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卯月の二十八日。

河川敷近くで焚き火をおこし、月夜の下で身体を休めていた。

相変わらず夜になると髪の毛が白銀に光ってしまう。

それをひと房、彼は手にとって切なそうに目を細めた。


「こんなにキレイな髪を隠さなくてはいけないなんて」

彼の方がずっとショックを受けており、惜しんでくれるので、不謹慎にもこの髪に価値があると思えて幸せだった。


「そう言ってもらえるとうれしいです」

(緋月さんは不満かもしれないけど)

何もない私に一つ、彼にとっての”好ましい私”を知ることが出来た。

これは前の私にはなかったもので、”新しい私”を彼が見ていることに喜びが湧きあがった。


「どうか大事に。他の人にはあまり見せないようにしてくださいね」

「それは……どうして?」

「……妬けてしまいますから」


そんな風に言うのはズルいと思った。

もう彼との別れは目前、約束の一か月だ。

それを思うと心が痛くて泣きそうになるので、ふいっと目を反らして空を見上げた。


「今日の月もキレイですね」

気持ちを隠すのが難しい美しい月の夜。

草原にはシロツメクサがたくさん咲いているが、暗さでほとんど見えない。

桜の木に背を預けて空を見れば、もう間もなく満ちようとする月が浮かんでいた。


(あれ?)

「時羽様?」

「――ううん。なんでも……」


何かがおかしい。

ほとんど満たされた月はこんな色だっただろうか。


(私が知っているのは青い月。いつ、それを見た?)

彼と出会った日とはまた異なる青色の月はどこに行ったのだろう。

今、空に浮かぶのは明日にも満月になるであろう赤みがかった月だ。


「時羽様は月がお好きですね」


緋月の声にハッとして視線を前に戻す。

焚き火に手をかざしながら緋月がほのかに微笑んでいた。

やさしい温度に私は頬がゆるみ、おだやかに笑って光る髪を耳にかけた。

「はい。以前の私も月が好きでした。でもなんだか違和感があって……」

「違和感?」

「満月は月末と思ってました。明日がそうなんですね」


――月末が満月だったような気がしたが、そう思う理由がわからない。

彼が目を丸くしているので、気恥ずかしくなって私は口角をあげて誤魔化した。


(やだ……、こんなのウジウジしてるみたい)

一か月を目前にして、一日でも長くしたいという気持ちを隠しきれずにいる。

どうせなら明日ではなく、月の終わりを満月にして。

満月にはじまり、満月で終わるように、どうかキレイなままで……。

動揺から話題を変えようと無理くり笑顔を作った。