私たちが通う松下高校は、夏休みが終わると一週間、文化祭の準備に取り掛かる。
私は文芸部ということもあって、クラスのほうに顔を出すつもりはなかった。
むしろ、部活があるからとクラスから逃げようとしていた。
けれど、夏休み前に行われた話し合いで、そうも言っていられないことが決まった。
「ユメ、あれやりたい! フォトスポット!」
誰もが、楽にできること、むしろなにもしないことを願っていたのに、西野さんが元気よく手を挙げて言った。
賛同は得られないだろう。
全員反対で、なかったことになる。
そう思っていたのに。
「ね、莉々愛」
西野さんは莉々愛に振った。
莉々愛を巻き込めば、嫌だと言う人が減るだろう。
そんな魂胆が丸見えだった。
「インスタ映えするやつだっけ。私もやってみたいな」
莉々愛が賛成すると、それだけで西野さんは満足そうに笑顔を作った。
彼女の作戦勝ちだった。
莉々愛がやるなら。
その声が多く、私たちのクラスはフォトスポットを作成することになった。
これが結構大変そうで、なにもしないということは許されなかった。
かと言って四月から一人でいた私は、誰かと協力して作業することもなく、自分の席でペーパーフラワー作りに勤しんでいた。
その制作中のことだった。
「そういえば莉々愛、この前吉良君といなかった?」
西野さんが、鬼気迫る様子で莉々愛に尋ねた。
それについて気になっていたのは西野さんだけではなかったみたいで、室内は莉々愛の答えを待った。
「あー……うん」
夏休みの終わりごろ、莉々愛は隣の高校に通う吉良結斗と出会ったらしい。
私は知らなかったけれど、うちの高校までイケメンだという噂が届くほどの人気者が、吉良結斗という人物だった。
駅のホームで声をかけられたと莉々愛は言っていた。
今思えば、それが地獄の始まりだったのかもしれない、と。
「付き合ってるの?」
西野さんの質問攻めは止まらなかった。
クラスのアイドル、莉々愛と、隣の高校の人気者、吉良結斗。
彼女たちにとってはビッグカップルと言えるであろう二人の関係。
このとき、私を除いて、気にならない人はいなかっただろう。
「……うん」
莉々愛がそう答えたことで、一気に教室は騒がしくなった。
西野さんだけでなく、ほかの人も莉々愛に質問をしていく。
告白はどっちからなのか。
デートはしたのか。
写真はないのか。
これが本当にうるさくて、私は教室から逃げようとしたけれど、ふと莉々愛の困った表情が目に入り、なんとなく、莉々愛を一人にしてはいけないような気がした。
私の机の上には、カラフルなペーパーフラワーが十個程度。
私はそれを持って、席を立った。
「……あの」
助け舟とまではいかないだろうけど、私はその輪に声をかけた。
しかし、話が盛り上がりすぎていて、私の声に気付く者がいない。
らしくないことをするんじゃなかった。
そう思ったとき、莉々愛と目が合った。
「は……山内さん、どうしたの?」
「これ、どこに集めてるの」
「あ、こっち」
莉々愛は和の中心から抜け出し、教卓の上にある箱まで案内してくれた。
きっと、私はこのときに目を付けられた。
そう、確信している。
「……ありがとね、遥香」
莉々愛は小声で言うと、また輪の中に戻っていった。
少し声をかけただけでありがとうなんて、変なの。
結局、質問攻めからは解放されてないのに。
私は自分の無力さを呪いながら、両手に抱えたペーパーフラワーを箱の中に入れた。
◆
文化祭当日、私はずっと部室にこもっていた。
ときどき部誌の販売の手伝いをしながら、部室で賑やかな声を聞き続けた。
その賑やかな声の一部は、莉々愛と吉良結斗のカップルだったらしい。
莉々愛は、吉良結斗を呼ばなかったそうだ。
あくまで、告白されたから付き合っているだけ。
好きな人ではないから、彼氏彼女の距離感を知らなかったと言う。
莉々愛がいつものメンバーで出店を回っていると、吉良結斗とばったり出会ったそう。
「え、え、結斗君じゃん! めっちゃかっこいい……」
吉良結斗の登場に一番テンションを上げたのは、織田さんだった。
あまりにも織田さんが喜ぶから、莉々愛は気まずくて仕方なかったらしい。
「莉々愛、吉良君との写真、撮ってあげようか?」
篠崎さんに提案されて、莉々愛は私たちが作成したフォトスポットで吉良結斗との写真を撮った。
それは、インスタのストーリーに上げられていたから、私も見た。
まさに美男美女のカップル。
私はますます莉々愛との距離を感じて、すぐにそれを閉じた。
使いもしないSNSだし、もう消してしまおうか。
でも、面白い投稿もあるしな、なんて思いながらノベマ!サイトで面白い作品がないか、漁っていた。
――遥香、今どこ?
