二人で食べるご飯が世界で一番美味しい気がする

「結婚、おめでとう」
「ありがとー」
「いつまでも幸せにね」

 友人の結婚式に出席するのも、これで何度目か数えるのも面倒になってきた今日この頃。
 学生時代仲良くした記憶はないのに呼ばれる結婚式の数々に、どうか終止符を。
 そんな願いを聞き届けてくる有能な神様は存在せず、今日も学生時代の華だった私は仲良くない友達に作り笑顔で祝福を送る。

「結婚してないの、もう数えられるほどしかいなくない?」
「わっかる! 肩身狭いわー……」

 結婚式が終わったら終わったで、結婚できていない同士で見えない未来に向けて語り合うってお決まりの展開がやって来るのも厳しい。

「次に結婚するのは、優奈かなー」
優奈(ゆうな)、学生時代と変わってないんだもん」
「独り勝ちだよねー。この年齢で、可愛さを維持できてるって化け物だって」

 さっきから黙り込んでいる私に話題を振ってくるなんて、いい度胸していると思う。
 話題を振られて、肩身が狭くなっているのはこっち側(私の方)だって誰も分かってくれない。

(私が可愛さを維持できてるのは、努力してるからなんだって……)

 幼い頃に言い聞われてきた『可愛い、可愛い』という呪いの呪文。
 実際にアイドルを目指せるんじゃないかってくらい容姿に恵まれたおかげで、学生時代はドラマに出てくる悪女……にはならなかったけど、容姿を活かしてありとあらゆる贅沢をさせてもらった。

(でも、周りは知らんふり)

 歳を重ねるごとに、その可愛さは色褪せているってことに。

「はぁ」

 参列した結婚式の評論会から解放されて、静まり返ったマンションのドアを開けた。
 玄関の明かりをつけても、誰も『おかえり』と声をかけてくれないマンションでは薄暗い廊下が続いてしまう。
 靴を脱いでスリッパに足を入れても、なんだか冷たい床の感触が伝わってくるような気さえしてしまう。

「結婚……」

 周囲が次々と結婚して、幸せな家庭を築いていくという人生の大定番。
 取り残されているように感じるのは事実だけど、結婚したいかと問われるとよく分からない。
 一人で生きていくのに特別な苦労はしていないし、誰かの温もりが恋しいと思うこともない。

「結婚、した方がいいのかな……」

 ソファに腰を下ろし、深い溜め息を吐く。
 結婚式に参列するたびに、『結婚しなきゃいけない』という呪いの言葉が頭をノックし始める。
 でも、両親が結婚にうるさくないという現代らしさある家庭で育ったこともあって、やっぱり結婚への執着が私にはないような気がする。

(本音は、孫の顔が見たいのかな……)

 そんな思いつきがあっても、両親に『孫の顔見たい?』と直接尋ねる勇気も出てこない。

「はぁ」

 ソファから体を起こし、テーブルの上にばら撒いているサプリメントの数々を口に含んで水で流し込む。
 結婚式で出された食事は喉を通らず、夕飯を作る気力も元気もない。
 生きていくために必要な栄養をサプリで取り込んだ私は、明日の仕事に備えるために眠りの世界へと向かう。
「今日も一日、よろしくお願いします」

 幼い頃から慣れ親しんできた『可愛い、可愛い』という呪いの呪文。
 この可愛いを二十代後半になっても維持し続けるには、日々の努力が欠かせなくなってくる。
 でも、どれだけ努力しても若さには勝てないのではないかという諦めが、心の奥底に重くのしかかってくる。

「いらっしゃいませ」

 男女平等が叫ばれつつあるけど、百円ショップという場所は比較的女性が多く勤務している。
 私が勤めている百円ショップは典型的すぎるといっても過言ではなく、男性ゼロの職場。
 学生のアルバイトさんたちには若さならではの輝きがあって、無邪気さのある笑顔は百円ショップを活気づけてくれる。
 とてもできたアルバイトさんに恵まれているのを実感するけど、若い人たちに囲まれた職場では、二十代後半の『可愛い』は色褪せてしまう。

