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お店を出て街をウロウロしていれば日が暮れて、人がだんだんと減っていく。

西の空と白い外壁に移る夕映えが美しい。

あれほど賑やかだったのに、人の数が減ればさみしさに凍えそうだった。


「時羽様」

彼に呼ばれて顔をあげれば、唇に何かがちょこんと当たる。

内側にぐっと押し込まれ、目を丸くしていると舌先に甘い味が広がった。

(溶ける。なんだろう)

知らない味だとつま先立ちをして彼の腕に手を添えた。

「チョコレートです」

「ちよこ……?」

「こんなものばかりでは舌が贅沢になってしまいますね」


そう言われたとおり、私は贅沢をしているのだろう。

山から下りたさきにあった里とはずいぶん違う光景だ。

大半の人はあのような生活を送っていると理解し、だからこそこうも甘やかしてくれる彼に胸が高鳴った。


「緋月さんは何が好きですか?」

思いがけない質問だったようで、彼はぎくりとした顔をして振り返る。


「緋月さんのこと、もっと教えてください」

私のことを教えてくれなくても、”今の緋月”を知りたいと思った。

これは好奇心と呼ぶのか、それとも夕焼けに胸が焦がされているのか。


「兎が好きです」

「兎?」

白だったり茶色だったり、野山をよく駆けまわる小動物だ。

こんな華やかな街にいるのに、食べ物でもファッションでもなく、山に行けばよく見かける兎があがった。


「兎、かわいいですよね。私も好きです」

「……時羽様はまだ、自分の姿を見ていらっしゃいませんでしたね」

自分の容姿に関しては彼を通じてでしかわかっていない。
濃い藍色であること。

身長が低いので彼とまともに向き合うには背伸びが必要なこと。

今は薄紅色の着物に袴と動きやすさを重視した格好をしている。


どんな顔立ちなのか。

瞳はどんな色だろうか。

彼の青い瞳はとても美しいのでいつまでも眺めていたい。

そう思うくらいには私の瞳に魅力はあるかと気がかりだった。


(あれ?)

私は彼の前に出て、背伸びをして彼の顔を凝視する。

彼は頬を赤らめて、手で顔を隠して目を反らしてしまった。


「時羽様? あの……どうされました? 俺の顔になにか……」

「緋月さんの目が……」

(青い……けど、少し色が落ちたような)

「なんでもないです。急にごめんなさい」


夕明かりで見え方は変わる。

私は今、どんな色をしているだろうか。


「私の目は何色ですか?」

知りたいのは、彼の目に映る私が何色か。


「八重桜の色です」

風が吹き抜けて、春の匂いがした。

街のところどころに咲く桜の花が夕日色に染まる。

これは”ソメイヨシノ”、八重桜はもう少し桃の濃い色だ。

幾重にも花びらを重ねた花、着物の桜は薄紅色だがもう少し赤みがある。

同じくらい、きっと今の私の頬は染まっている。


(瞳の色よ。顔は……どうなのかしら。ちょっと、それは聞くのが怖い)

街には煌びやかな女性がたくさんいる。

どう考えても私はここにいる女性たちよりもおぼこい顔をしている気がした。