***
【――チクタクチクタク、チッチッチッ……】
「――もう一度。もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
情けなく震える声で聞き返す。
私と対面する男性が着用するのは、体格をすっぽりと覆い隠す着物。
向き合ってはいるものの、距離は遠く、畳も一段高い。
顎を擦りながら私を見る姿は初対面のようなものだった。
「三日後、月が満ちる日に豊穣の儀式を行う。お前は供物として神に差し出すことにした」
笏(しゃく)で私を指すのは会話をしたことのない帝であり父親だ。
退屈そうに虚ろな目をしてため息をつくと、笏でトントンと畳の目を叩いていた。
「ここ数年、凶作が続いている。昨年の川の氾濫は特に被害を与えた。民の不安も大きい。よって決めたことよ」
「ず……いぶんと突然でございますね。なぜ私なのか、伺っても?」
その問いに父は目を三日月の形にしてニヤッと道化に笑った。
「娘よ。この国の姫。お前ほどの身分ならば神にふさわしい。民たちも安心し、豊作となることだろう」
冷や汗が背中を伝う。
神への供物、それは事実上の死だ。
本当に神と対面する道かもしれないし、それで終わりかもしれない。
凶作に生贄を差し出すことはよくあることで、それに私が選ばれただけのこと。
「喜んでお引き受けいたします。……この身が国の礎とならんことをお祈りいたします」
畳に手をつき、深々と頭を下げる。
すると遠く離れたところに座していた父が立ち上がり、家臣たちの制止もきかずに私の前で片膝をついた。
「すまぬな、時羽。あぁ、お前は宵花によく似ておるな」
「あ……」
亡くなった母・宵花が脳裏に過ぎる。
たしかに母は側室であり、父の寵愛を受けていた。
しかし身体の弱かった母は他の側室たちから嫌がらせを受け、結果的に亡くなってしまった。
(姫としてお役に立てる。ようやく必要としてもらえた)
姫君でありながら無力で、宮中の隅にひっそりと暮らすしかなかった。
宮に暮らす者の目に止まらない日々、緋月が私を見つけてくれた。
それでもさみしさは消えなくて。
ようやく父の目に止まった。
母を思い出してくれた。
それだけで充分だった。
私のような価値のない石ころ姫でも国のために役立てる。
父に認めてもらいたくて、私はたしかに姫として生きているんだって。
(そう、これは名誉。素晴らしい抜擢なんだから)
手が震え、表情が強張り両眉をぎゅっと寄せる。
少しでもいいから承認されたくて私は宮中から飛び出していた。
情けない承認欲求は誰も知らない。
手足が重たい。
喉がヒリヒリする。
父に必要としてもらえるなら、私は喜んでこの身を神に捧ぐ――。
【チクタクッ……チッチッチッ……!】
【――チクタクチクタク、チッチッチッ……】
「――もう一度。もう一度お伺いしてもよろしいですか?」
情けなく震える声で聞き返す。
私と対面する男性が着用するのは、体格をすっぽりと覆い隠す着物。
向き合ってはいるものの、距離は遠く、畳も一段高い。
顎を擦りながら私を見る姿は初対面のようなものだった。
「三日後、月が満ちる日に豊穣の儀式を行う。お前は供物として神に差し出すことにした」
笏(しゃく)で私を指すのは会話をしたことのない帝であり父親だ。
退屈そうに虚ろな目をしてため息をつくと、笏でトントンと畳の目を叩いていた。
「ここ数年、凶作が続いている。昨年の川の氾濫は特に被害を与えた。民の不安も大きい。よって決めたことよ」
「ず……いぶんと突然でございますね。なぜ私なのか、伺っても?」
その問いに父は目を三日月の形にしてニヤッと道化に笑った。
「娘よ。この国の姫。お前ほどの身分ならば神にふさわしい。民たちも安心し、豊作となることだろう」
冷や汗が背中を伝う。
神への供物、それは事実上の死だ。
本当に神と対面する道かもしれないし、それで終わりかもしれない。
凶作に生贄を差し出すことはよくあることで、それに私が選ばれただけのこと。
「喜んでお引き受けいたします。……この身が国の礎とならんことをお祈りいたします」
畳に手をつき、深々と頭を下げる。
すると遠く離れたところに座していた父が立ち上がり、家臣たちの制止もきかずに私の前で片膝をついた。
「すまぬな、時羽。あぁ、お前は宵花によく似ておるな」
「あ……」
亡くなった母・宵花が脳裏に過ぎる。
たしかに母は側室であり、父の寵愛を受けていた。
しかし身体の弱かった母は他の側室たちから嫌がらせを受け、結果的に亡くなってしまった。
(姫としてお役に立てる。ようやく必要としてもらえた)
姫君でありながら無力で、宮中の隅にひっそりと暮らすしかなかった。
宮に暮らす者の目に止まらない日々、緋月が私を見つけてくれた。
それでもさみしさは消えなくて。
ようやく父の目に止まった。
母を思い出してくれた。
それだけで充分だった。
私のような価値のない石ころ姫でも国のために役立てる。
父に認めてもらいたくて、私はたしかに姫として生きているんだって。
(そう、これは名誉。素晴らしい抜擢なんだから)
手が震え、表情が強張り両眉をぎゅっと寄せる。
少しでもいいから承認されたくて私は宮中から飛び出していた。
情けない承認欲求は誰も知らない。
手足が重たい。
喉がヒリヒリする。
父に必要としてもらえるなら、私は喜んでこの身を神に捧ぐ――。
【チクタクッ……チッチッチッ……!】