「いらっしゃいませ……」
「ちょっと、これ、不良品だったんだけど」

 若い頃は『可愛い、可愛い』ともてはやされてきた。
 でも、社会人になってから需要があるのは『可愛い』ではない。
 上司からの信頼が厚く、同僚や後輩たちから頼りにされる存在こそが、価値ある人間として評価される。

「大変申し訳ございません」
「気をつけてよね」

 私?
 私は多分、価値のない人間。
 二十代後半にしては顔が可愛いってだけで、それ以外の価値を何も持ち合わせていない。

若芽(わかめ)さん、休憩終わったら、棚づくり手伝って」
「はい」

 百円ショップの仕事にはレジ、接客、入荷など、いろいろな業務がある。
 その中でも棚づくりと呼ばれている業務があって、季節ごとに変わる特別なアイテムを並べる棚を見栄えよく整えること。
 その季節を彩るための商品や、特に売り出したい商品を推すための棚をつくる。

(棚づくりなんて、数えられるほどしかやらせてもらったことがない……)

 その百円ショップで、最も目立つ花形的な棚をつくるという重要な作業は主に店長の役割。
 もしくは、店長のお眼鏡にかなった店員さんが棚づくりを担当する。
 今日の店長は仕事が立て込んでいるらしく、人手を欲しているらしい。
 店長が呼んだのは、私が勤務するショップに研修に来ている若芽鈴(わかめすず)さん。
 来年の今頃には仕事のできる正社員として、どこかの百円ショップの利益を上げるために活躍しているはず存在。

「はぁ」

 私は学生のときから百円ショップに勤務していて、そのときの経験が準社員まで引き上げてくれた。
 大学卒業と同時に正社員になった若芽さんは経験を積んでいる最中とはいえ、既に店長の信頼を得ていると感じられる光景を目に入れるのは体に毒だった。

(憧れたら、負け……)

 新入社員は経験を積まなければいけないって分かってはいるけど、次から次へと重要な仕事を任されている若芽さんのことが正直羨ましい。

(やっと休める……)

 休憩時間になって休めるようになったのはいいけれど、今日は新入社員の若芽さんと休憩時間が重なっている。
 サプリメントの入った鞄を持って、私はこっそり音を立てないように若芽さんから逃げ出した。

(若芽さん、普段どこでご飯食べてるんだろ……)

 大型ショッピングセンターの中にある百円ショップに勤務しているため、休憩時間は社員食堂の利用が許されている。
 でも、ショッピングセンターの社員さんたちに紛れて休憩を取るのは未だに苦手で、私はショッピングセンター近くにある公園まで足を運んだ。

(公園まで来る人、いないよね……)

 休憩時間以内に戻ってこられれば、お店で食事してきても、家に帰ってもいい。
 大人に与えられた自由時間の使い方は、その人その人に委ねられている。
 学生のときみたいに、みんな同じじゃなくてもいい。
 でも、みんな同じを経験してきた私からすれば、社会人になってから自由な時間の使い方は任せますと言われても困ってしまう。
 二十代の後半を生きているといったって、未だに時間の使い方は上手くならない。

「森永さん……?」

 休憩時間に、公園を訪れる社会人がいることに驚愕した。
 若芽さんから逃げ出すために選んだ公園のはずなのに、まるで若芽さんと出会うために公園を選んだかのような神様の采配に愕然としてしまう。

「森永さんと休憩時間が同じになるの、初めてですね」

 陽の光を浴びることのできる公園に来ると、彼女の若さある柔らかな黒髪が陽の光を受けて輝いて見える。
 彼女が微笑んでくれるだけで、その笑顔は春を運んできたように心を温めてくれる。
 でも、そんな彼女の笑顔が苦手だった。
 誰もが心を開かずにはいられなくなる、その笑顔から逃げるために公園を選択したはずなのに。
 上手くいかない人生に、溜め息が混じる。
「ここの公園、ショッピングセンターの隣なので、いろんな人が集まるんですよ」

 喉のどこを鍛えたら、そんなに柔らかな声を出すことができるのか。
 話すときの口調は落ち着いていて、聞く人の心を穏やかにしてしまう彼女の声が苦手。
 でも、あなたのことが苦手ですと面と向かって話す人間なんて社会人失格。
 職場の雰囲気を悪くしないために、心に浮かんだあれこれは静かに心の奥底へとしまい込んだ。

