里を離れたあと、川沿いの砂利道を歩いて彼との会話を楽しんでいた。

「向かっているのは夜司(よつかさ)家のお屋敷です」

「夜司家?」

「時羽様の遠い親族です」

と言われても何の実感も湧かない。

自分が何者かも覚えていないのだからどれくらい縁が遠いのかも想像が出来ずにいた。

「ひと月は緋月さんといて、その後は夜司家にいればいいんですか?」

「……はい」

気になることがたくさんありつい質問攻めをしてしまうが、彼がもの寂しそうな顔をしたので疑問を飲み込む。

いったんは置いておき、違う話題にしようとワタワタして彼の袖を引っ張った。


「緋月さんの格好は今の流行りですか?」

袴に着物、だが外套は見たこともない厚手のしっかり縫製されたものだ。

私のぼんやりとした記憶では、民は藁をまとったり、着物を何枚も重ねて寒さを越してきた。

しかしこの時代は外套一枚あれば夜でもあたたかく過ごせる。

細々とした装飾品が華となり、彼の容姿を引き立てていた。


「俺の格好は今だと普通です。賑わいのある街に出ればとても驚かれると思いますよ」

(緋月さんだけで十分驚いてるんだけど……)

紫がかった黒髪がさらさらとなびいて、太陽の光をまとって煌びやかだ。

背も高く、見慣れぬ洋装混じりの恰好だと少し遠い人に見える。

今は異国の文化が入り込み、洋装の人も多いと教えてもらった。

「あ……」

前方から荷馬車がゆったりとしたスピードで歩いてくる。

遠目にだが、ずいぶんと賑わいが伝わってきてもっとよく見ようと背伸びをした。

すると彼は私をじぃっと見下ろしたあと、軽々と腰に手を回して抱き上げた。

「えっ!? ひ、緋月さん!?」

「見えますか? あれは街です。色んな人が集まってくる場所です」


歩いているところは何もない川沿いの道。

時々白くて小さな花やタンポポを見かけて胸がキュンとする。

その道を歩いていった先に橋がかかっており、見えた光景はまるで別世界に来たと錯覚するものだった。

目を輝かせていると、荷馬車とすれ違い御者をしていた若い男女にクスクスと笑われてしまう。

子どもっぽくはしゃいでしまったと恥ずかしくなり、顔をうつむけて彼の肩を押した。

「あの……もう大丈夫です」

「? そうですか」

これ以上は私の心臓がもたない。

地面にかかとが着くや、いたたまれなさに街に向かって駆け足となる。


「緋月さん! 早く行きましょう!」

「――はい」