ずっと探していた一冊の古い本。絶版になって久しいそれは、瞳が子どもの頃に何度も読み聞かせされたかの国の神々にまつわる神話の本だ。かつて祖父が所蔵していたその本は、彼が亡くなった際に父が棺のなかに入れて一緒に灰にしてしまったため、あれ以来手に取ることができずにいた。
なぜ燃やしてしまったのかと問いつめれば、あの本はおじいさまの宝物だからだと当たり前のように言い返されて、それ以上の話は家族もしなくなってしまった。
けれど瞳は家族のように忘れることができなかった。あの本にはたいせつなことが書かれていた、祖父はそれを自分に託そうと、読み聞かせてくれたのだ。海に消えた伯母、卯月に代わって。
――魔法の呪文を教えてやろう。
呪文はすっかり忘れてしまった。だが、狼とうさぎが仲むつまじげに寄り添っている表紙の絵だけはいまも覚えている。
それが蒼谷の集落で暮らす人間にはなじみのある白狼大神の伝説をもとにしたものなのだと確信したのは地域史について詳細を聞くことが叶った中学生になってからだった。
あれ以来、図書館で探しても見つからなくて、葉幌に出て探しても結局、絶版になっているということしかわからなかった。それでも諦めきれなくて、ずっと探していた。
そんなとき、インターネット古書店で偶然にもみつけたのだ。どうやら二十年ほど前に本島にあった出版社が小学校高学年向けに出したものらしい。自治体によっては図書館などに寄贈されているようだが、北海大陸から外に出たことのない瞳には縁のなかった話である。もしかしたら祖父も本島でこの本を見つけて買ってきたのかもしれない。
『かの国のおはなし〈カイム編〉狼神とあかうさぎ』
この本では『狼神』に『おおかみがみ』とルビがふられているが、蒼谷の人間は白狼大神と狼神をかけて『おおかみさま』と呼ぶことが多い。ただ、一説には『ろうじん』と呼ぶ地域もあるそうで、瞳もしっかりとした確証は持てずにいる。
全国の神話を厳選し、わかりやすく紹介しているシリーズのひとつなのだろう、北方地域を編纂した〈カイム編〉となっている。たしかに蒼谷の話だけでなく北海大陸の主要集落をひととおり取り扱っており、神話をよく知らない小学生くらいの子どもが読むのに適した形だ。なぜ祖父がこのような本をいつまでも大事に持っていたのかはわからないが、幼い頃の瞳は確かにこの本が語る伝承に不思議なちからを感じたものだ。
なぜ燃やしてしまったのかと問いつめれば、あの本はおじいさまの宝物だからだと当たり前のように言い返されて、それ以上の話は家族もしなくなってしまった。
けれど瞳は家族のように忘れることができなかった。あの本にはたいせつなことが書かれていた、祖父はそれを自分に託そうと、読み聞かせてくれたのだ。海に消えた伯母、卯月に代わって。
――魔法の呪文を教えてやろう。
呪文はすっかり忘れてしまった。だが、狼とうさぎが仲むつまじげに寄り添っている表紙の絵だけはいまも覚えている。
それが蒼谷の集落で暮らす人間にはなじみのある白狼大神の伝説をもとにしたものなのだと確信したのは地域史について詳細を聞くことが叶った中学生になってからだった。
あれ以来、図書館で探しても見つからなくて、葉幌に出て探しても結局、絶版になっているということしかわからなかった。それでも諦めきれなくて、ずっと探していた。
そんなとき、インターネット古書店で偶然にもみつけたのだ。どうやら二十年ほど前に本島にあった出版社が小学校高学年向けに出したものらしい。自治体によっては図書館などに寄贈されているようだが、北海大陸から外に出たことのない瞳には縁のなかった話である。もしかしたら祖父も本島でこの本を見つけて買ってきたのかもしれない。
『かの国のおはなし〈カイム編〉狼神とあかうさぎ』
この本では『狼神』に『おおかみがみ』とルビがふられているが、蒼谷の人間は白狼大神と狼神をかけて『おおかみさま』と呼ぶことが多い。ただ、一説には『ろうじん』と呼ぶ地域もあるそうで、瞳もしっかりとした確証は持てずにいる。
全国の神話を厳選し、わかりやすく紹介しているシリーズのひとつなのだろう、北方地域を編纂した〈カイム編〉となっている。たしかに蒼谷の話だけでなく北海大陸の主要集落をひととおり取り扱っており、神話をよく知らない小学生くらいの子どもが読むのに適した形だ。なぜ祖父がこのような本をいつまでも大事に持っていたのかはわからないが、幼い頃の瞳は確かにこの本が語る伝承に不思議なちからを感じたものだ。