「学生時代、懐かしくなっちゃうんですよ」
「……若芽(わかめ)さんは、つい最近まで学生さんだったでしょ」
「それでも懐かしくなっちゃいますよ。もう、学生時代には戻れないんだなって」

 アイドルの人たちはグループを卒業しても、ずっと可愛いが続く。
 でも、一般人の可愛いは、ずっと続かないってことを思い知らされる。
 三十歳手前の私に必要なのは『可愛い』という言葉ではなく、『仕事ができる』という言葉だから。

「……だね。あー、学生時代に戻りたいかも」
「あ、森永さんも同じこと考えてくれましたね」
「……うん」

 歳を重ねるにつれて求められなくなった『可愛い』に嘆きの声を向けると、私は若芽さんと距離をとるためにショッピングセンターの中へと戻ることを選んだ。

「また、あとで」
「森永さん」

 若芽さんが私のことを引き留めるために声をかけ、何かと思って振り返ったとき。
 彼女の膝上の色とりどりの食材が美しく敷き詰められたお弁当箱に、目を奪われた。

「すごっ……」
「え、あ、お弁当箱ですか?」
「あ、ごめん、じろじろみちゃって……」

 白ご飯に梅干しを乗っけるというド定番ではなく、ご飯の中には混ぜご飯のように混ぜ込まれた梅干しの赤。
 黄色のたまご焼きは見ただけで、ふんわりとした食感だってことが伝わってくる。
 ブロッコリーの緑に、カリフラワーの白。何かの竜田揚げのような茶色も揃っていて、学校の教科書に出てくるようなお手本通りのお弁当に言葉を失う。

「若芽さんも一緒に……」
「あー……私は大丈夫……」

 何が、大丈夫なのか。
 可愛かった頃の私は『ありがとう』と言って、人の厚意は遠慮なく受け取ってきたはず。
 可愛さを失った社会人の私は『ありがとう』の言葉も返せないくらい、性格も醜くなったらしい。
 作り笑顔もできない私は適当な日本語を、若芽さんに投げつけてしまった。

「あの、森永さん」

 早く若芽さんの元から去りたいのに、彼女は私を簡単に逃がしてくれない。
 同じ職場で働く同士ってだけで、たいして仲良くもない彼女は、どうしてこんなにも私のことを気にかけてくるのか。

「若芽さん、私は……」

 汚い言葉が出てくるのを止めてくれたのは、優しい優しい若芽さんだった。

「森永さん、体調が悪いんですか」

 彼女の視線が、突き刺さる。
 彼女は私の表情を見ているのではなく、彼女の視線は私の右手。
 市販されているサプリメントの袋を、ごっそりと抱えている私の右手に彼女は注目していた。

「あ……」

 生きていくためには、食べなければいけない。
 そんなのは理解しているつもりだけど、一人暮らしの時間が長くなるにつれて食事の時間が疎かになっている自覚はあった。

「違う、違う……これ、薬じゃなくて……サプリメント」

 忙しさを理由に食事の時間を確保するのも面倒になった私は、栄養の摂取をサプリメントに頼る生活を始めた。

「え、そんなに飲んで大丈夫ですか」
「大丈夫、大丈夫、楽できて助かってるくらい……」

 心臓が、止まりそう。
 若芽さんの視線を逸らしながら言葉を返すってことは、このサプリメント生活に私は少なからず罪悪感を抱いているということ。
 サプリメントを服用することは違法でもなんでもないのに、こんなにも後ろめたくなるのはなぜなのか。

「じゃあ、またあとで……」

 自分の心が再び黒に染まるのが分かったから、私は若芽さんを傷つける言葉を発する前に逃げ出した。

「っ」
「森永さん……?」

 いい子の模範解答のような人生を歩む彼女、顔しか取り柄のなかった学生時代の自分。
 どちらと友達になりたい?
 どちらと結婚したい?
 そんなの、誰に尋ねるまでもなく決まっている。
 自分の人生を投げ捨てるかのように、彼女の前から走り去ろうとしたタイミングで、私はその場へと屈みこんでしまった。

