烙印を捺された者は、その瞬間に人ではなくなる――

 重い瞼を開け、顔の前に翳した自身の掌をじっと見つめる。白く小さな手は、傷ひとつない。

 ああ、これは夢だ。

「おはようございます、せつな様」

 言うや否や開けられた襖の向こうから若い着物姿の女性が恭しく膝をついて頭を下げる。どう見ても自分より十は年下であろう自分に、謙る姿勢を崩さない彼女は、仕事に忠実なのか、それとも雇い主に対してか。

 すぐさま上半身を起こし、せつなは首に巻いてある繃帯に手を当てた。

 ゆるんではいない。 

「旦那様は早くに出て行かれました。召集がかかりまして」

 その言葉にせつなの眼光が鋭く光る。

「なにか……あったのですか?」

「詳しくは存じ上げません。旦那様もせつな様へ言伝は残していかれませんでした」

 忙しかったからか、あえてなのか。恐らく後者だ。確信を持ちせつなは呟く。

「また……誰かが亡くなったのね」

 せつなの質問に、侍女の顔が強張った。それを見てせつなはそれ以上の追及を避ける。

「着替えます。そのあと少し出かけますね」

 さっと立ち上がり、夜着の袷に手をかける。すぐさま女性はせつなの着替えを手伝いにかかった。

 四尺ほどしかない背にあつらえた着物は彼女の髪の色と同じく黒地である。色彩鮮やかな椿や薔薇が大胆に描かれ、愛らしさと上品さを兼ね備えていた。

 用意した人間は、せつなの好みをよくわかっている。誰が、とまでは考えない。慣れた手つきで着物に袖を通す。

 帯留めと同じく赤い紐で髪を高い位置でひとつにまとめる。束髪にしては簡易で、侍女がもう少し手を加えるというのを丁重に断った。

 天明(てんめい)家の人間として相応しくないかもしれないが、その肩書きは今のせつなには重いだけだ。口にはしないが。

「せつな様、私もお供いたします」

 編み上げブーツは、履くのがいささか面倒だが気に入っている。外に出る準備をしたころで青年がせつなに声をかけた。詰襟シャツに紅鼠色の着物を合わせ、優男風の彼にはよく似合っている。

(ゆずりは)。無理はしなくていいのよ」

「けっして無理などしておりません。私はあなたにお仕えする身。外、へ行かれるのでしょう? せつな様になにかあったら旦那様に私は消されてしまいます」

 なんとも物騒な発言だ。しかし、大袈裟だろうと否定する気も起きない。許可も拒否もせずに玄関の扉を開けようとした際、真剣な面持ちで両肩を掴まれる。

「ご承知おきください。何度も申し上げていますが、あなたは七つの少女なんです。ましてや天明家の人間。及ぶ危険は計り知れません」

 言われなくてもわかっている。しかし、そう言い返すほど無粋ではない。

「わかってるわ」

 とはいえ、ずっと中にいるわけにもいかない。杠が扉を開け、せつなは一歩踏み出した。