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彼に手を引かれ、連れていってもらったのは洋食を食べることが出来るお店だった。

店内で食事をするのは洋装をした男女。

庶民にはあまり縁のない場所だろう、ソワソワしているとふわふわした黄色い食べ物がテーブルに置かれた。


「これは?」

「オムレツ、というそうですよ。あまり食べる機会はないと思いますが、せっかく時羽様と一緒ですから」


さらりと甘ったるい言葉を言われたが、あまり恥じらってばかりだと悔しいので咳をして誤魔化す。

気合いを入れて食べてみようと、出てきた銀食器にまごついてしまう。

洋食を食べるときに使うものらしく、貴族でもない限りは和食が主流。

昨日、老夫婦の家で食べたおにぎりとおひたしを思い出す。

箸を使って食べたので、あちらが一般的なのだと学びを得た。

とはいえ、黄色のふわふわしたものはずいぶんと愛らしい。

食べるのを戸惑ってしまうが、周りの人たちの見よう見まねでパクリと一口。


「おいしい……」

はじめて食べる味だと、不思議に思ってそれを観察する。

この黄色いものの正体は卵で出来ていると知り、色んな食し方があると感心した。

「よかった。あまり時羽様が好きなもの、わからなかったので。こういうの好きかなと勝手に考えてました」

「好き……です……」

私は自分が何が好きかも覚えていない。

少しずつ真っ白な紙に色が一滴二滴と落ちていく。


「花……」

「花?」

顔をあげ、これまでの短い旅でときめいたものを呟いた。


「私、花が好きです! さっき川沿いで見た白い花、かわいいなと思ってみてました!」

つい大きな声を出してしまい、周りから冷たい視線が突き刺さる。

赤恥をかいたと、逃げたくなったがどうしようもなく縮こまるしかなかった。


「シロツメクサ、ですね」

「シロツメクサ?」

「……全然、時羽様のこと理解出来ていませんでしたね」

「どうして……」

そんな風に言われては不安に心が揺れてしまう。

「私、今とても楽しいです。知らないことを知れるって、すごいことだなって」

そう言って頭の中にまたぼんやりと何かが浮かんだ。

私はいつも遠くを見つめていたような気がする。

生きてきた世界はとても狭い場所で、桜の花びらにまぎれてどこかに行っていた。

それはどこだったか、私は思い出せない。

だけど彼の微笑みを見ていると、以前の私もうれしくなって笑っているんだろうなと、そうほのかに思うばかりだった。