「っ、ぁ……」
「森永さん! 森永さんっ!」

 今までだって何も問題なく生活できていたのだから、今後もサプリメントに依存していくんだろうなと漠然に考えていた。
 でも、人はサプリメントだけでは生きられないということを自身の体で実験してしまった。
 私はビタミンCを過剰摂取し、職場に大きな混乱をもたらした。
「最悪……」
 
 薄暗い部屋の中で、重たい布団に包まれる日が来るなんて誰が想像していたか。
 両親からの支援を受けていた頃の、軽い羽根布団の感触を思い出す。
 空気のように軽い羽根布団は体に優しく寄り添ってくれたのに、今の重たい布団はまるで自分の身体を押し潰すためにあるようなもの。その重さが、自分の心と重なっていく。

「っ」

 健康管理がなっていなかったことを悔やんでも、いまさら遅い。
 職場に迷惑をかけた自分を責める気持ちだけでなく、同じ職場で働く人たちに迷惑をかけたことへの後悔が浮かんできて、益々心が沈んでいく。

(もうこれで、信用してもらえなくなる……)

 体調不良は誰にでも起こり得るものだけど、今回ばかりは違う。
 日頃の不摂生が祟っての体調不良なんて、誰も許してくれない。

(私って、なんにも持ってないんだ……)

 枕に顔を埋め、涙が零れ落ちるのを感じた。
 体調を崩した自分は化粧が疎かになっていて、きちんと着飾った自分でいられないことにも情けなさが生まれる。
 心細さと孤独感に襲われていると、手際よく料理を進めていく音がキッチンから響いてくる。

(……お母さん?)

 自力で母親に連絡した記憶はないものの、自分が住んでいるマンションで料理を作ることができる人間なんて限られている。
 きっと『できる』若芽(わかめ)さんが、母親の電話番号を見つけて連絡してくれたって流れになったのだと思い込んで瞳を伏せる。

「大丈夫ですか? 少しでも食べられるように、体に優しいものを作ってみたんですけど……」

 力なく横たわっていたはずなのに、脳はぱちっと電源が入れられたかのように覚醒した。

「若芽さん!?」
「はい、若芽です」

 部屋中に優しい香りが広がり、碌にご飯を食べなくなったテーブルの上に色とりどりの品々が並んでいく。
 色彩豊かな食事は、若芽さんのお弁当の中身を思い出させる。

「まずは、お粥ですね」
 
 自分がお粥を作りなさいと言われたら、水にご飯を入れて煮込ばいいんですねと返すくらいの知識しかのないお粥の登場。
 でも、若芽さんが作ってくれたお粥は柔らかく仕上がっているのが一目で分かってしまう。

「凄いね、若芽さんは……」
「え?」
「視覚にも優しいご飯なんて……私、作れない……」
「え、森永さん!?」

 お粥の中には、細かく刻まれたネギの緑。
 ふわっふわの黄色いたまごに包まれたお粥を見ているだけで、目頭が熱くなってしまった。

「えっと、あの、召し上がれ」
「いただきます……」

 一筋の涙が頬を伝った。
 けれど、『できる』若芽さんは、溢れた涙を見ないフリしてくれた。

「っ」
「お口に合いますか」

 舌が、想像していた塩味を感じ取ることはなかった。

「え、え、何、これ……」
「あ、お口に合わなかったですよね! 今、普通のお粥を作ります……」
「すっごく美味しい……」

 実家で両親が作ってくれたお粥とは、味がまったく違う。
 塩味のお粥が不味いと言っているわけではなく、お粥はシンプルな塩味だという思い込みが覆された。

「本当ですか? 無理なさらなくても……」
「本当に美味しい……美味しい! 美味しすぎる……!」

 病み上がりの人間が、お粥を爆食してもいいものなのか。
 そんな疑問が湧き上がるものの、若芽さんが作ってくれたお粥を食べる手は止まらない。

「何、これ? 何が入ってるの?」
「ホタテの水煮や、すりおろした生姜……あとは」

 もったいぶった言い方をしてくる若芽さんに疑問を抱いたのも束の間、彼女が私を見つめる瞳があまりにも柔らかくて優しくて、また涙が溢れてきそうになる。

「中華スープの素ですね」
「……中華スープの素!? え、なんで、あの粉って、スープを作るための素じゃないの?」
「スープ以外にも応用できちゃう優れ物なんですよ」

 確かに味わえば味わうほど、スープで飲んだことのあるような味が口いっぱいに広がっていく。
 でも、そこにホタテの水煮とかが加わっているせいか、ただの中華スープの素で留まらないところに感動してしまう。

