暗闇のなか、時間感覚がなくなり”私という意識”が溶けていく。

時間経過もわからない、私の身体はどうなったのか。


『時羽。何度も時を戻し、越えていく娘よ』

「(誰?)」

『私は”ツクヨミ”。そうだな……。わかりやすく言えば夜の神だろうか』


頭の中に直接響く声。

女性の声だと思われるが、暗闇の中では相手の顔が見えない。


『神への供物なんぞ、何の意味もないことを』

ツクヨミはクスクスと笑いながら、神へ供物を差し出してもまったく意味がないことを告げる。


「(そんな……。それだと私は一体……!)」

何のために生贄となったの?

父のため、民のため。

姫として役目を全うした結果、何の意味もないと知れば残るのは虚しさ。

彼を裏切ってまで私は何がしたかったと打ちひしがれた。

涙に暮れる私にツクヨミはしばらく沈黙し、そして一言「裏切り」を見ろと言った。


真っ暗闇の中に突如赤い炎が現れ、だんだんと近づいてくる。

身体の周りが焼けるように熱くなり、いつのまにか炎が青くなっていることに気づいた。


『お前のいとしい男。緋月といったか? あやつはお前が生贄となったことを知り、鬼となった』


その言葉に私は胸が苦しくなり、居ても立っていられずに叫ぶ。


「(どうして!? 緋月が鬼になんて!)」

『お前が裏切ったからだ』


ドクン、と強烈な心臓の圧迫とともに身体が引き裂かれた気がした。


『鬼は国を滅ぼした』

いやだ。

そんなことは聞きたくない。

だが耳を塞ぎたくても私の身体は動かせなかった。


『お前を失ってあやつは絶望した。その絶望は激しい怒りとなり、鬼がその身体を奪った。いや、鬼に身体を明け渡したと言う方が正しいか』

それがこの身を焼き尽くすような炎だと知る。

暗闇で炎が燃え広がり、赤から青となりすべてを焼き尽くす。


鬼の意志か、彼の意志か。

本人しか知ることのない絶望。

それを引き出したのは”私が彼との約束をやぶり、自分の命をないがしろにしたから”だ。


「(緋月っ……! ごめんなさい緋月っ! ごめんなさ……)」

私の声はどこにあるのか。

ツクヨミには聞こえているのに、私の声は暗闇に溶けていく。

これは夜の神であり、暗闇を身にまとう存在だ。

自分で命を投げ出したくせに、私は暗闇の中でツクヨミに泣きすがる。


「(緋月を助けたい……! どうしたら助けられるの!?)」

『助ける? 裏切って絶望させたのはお前なのに?』


痛感する。

青い月の夜、私は彼を裏切った。

私は自分のことばかりで、彼の痛みを考えなかったんだ。

その結果、彼が鬼となったのだとしたら”私の罪”だ。


償い?

彼に申し訳ないと謝ったところですでに手遅れだ。


「(……いやよ)」

きっと今、私は涙を落として波紋させた。

暗闇の中、顔を上げれば小さな青い星が見えた。


「(あきらめたくない! 裏切ったというなら、姫として供物になった私を裏切る!)」

『ほう?』


父に気づいてほしかった。

私はここにいると、母と二人で待っていると。

姫として私にも出来ることがあると、一心に期待し続けた。

”もう、そんな私はいらない!”


「(ツクヨミ、教えて! 何をすれば彼を助けられる!?)」


自己犠牲?

それで彼を救えるならば私は今までの私を裏切ってでも手を伸ばす。


『何度繰り返しても、お前はそう言うのだな』


そう言ってツクヨミは私の問いに答えを与えた。

生贄となった月と同じ、卯月の始まりから終わりまで。

青い月からはじまり青い月で終わる日が重なったとき、【裏切りをみせろ】と。


『代償は”時間と記憶”だ。青い月が過去と未来を重ねる時、お前は目を覚ます。だが決まった時間を覆すのは相応の覚悟が必要だと知れ』


「(なんでもいい)」

自分を見失った結果がこれならば、私は私を取り戻す。

私の愚かさで彼を傷つけたのなら、私は謝って、今度こそ約束を果たしたい。

鬼となるほど絶望した彼を、”時を越えて”でも――。


「運命を変えるの! 力を貸して! ツクヨミ!!」


失われた約束を、彼の言葉を、私の想いを――!



そうして私はツクヨミと契約し、長い時間と記憶を代償に”タイムリープ”の力を持つあやかしとなった。

決まって”卯月の初日、青い月が浮かぶ日”に目を覚ます。

彼と再会し、記憶のないまま”幸福な一か月”を過ごすものの、二十九日になれば必ず彼は鬼と化した。


本来の時の流れは卯月一日、青い月からはじまり二十九日に赤い月で終わった。

私はその流れを歪ませて、彼との未来をつかみ取る。


”卯月の末日に時間を歪ませて、青い満月に変えて時を重ねる”



【チッチッ、カチッ――】