Xで交流のある作家さんの作品を読んでいたら、莉々愛からLINEが届いた。
――部室
早く続きが読みたくて、私は短く答えた。
――行っていい?
莉々愛が?
ここに?
騒がしくなる未来を予想した私は、それに応えなかった。
中編小説を読み終えたそのとき、お腹が鳴った。
時間を確認すると、一時になろうとしていた。
さすがになにか食べたくて、私は部室を出る。
中庭ではさまざまな催し物が行われていて、まだまだ文化祭の熱は収まっていなかった。
さっさと食べ物を買って、あの静かな空間に戻ろう。
そう思ったときだった。
莉々愛が、吉良結斗と並んでこちらに向かってきていることに気付いた。
画面越しで見るよりも、花がある。
やっぱり、部室に来ることを許可しなくてよかった。
そんなことを思いながら、私は顔を伏せて莉々愛とすれ違った。
「今度、俺の高校の文化祭にも来てよ。絶対楽しいから」
「予定が合えば、行ってみたいかも」
ふと聞こえた莉々愛の声は、すっかり疲れ切っていた。
莉々愛になにかあったのだろうか。
気になって振り向いたけれど、私はただ、莉々愛と吉良結斗が並んで人混みに消えていくのを見ていることしかできなかった。
私は文芸部ということもあって、クラスのほうに顔を出すつもりはなかった。
むしろ、部活があるからとクラスから逃げようとしていた。
けれど、夏休み前に行われた話し合いで、そうも言っていられないことが決まった。
「ユメ、あれやりたい! フォトスポット!」
誰もが、楽にできること、むしろなにもしないことを願っていたのに、西野さんが元気よく手を挙げて言った。
賛同は得られないだろう。
全員反対で、なかったことになる。
そう思っていたのに。
「ね、莉々愛」
西野さんは莉々愛に振った。
莉々愛を巻き込めば、嫌だと言う人が減るだろう。
そんな魂胆が丸見えだった。
「インスタ映えするやつだっけ。私もやってみたいな」
莉々愛が賛成すると、それだけで西野さんは満足そうに笑顔を作った。
彼女の作戦勝ちだった。
莉々愛がやるなら。
その声が多く、私たちのクラスはフォトスポットを作成することになった。
これが結構大変そうで、なにもしないということは許されなかった。
かと言って四月から一人でいた私は、誰かと協力して作業することもなく、自分の席でペーパーフラワー作りに勤しんでいた。
その制作中のことだった。
「そういえば莉々愛、この前吉良君といなかった?」
西野さんが、鬼気迫る様子で莉々愛に尋ねた。
それについて気になっていたのは西野さんだけではなかったみたいで、室内は莉々愛の答えを待った。
「あー……うん」
夏休みの終わりごろ、莉々愛は隣の高校に通う吉良結斗と出会ったらしい。
私は知らなかったけれど、うちの高校までイケメンだという噂が届くほどの人気者が、吉良結斗という人物だった。
駅のホームで声をかけられたと莉々愛は言っていた。
今思えば、それが地獄の始まりだったのかもしれない、と。
「付き合ってるの?」
西野さんの質問攻めは止まらなかった。
クラスのアイドル、莉々愛と、隣の高校の人気者、吉良結斗。
彼女たちにとってはビッグカップルと言えるであろう二人の関係。
このとき、私を除いて、気にならない人はいなかっただろう。
「……うん」
莉々愛がそう答えたことで、一気に教室は騒がしくなった。
西野さんだけでなく、ほかの人も莉々愛に質問をしていく。
告白はどっちからなのか。
デートはしたのか。
写真はないのか。