「若芽さん、こっちは」

 若芽さんが運んできてくれたお夕飯は、お粥だけに終わらなかった。

「あ、森永さん、食べすぎですよ! こっちの添え物は、明日以降……」
「食べたい」
「……少しだけですよ?」

 まるでお粥が食前酒の役割を担っているかのように、私の食欲は一気に増進していく。
 お粥の横に添えてあったのは野菜スープで、にんじんやじゃがいも、玉ねぎ、ベーコンがみじん切りに刻まれているのが確認できる。

「欲を言うなら、キャベツが欲しかったんですけど……」
「いただきます」

 さっきは弱々しい声で紡がれた『いただきます』の言葉。
 今度は、ちゃんと自分の声で若芽さんに『いただきます』の言葉を届けられた気がする。

「カレーの材料とほぼ変わらないのに、美味しい……」
「ありがとうございます。野菜を煮込んだだけですけどね」
「その、煮込むっていう手間を、私のためにやってくれたんだよね」
「……はい」

 野菜なんてざく切りでもいいと思っている私と違って、若芽さんは丁寧にみじん切りにしてくれた。
 私の胃に配慮して、なるべく消化に優しくなるように工夫してくれたんだと思う。

「ありがとう、若芽さん」

 二十何年もの間に積み重ねられた呪いの言葉は、きっと一生、私の記憶と心に張りついたまま。
 でも、心まで呪いの言葉に汚染されないように、私は素直な気持ちを若芽さんに伝えた。

「早く森永さんが元気になりますようにって……そんな願いを込めてみました」

 でも、素直な言葉を向けたら向けたで、若芽さんが返してきた笑顔があまりにもきらきらと輝いていたことに、二十代後半の私は打ちのめされました。
森永(もりなが)さん、お昼ご飯にどうぞ」

 これは、鶴の恩返しか何かですか?
 私が勤務する百円ショップに若芽さんが研修に来てから、まだ二カ月程度しか経っていない。
 これといって若芽(わかめ)さんに親切心をばら撒いてきたつもりはないのに、彼女は私を健康に保つため奮闘し始める。

「ありがたいけど、食費! 食費くらい払わせて……!」

 もちろん不摂生が祟って倒れた私が彼女の厚意を無下にするわけなく、ありがたく彼女の手作りお弁当は日々の活力となっている。
 それは間違いないのだけど、私から若芽さんにお返しすることは相変わらず何もない。

「こちらとしては、味見してもらえるだけでありがたいんです」
 
 日に日に申し訳ないって気持ちが積もりに積もっていくのに、若芽さんは食費を一円たりとも受け取ってくれない。
 これが将来の大手百円ショップ幹部候補のパワーなのかと、若芽さんらしくない妄想を膨らませて、一人妄想劇場を修了させる。

「一体どうしたら……」

 正社員の若芽さんと休憩時間が重なることはほとんどないため、今日も私は独りご飯。
 一人でご飯を食べたくないなんて見栄を張る時期はとうの昔に終わっていて、一人での食事には何の違和感もない。

(でも……)

 若芽さんに看病してもらったとき。
 彼女と言葉を交わし合いながら食事をしていたときの方が、楽しかったななんて。
 彼女に伝えられない迷惑な気持ちを片付けて、今日も若芽さんが作ってくれたお弁当を食させてもらう。

(明らかにサラダチキンじゃない……)

 今はサラダチキンのバリエーションも豊富で、サラダチキンを購入すれば料理の手間をがっと省くことができるはず。
 それなのに若芽さんは今日も手間をかけて、お弁当作りに勤しんでくれる。

(美味しい……)

 今日も私の胃を心配してくれたのか、消化に良さそうな蒸し鶏にネギダレが添えてある。
 無理しないでっていう若芽さんの気持ちが込められているみたいで、蒸し鶏を口にしているだけで涙が溢れてきそうになる。

(っていうか、若芽さん、料理上手すぎ……)

 高校を卒業して、すぐに一人暮らしを始める。
 そして、自炊をちゃんとやっていれば若芽さんレベルになれるのかなれないのか。
 過去に遡って人生をやり直すこともできず、妄想の範囲で学生時代の若芽さんの成長に想いを馳せる。

(食費は受け取ってもらえない……じゃあ、私は若芽さんに何ができる……?)

