公で会っているわけではない。

それは私と緋月の関係性に名前がないことを現す。

緋月は私の父に仕える召使であり、加えて長子ではない背景もあり身分が低い。


(緋月と結婚するとか……そういう望みはあるのかしら)

結婚に自由はない。

私たちはお互いに選択肢を与えられずに育った。

もし緋月と出会っていなければ、私は母を亡くしたあとどうなっていただろう。

想像するのも嫌だと首を横に振った。


「俺にとって一番は時羽姫のお傍にいることです」

「緋月は変わり者ね。私といたって何のメリットもないのに」

「時羽姫は見ていて飽きがきませんから」

「むっ。からかわないでよ。私に姫らしさなんて求めてもダメよ。そんなのわからないんだから」

「はい。それでいいんです」


(ズルい。一喜一憂するこっちの身にもなってよ)


彼にとっては何気ない一言でも、私には泣きたくなるほどにうれしい。

宮中を抜け出しても見つからないくらい、私の存在は空気のようなものだ。

私を見つけてくれる唯一の人、それが緋月だった。


(言葉が欲しいの。緋月を好きでいること、許されたいの。私はここにいる理由が欲しい)

夕日が眩しくて私は目元を擦る。


「時羽姫?」

「なんでもない。夕日がキレイね。今日は満月かしら?」

「そうですね。あ、時羽姫。あちらにうっすらと月が浮かんでます」

「本当だ。お月見のお団子が食べたいわね」

「まだ少し時期が早いですよ」

「どうせみんなお酒を飲んで楽しんでるわ。時期なんて関係ないよ」


パタパタと駆け出してくるりと振り返り、薄いグレーの空に浮かぶ月をつかむ。


「知ってる? 月には兎が住んでるのよ!」

「それはお母上にお聞きになったのですか?」

「そうよ。月は面白いわ。ずーっと夜を照らしてくれるもの」


まるで緋月のようだ。

暗がりにいた私を照らしてくれたやさしい月明かりのように。

「時羽姫は兎に……」

「兎?」

「いえ。何でもありません」


頬を赤くして目を反らす彼に、私もパッと目を反らす。

月を見上げることで赤くなった顔を誤魔化そうとのぼせそうな頬を両手で叩く。

夕暮れは太陽と月が入れ替わる時間。

恥じらいを見せながらも隠してくれる不思議な時間だった。


【――チッチッ、チクタクチクタク……】