これが本当にうるさくて、私は教室から逃げようとしたけれど、ふと莉々愛の困った表情が目に入り、なんとなく、莉々愛を一人にしてはいけないような気がした。
私の机の上には、カラフルなペーパーフラワーが十個程度。
私はそれを持って、席を立った。
「……あの」
助け舟とまではいかないだろうけど、私はその輪に声をかけた。
しかし、話が盛り上がりすぎていて、私の声に気付く者がいない。
らしくないことをするんじゃなかった。
そう思ったとき、莉々愛と目が合った。
「は……山内さん、どうしたの?」
「これ、どこに集めてるの」
「あ、こっち」
莉々愛は和の中心から抜け出し、教卓の上にある箱まで案内してくれた。
きっと、私はこのときに目を付けられた。
そう、確信している。
「……ありがとね、遥香」
莉々愛は小声で言うと、また輪の中に戻っていった。
少し声をかけただけでありがとうなんて、変なの。
結局、質問攻めからは解放されてないのに。
私は自分の無力さを呪いながら、両手に抱えたペーパーフラワーを箱の中に入れた。
◆
文化祭当日、私はずっと部室にこもっていた。
ときどき部誌の販売の手伝いをしながら、部室で賑やかな声を聞き続けた。
その賑やかな声の一部は、莉々愛と吉良結斗のカップルだったらしい。
莉々愛は、吉良結斗を呼ばなかったそうだ。
あくまで、告白されたから付き合っているだけ。
好きな人ではないから、彼氏彼女の距離感を知らなかったと言う。
莉々愛がいつものメンバーで出店を回っていると、吉良結斗とばったり出会ったそう。
「え、え、結斗君じゃん! めっちゃかっこいい……」
吉良結斗の登場に一番テンションを上げたのは、織田さんだった。
あまりにも織田さんが喜ぶから、莉々愛は気まずくて仕方なかったらしい。
「莉々愛、吉良君との写真、撮ってあげようか?」
篠崎さんに提案されて、莉々愛は私たちが作成したフォトスポットで吉良結斗との写真を撮った。
それは、インスタのストーリーに上げられていたから、私も見た。
まさに美男美女のカップル。
私はますます莉々愛との距離を感じて、すぐにそれを閉じた。
使いもしないSNSだし、もう消してしまおうか。
でも、面白い投稿もあるしな、なんて思いながらノベマ!サイトで面白い作品がないか、漁っていた。
――遥香、今どこ?
Xで交流のある作家さんの作品を読んでいたら、莉々愛からLINEが届いた。
――部室
早く続きが読みたくて、私は短く答えた。
――行っていい?
莉々愛が?
ここに?
騒がしくなる未来を予想した私は、それに応えなかった。
中編小説を読み終えたそのとき、お腹が鳴った。
時間を確認すると、一時になろうとしていた。
さすがになにか食べたくて、私は部室を出る。
中庭ではさまざまな催し物が行われていて、まだまだ文化祭の熱は収まっていなかった。
さっさと食べ物を買って、あの静かな空間に戻ろう。
そう思ったときだった。
莉々愛が、吉良結斗と並んでこちらに向かってきていることに気付いた。
画面越しで見るよりも、花がある。
やっぱり、部室に来ることを許可しなくてよかった。
そんなことを思いながら、私は顔を伏せて莉々愛とすれ違った。
「今度、俺の高校の文化祭にも来てよ。絶対楽しいから」
「予定が合えば、行ってみたいかも」
ふと聞こえた莉々愛の声は、すっかり疲れ切っていた。
莉々愛になにかあったのだろうか。
気になって振り向いたけれど、私はただ、莉々愛と吉良結斗が並んで人混みに消えていくのを見ていることしかできなかった。