 若芽さんの愛情が詰まったお弁当を一口ずつ味わいながら、心の中で感謝の気持ちを噛みしめる。
 でも、どんなに私の心が手料理に癒されても、私は若芽さんにしてあげることなんて何もないのだと気づかされた。

(社会人になって、自分の無力さに今更気づくとは……)

 どんなに自分が無力だと卑下したところで、抱えている仕事は心の調子が整うのを待ってはくれない。

「ん……?」

 文具売り場の品出しをしている、ふとした違和感に気づいた。
 ペンケースの横に、なぜか彩り豊かなメガネスタンドが並んでいた。

(いや、まあ、文具売り場でも間違いはないけど……)

 文具売り場にメガネスタンドがあっても違和感ないと言われれば違和感ないけど、私が勤めている百円ショップには眼鏡用品売り場というものがある。
 一つ一つのアイテムを丁寧に手に取り、私は眼鏡用品売り場へと向かった。

「商品名確認してから、品出ししろって話」
「もっとこう違和感を持ってほしいんだよね。この商品は、ここじゃないって……考えれば分かると思うんだけどな」

 百円ショップに勤務する男性は昔より増えているはずなのに、やっぱりまだ女性の店員が多いところは否定できない。
 現に私が勤務している百円ショップは女性店員しかおらず、女性の園とも言える場所で陰口が繰り広げられていた。
 男性がいれば少しは職場環境が違ったんじゃないかと夢見たところで、男性は面接にすら来てくれない。

(文具売り場の品出しをしてたの……)

 平日の百円ショップには、運送会社が休む間もなく大量の段ボール箱を届けてくれる。
 この段ボールの中に詰められている中身を、少ない店員で店頭へと並べなければいけない。
 大きな段ボールは場所を取るから優先的にとか、品薄になっている棚を優先に埋めていくという優先順位が決まっているものもある。けれど、それ以外は、どの段ボールから手を付けてもいいことになっている。だから、具体的に誰がどこを担当という決まりもない。

(どうやって注意しよっか……)

 サプリメントで栄養摂取して、ご飯を口にしないというあまりの不摂生っぷりをやらかして以来、若芽さんは私のためにお弁当を作ってくれるようになった。
 そんな彼女のためにできることを言ったら、彼女を仕事のできる人間にすることなのかもしれない。
 けど、先輩風を吹かせるのはなんか自分らしくないと思った。
若芽(わかめ)さん!」
森永(もりなが)さん、お疲れ様です……」
「今日、仕事終わったら、一緒にご飯食べに行こっ」

 学生時代も、社会人になりたての頃も、私の隣にはいつも誰かがいた。
 一緒にご飯を食べてくれた友達もいれば、ご飯を奢ってくれる男性もいた。
 誰かと一緒にご飯を食べるということは、強制的に食べ物を口に入れる機会に恵まれていたということでもある。
 一回一回の食事が私の健康を保ってくれていたことに、いまさら、気づく。

「若芽さん……手作り以外に興味ないと思ってた……」
「食べるのも大好きなんですよ」

 大型ショッピングセンターの中にある百円ショップは、朝早くから夜遅くまで営業を行う。
 私たちだけでなく、百円ショップで働いている人たちの退勤時間はばらばら。
 特に若芽さんは正社員という立場もあって、既に店長代理を任されることもある。
 午後八時に退勤した私は、まだ勤務を続けている若芽さんの仕事が終わるまでショッピングセンターで時間を潰した。

「森永さんのキャラではないと思うんですけど……」
「そんなことない……けど……こういうお店、入るの初めて……」
「ふふっ、そんなに緊張されなくても」

 静かな街角に佇む小さな定食屋の暖簾(のれん)をくぐると、ほのかな灯りが店内を優しく照らしているところに少し感動した。
 店主と奥さんの温かい笑顔が出迎えてくれて、『これが家庭的なお店の雰囲気か』と初めて味わう空気に大きな感動と安心感を与えてもらう。

