。ん? と短い返事がある。俺はくぐもった声で言った。
「俺、お前、好きじゃないのに。お前、それで……」
「好きじゃないけど、俺にぎゅっとされるのは、嫌じゃないって思ってません?」
かっと頬が熱くなった。手を上げ、胸を押し返そうとした。けれど……できなかった。
「寒くない?」
声が俺の耳朶に沁み込んでくる。その声に俺は目を閉じる。
そうして、うん、と小さく頷いた。
それはやっぱりそうで、練習が終わって着替えを終え、部室を出たところで、俺は手首を軽く振った。
投げ方が悪かったのか、調子がおかしかった。痛いわけではないがちょっと違和感がある。
しかしまあ、こういうことも経験がないわけじゃない。溜め息を噛み殺しつつ、手首をぶらぶらと振りながら歩いていると、ぬっと隣に影が差した。
「手首、おかしくしてます?」
「……してない」
そっぽを向いて言う。が、結城はごまかされてくれなかった。
「かかりつけの医者って細木整形ですか?」
「まあ。でもそんな大げさなことじゃないって。痛いとかじゃないし。多分、この感じなら放っておいて大丈夫なやつ……」
そう言ったとたん、くいっと二の腕を引っ掴まれた。
「一緒に行くんで。ちゃんと診てもらいましょう」
「はあ? 別にいいって。多分、怪我とかじゃない。心配し過ぎ」
「先輩が投げられなくなると、俺が投手やらされるんです。それは本当に嫌なんで」
まただ。
また、投手は嫌だ、が出た。
それはそうなのだろう。こいつは最初から一貫して、投手は嫌だから怪我させないように見張る、と言い続けている。
だが、だとしたら、投げるのに関係ない、心の痛みなんてやつにまで絆創膏を貼ろうとするのはなんでだ?
こいつとのことを慎太郎にからかわれ、かっとなった一方で、俺は……こいつの心も読めなさ過ぎていらついている。
「圭人先輩?」
「……とにかく、帰るから」
言い捨て、俺は結城に背を向けて歩き出す。拒絶の意思は充分伝えたつもりだが、結城はそんなこと知ったことじゃないと言わんばかりに、いつも通り俺の背中についてくる。
「先輩」
いらいらしながらも無視を決め込んで歩いていた俺の肩がついつい、と突かれる。それでも振り向かずにいると、ふっといきなり気配が離れた。
数歩進んでもついてきている様子がない。さすがに冷たく当たり過ぎただろうか、とじりっと不安を覚えた。
そろそろと振り返る。が、そこにはぽつり、ぽつり、と広い間隔で立ち並ぶ街灯と、すっかり沈黙を決め込んだ畑や住宅があるばかりだ。
「いない、か」
別にどうってことないことだ。俺とあいつは慎太郎と宮部のような関係じゃない。あいつは義務感で俺と一緒にいるだけ。自分のために俺に絆創膏を貼り続けているだけ。
だから……どこへ行こうが自由なはずだ。
そう、思う。なのに、なんだか夜道が無性に暗く思える。
俺、少しおかしいのかな、と呟きながら軽く瞼を擦る。が、目を開けて俺は驚いた。
横道から不意に結城が飛び出してきたために。
「お前、なにして……」
そう言いかけた俺の手にぽん、と缶が乗せられる。なんでだか……お汁粉の缶だった。
「なんで……汁粉」
「ここ曲がったとこに自販機あるの思い出したから」
答えになってねえ。なんで汁粉なんだ。
疑問しか沸いてこない。が、結城は答えず、俺の手に乗せた缶を一度取り上げ、蓋を開けてから俺の手に戻した。
「飲んで」
「いや、だから、なんで、汁粉」
「今日ずっといらいらして見えたから」
は……と俺は思わず口を開ける。結城が開けた汁粉の缶からは、細く白い湯気がたなびいていた。
温かそうなその湯気を見ていたら……なぜか目の前が曇った。
「お前、さ」
結城は黙ったまま俺を見下ろしている。その結城に目を向けず、汁粉から伸びる湯気ばかりを睨みながら俺は口を動かす。
「見てたの、今日。俺が慎太郎と話してるとこ」
結城から返事は落ちてこない。湯気はゆらゆらと空気に翻弄され、身をよじっている。
ひとりぼっちで……寒さの中で震えている。
「練習のときさ、俺と慎太郎はお前の噂話をしてたんだよ。お前の身体能力、半端ねえな、ってことと、あと、お前は俺のこと、本当に好きなんだなあって」
沈黙しか返ってこない。それでも俺は言葉を紡ぎ続ける。
「慎太郎は笑顔で話してた。結城って見てるとひよこみたいで面白いな、って、なんの裏もなく、けろっとした顔で。俺はそれ聞いて、なんだかムカついた。だから、そんな言い方やめろって怒ってしまった」
俺は缶を握る手にぎゅっと力を込める。まるで缶に縋るみたいにして顔を上げると、静か過ぎる結城の目と目が合った。
「俺が怒ったのはさ、別にお前のためじゃないんだよ。慎太郎にとって俺が誰に好かれようが、目で追われようが、どうでもいいんだな、って思い知らされて悔しかったからなんだ。彼女がいるあいつにとってそんなの当たり前なのに、嫌だってすごく思ったから」
