***
――少しずつ記憶が戻っていく。
だけど私はこれがいつなのか、どこまで進んだのかがわからない。
街を抜けて、シロツメクサの咲き誇る河川敷を息せき切って駆けた。
いつまで経っても彼の姿を見つけられず、足も重たくなって一歩前に進むのさえ苦しい。
それでも歩みは止めなかった。
「――ま」
視界が涙でにじむ中、ぐしゃぐしゃで何も見えない。
川のせせらぎだけが聞こえていたのに、遠くから激情をはらんだ叫び声が耳に届く。
「時羽様っ!!」
袖で涙を拭って前を見れば、顔を赤くして必死な様子でこちらに駆けてくる彼がいた。
「緋月っ……!」
手を伸ばす。
私は彼をあきらめたくなくて、思いの丈をすべて出し切って前へ踏み出した。
指先が触れ合って、私は彼の胸に飛び込んで背中に手を回す。
「申し訳ございません……! 絶対に巻き込んではいけないとわかっていたのに俺はっ……!」
「緋月が好き!」
拒絶よりも先に、私は想いを伝えたくて言葉を重ねる。
彼の傍にいたいとは口にはしたが、その理由は告げていなかった。
彼をどう想っているのか、伝えないままに拒絶されるのは嫌だと涙を流した。
「私は緋月が好き! 今も昔も、ずっと好きでした! だからどうか、どうか……!」
――鬼にならないで。
曇り空が晴れ、暗闇の中から月が顔を出す。
その色に私はまた、時を巻き戻さなくてはならないことを悟った。
「俺は最低です……。あなたに生きてほしかったのに。なんのために俺は……!」
「緋月、待って。私は……!」
いつも、赤い満月の下でこの光景を見た。
何度見たって私は”彼を失う瞬間”に絶望を思い知る。
彼がかつて、”私を失ったこと”を引き金に鬼となった時のこと。
どれだけの悲しみ、苦しみ、怒り、絶望。
それが彼を飲み込んでしまったのかを。
「緋月……」
ほおずきのように真っ赤な目をし、顔には黒い亀裂を走らせている。
触れる身体はとげとげしい。
彼と繋がっていた手を見れば、私の手はズタズタとなり血を流していた。
(また……。またこうして私は彼を失うんだ)
気味の悪い突風が吹き、空は星を霞ませるほど赤い満月が浮いていた。
”滅亡”の色、私と彼の終わりを告げる色だ。
今日は卯月の二十九日、空には赤い満月。
(私はこの運命を変えるために、時を巡ってきた)
藍色の髪は星をまとったかのように白銀に染まる。
夜で輝きを得た私は鬼への変貌していく彼に背伸びをして手を伸ばす。
「緋月っ……!」
だが彼はそれを受け入れない。
彼は切なげに微笑むと、傷つけないようにやさしく私を突き飛ばした。
「申し訳ございません。またお会い出来て、俺は幸せでした」
「ひ……」
――バキ……バキバキバキッ!!
彼が彼でなくなっていく。
何度、この光景を見ただろう。
卯月の二十九日、赤い満月の下、彼は必ず”鬼”と化した。
赤い満月の下、彼の面影を残したまま残虐な鬼が目の前に現れる。
赤黒い手を空に伸ばし、赤い月を握りしめてイタズラっぽく目の奥を光らせた。
夜半の嵐、白銀の髪が空にあがって背中に落ちる。
交差した鬼の目から先にそらしてたまるかと、顎をぐっと引いて首を動かさないようにした。
『今宵は赤い満月。この者の身体は私のものとなった』
彼の身体を乗っ取った鬼は舌なめずりをし、目を三日月に歪ませて嗤った。
――少しずつ記憶が戻っていく。
だけど私はこれがいつなのか、どこまで進んだのかがわからない。
街を抜けて、シロツメクサの咲き誇る河川敷を息せき切って駆けた。
いつまで経っても彼の姿を見つけられず、足も重たくなって一歩前に進むのさえ苦しい。
それでも歩みは止めなかった。
「――ま」
視界が涙でにじむ中、ぐしゃぐしゃで何も見えない。
川のせせらぎだけが聞こえていたのに、遠くから激情をはらんだ叫び声が耳に届く。
「時羽様っ!!」
袖で涙を拭って前を見れば、顔を赤くして必死な様子でこちらに駆けてくる彼がいた。
「緋月っ……!」
手を伸ばす。
私は彼をあきらめたくなくて、思いの丈をすべて出し切って前へ踏み出した。
指先が触れ合って、私は彼の胸に飛び込んで背中に手を回す。
「申し訳ございません……! 絶対に巻き込んではいけないとわかっていたのに俺はっ……!」
「緋月が好き!」
拒絶よりも先に、私は想いを伝えたくて言葉を重ねる。
彼の傍にいたいとは口にはしたが、その理由は告げていなかった。
彼をどう想っているのか、伝えないままに拒絶されるのは嫌だと涙を流した。
「私は緋月が好き! 今も昔も、ずっと好きでした! だからどうか、どうか……!」
――鬼にならないで。
曇り空が晴れ、暗闇の中から月が顔を出す。
その色に私はまた、時を巻き戻さなくてはならないことを悟った。
「俺は最低です……。あなたに生きてほしかったのに。なんのために俺は……!」
「緋月、待って。私は……!」
いつも、赤い満月の下でこの光景を見た。
何度見たって私は”彼を失う瞬間”に絶望を思い知る。
彼がかつて、”私を失ったこと”を引き金に鬼となった時のこと。
どれだけの悲しみ、苦しみ、怒り、絶望。
それが彼を飲み込んでしまったのかを。
「緋月……」
ほおずきのように真っ赤な目をし、顔には黒い亀裂を走らせている。
触れる身体はとげとげしい。
彼と繋がっていた手を見れば、私の手はズタズタとなり血を流していた。
(また……。またこうして私は彼を失うんだ)
気味の悪い突風が吹き、空は星を霞ませるほど赤い満月が浮いていた。
”滅亡”の色、私と彼の終わりを告げる色だ。
今日は卯月の二十九日、空には赤い満月。
(私はこの運命を変えるために、時を巡ってきた)
藍色の髪は星をまとったかのように白銀に染まる。
夜で輝きを得た私は鬼への変貌していく彼に背伸びをして手を伸ばす。
「緋月っ……!」
だが彼はそれを受け入れない。
彼は切なげに微笑むと、傷つけないようにやさしく私を突き飛ばした。
「申し訳ございません。またお会い出来て、俺は幸せでした」
「ひ……」
――バキ……バキバキバキッ!!
彼が彼でなくなっていく。
何度、この光景を見ただろう。
卯月の二十九日、赤い満月の下、彼は必ず”鬼”と化した。
赤い満月の下、彼の面影を残したまま残虐な鬼が目の前に現れる。
赤黒い手を空に伸ばし、赤い月を握りしめてイタズラっぽく目の奥を光らせた。
夜半の嵐、白銀の髪が空にあがって背中に落ちる。
交差した鬼の目から先にそらしてたまるかと、顎をぐっと引いて首を動かさないようにした。
『今宵は赤い満月。この者の身体は私のものとなった』
彼の身体を乗っ取った鬼は舌なめずりをし、目を三日月に歪ませて嗤った。