***


【チッチッチッ――……】


川のせせらぎに目を向ければ茶色の水が流れている。

私は宮中から抜け出し、都からもっとも近い河川敷に訪れていた。


「時羽ねーちゃん! お手玉しよ!」

「ダメだよ! 今、文字教えてもらってんだい!」

「文字なんて学んだってどこで使うのよっ!」

「へんっ! オイラぜってぇお侍様になるんでい! お侍様も今どきは学が必要だって聞いたぞ!」

「ふふっ。順番にね」

河川敷で平らな土に枝で文字を書く。

貧しさに働く子が大半だが、本当は勉強や武芸に興味をもっており、私はそういった子たちに出来ることを積極的に行なっていた。


「”時羽”!」

「! 緋月!」


爽やかな凛とした声に振り向けば、焦った表情の緋月がいる。

砂利道を駆けてくるので、私は子どもたちから離れて緋月のもとへ寄った。


「ごめんね、緋月。遅くなっちゃったかしら?」

「俺がいない時は外に出ないでくださいとあれほど言ったではありませんか!」

「えへへ、つい」

「ついではありませんよ! ヒヤッとするこちらの身にもなってください!」


そう言いながらも彼は外で私のことを”姫”と呼ばない。

彼は子どもたちの前で身分を隠すために何でもない関係を装う。

珍しい彼見たさに抜け出す下心もあった。


「みんな、またね!」
「「ばいばーい」」

子どもたちと別れ、夕暮れの道を歩いていく。

夕日に照らされる彼は昼間よりも艶っぽくなり、紫色の瞳に胸が焦げる。


「戦が起こるかもしれません」

「戦……」

それは緋月も出てしまうのだろうかと、不安になって声が出てこない。

目を合わせられない私に緋月は淡く微笑んで、私の髪に触れた。

「葉っぱがついていましたので」

「……ありがとう」

緋月との会話は胸が高鳴ることばかりだ。

この火照る顔も夕日に紛れて見えなくなるので、私はこの時間が好きだった。


「緋月と出会ってからずいぶん経ったね」

「そうですね。姫君とは屋敷に籠もられるものと思っていました。時羽姫は大きくなられても顔一つ隠そうとされない」

「誰かが来た時はちゃんとしてるよ! 緋月には隠す必要がないわ! ……公に会ってるわけではないから」


姫という身分はあれど、私は末端で宮中の者に忘れられた存在。

下級女官が食事を運んできたり、身なりを整えてくれたりと最低限の姫らしさはあれど、誰かと交流することはめったになかった。