これをこいつの前で言うのは初めてだった。ふうっと肩で息をすると、その肩にそっと触れられた。
「知ってますよ。桜沢先輩のこと、好きなんですよね。圭人先輩は」
肯定するのは怖かった。これまで誰にも言ったことがないのだ。慎太郎にさえ。それでも、俺は、頷いた。
こいつがどんなつもりで俺の心の痛みまで癒そうとしてきたか、それはわからない。
それでももしも……もしも、慎太郎が言う意味以上の俺への、好き、がこいつの中にあったら、俺はこいつにめちゃくちゃ残酷なことをし続けたことになる。
そんなのは、やっぱり駄目だと思った。
「正直……どうやって気持ち片づけたらいいか、まだわからないんだ。でも俺、ここまでお前に甘えすぎてたって思って。だから」
「圭人先輩」
そう言う俺の手にふっと手が重なった。目を上げると、お汁粉の缶を握る俺の手の上から温めるように、結城が大きな手でくるんできた。
「飲んで」
「いや、でも、今」
「いいから」
強い手に導かれて缶を口に当てる。冷えた唇に缶の温もりは予想以上に温かく、舌の上で汁粉は甘く溶けた。
こくん、と飲み下す音がやけに響く。見上げると、彼はその音に耳を澄ませるような顔をしていた。
「これ、落ち着きません?」
「まあ、うん。だけど、今は」
結城の言う通りではあった。冷えていた体に汁粉は確実に熱を与えてくれた。その熱のせいで心が緩みそうになる。だが、今はそんな場合じゃない。反論を口にしようと、俺は飲みかけの汁粉の缶を握りしめる。その俺の手からすっと缶が抜き取られた。
そのまま結城は汁粉をあおる。こくり、こくり、と温もりを抱いた音が響く。耳を満たすそれに我知らず陶然とする俺の前で、中身を飲み干した結城はふっと息を吐いた。汁粉の缶から出ていた湯気に似た吐息が夜に舞った。
「別に、よくないですか?」
「なに、が?」
「先輩が桜沢先輩を好きだとして、それは別にどうでもいいことじゃないですか、と言ってるんです」
どうでもいい。
どうでも、いい?
「それはつまり、お前にとって俺は別に好きとか、そういう対象じゃないから問題ないってこと? そう、だよな。お前はただ、救護目的で俺に接してただけで……」
そうです、と頷かれるかと思った。だってそれ以外の言葉が続くなんてありえない。
やっぱりこいつは面倒を見る延長線上で俺を抱きしめていたわけか。
それを察したとたん、ずきりと胸が痛んだ。
なんでだ、と胸を押さえた俺の前で、ふっと結城が笑った。
「違いますよ」
あっさりと零れた否定に、俺は思わず顔を上げる。その俺の右頬を結城の左手が包んだ。
「そういう対象ですけど、別に先輩が誰を想ってても関係ないって言ってます」
言葉が頭に沁み込んでいかない。結城の言葉を脳内で数度繰り返してから、俺は声を上げた。
「関係なくないだろ! 好、きな相手に別の好きなやつがいるんだぞ? そんなの……」
「報われないと不幸、は圭人先輩の常識でしょう。俺の常識は違います」
「お前の常識って……」
「先輩の目がどこを向いていたとしても……今、一緒にいるのは俺で、あいつじゃない。それが俺にとっての絶対ってこと」
あいつ、と激しい単語が出て、どきっとした。目を剥く俺の頬に当てられた手が、一層強く押し当てられる。
「こうして今、触っているのは俺。触らせてもらえてるのは、俺。触る権利を放棄したあいつになんて、俺はもう、圭人を絶対触らせるつもりがない。だから、関係ない」
頬を包んでいた手がすっと離れる。温かかった掌が遠ざかり、俺は唇を噛む。
少し、寒いと思ってしまっていた。
その俺の手首を頬から離した手で結城がなぞる。
「手首、痛くない?」
「いたく、ない」
のろのろと頷く。そうしながら俺は、結城が口にした、圭人、に気を取られていた。
なんて生意気なやつなんだろう。先輩を呼び捨てなんて、いい度胸過ぎる。
でも思ってしまっていた。今、ここにこいつがいることにたまらなくほっとすると。
俺が好きなのは……こいつじゃないのに。
乱れた心ごと絡めとるように、すうっと腕が伸びてくる。気がついたら、俺はいつも通り大きくて温かい、かまくらみたいな腕の中にいた。
「いいのかよ……」
思わず声が漏れる。ん? と短い返事がある。俺はくぐもった声で言った。
「俺、お前、好きじゃないのに。お前、それで……」
「好きじゃないけど、俺にぎゅっとされるのは、嫌じゃないって思ってません?」
かっと頬が熱くなった。手を上げ、胸を押し返そうとした。けれど……できなかった。
「寒くない?」
声が俺の耳朶に沁み込んでくる。その声に俺は目を閉じる。
そうして、うん、と小さく頷いた。