「何、食べよっかな……」
「私は、天ぷら定食で」
「うーわー、若さ自慢……」
「たくさん働いたあとは、がっつりしたメニューを食べたくなるんですよ」

 メニューを眺めながら、夜遅くでも満足感のあるものを選ぼうと考える若芽さん。
 一方の私が真っ先に気にしなければいけないのは、いかに自分の体重を増やさずに済むかということ。

「焼き魚定食、お願いします」
「私は、天ぷら定食をお願いします」

 夜遅い時間帯でも世の中は精力的に活動しているらしく、店内には私たち以外にもお客さんが数人いた。
 私たちと一緒に接客業をやっている者同士かなとか妄想を膨らませていると、私は本来の目的を思い出す。

「え、あれペン立てじゃないんですか!?」
「ペン立てでも十分、使えるよねー……」

 お店の中は広いといっても、働く店員の数には限りがある。
 誰がどこの品出しを把握していた私は、昼間のメガネスタンド事件のことを若芽さんに話した。
 すると、若芽さんがメガネスタンドを文具売り場に運んだという事実も判明。
 自分の読みは、間違っていなかった。

「すみません……ペン立てだと思い込んで、品名の確認を怠りました……」

 若芽さんが真面目で一生懸命なのを知っているからこそ、その真面目さが逆に彼女を追い詰めてしまわないように気をつけた。

「あー、悔しいです……ちゃんと品名を確認していれば、みなさんに迷惑をかけることなかったですよね……」
「店長からの受け入りなんだけどね、悔しいって思ってるうちは大丈夫らしいよ」

 若芽さんが気落ちして職場を辞めるなんてことにならないように、私なりに積んできた経験を丁寧に話していく。

「悔しいって思ってる人は、改善しようって気持ちがあるんだって。だから、次からは絶対に失敗しなくなるらしいよ」

 こんな先輩っぽいことを言葉にしたところで、これは私の言葉ではないってところが凄く悔しい。
 私が百円ショップのアルバイトを始めたときに、当時のめっちゃ怖い店長に言われた言葉を若芽さんに知ってもらう。

「失敗から何を学ぶって言われても、難しいかもしれないけど……」
「いえ、職場に迷惑をかけるような人間は、社会人失格ですから」

 社会人失格という言葉は大袈裟な気もするけど、それが若芽さんの真面目さを表現しているなと思って言葉を慎むことにした。

「若芽さんなら大丈夫」
「ありがとうございます、森永さん」
「何か困ったことがあれば、いつでも声かけてね! 少しは助けてもらったお礼、返したいなって思ってるから」
「頼りにしてます、先輩」

 反省終了。
 ここからは、美味しい食事の時間。
 手書きのメニューには何が書かれているのかを覗き込もうとしたタイミングで、香ばしい香りが漂う焼き魚定食が目の前に運ばれてきた。

「一緒に届くって、ありがたいですね」

 一緒に、食事を始めることができるから。
 そんな誰かと一緒に食べるありがたさと当たり前に気づいて、少し照れてしまった。
けど、そんな照れ隠しをする私を置いていくことなく、若芽さんと次に発した言葉が重なった。

「いただきます」
「いただきます」

 若芽さんと一瞬、目が合って。
 互いに何が嬉しいってわけでもないのに、一緒に笑った。
「すっごくいい音」

 天ぷらのサクサクした音が心地よく響いて、店主の腕の良さに惚れ惚れしてしまう。

「このお店、お気に入りなんです」

 店内を見渡すと、ほかのお客さんの間にも笑顔が広がっている。
 奥のテーブルに座っているサラリーマンの人は一人で食事をしているのに、ボリュームあるかつ丼定食に心を躍らせているように見える。みんな、このお店の食事を楽しんでいるって様子がよく伝わってくる。

「あ……」

 焼き魚の骨を外そうとした際に、魚の外側はカリッと。
 中はふっくらと焼き上がっているのに気づいて、店主がお客様に喜んでもらうために料理を提供していることが伝わってきた。
 なんだか分からない感情に襲われて、涙腺が緩んでしまう。

(誰かの手料理も、誰かと食事することも、本当に久しぶりだから……)

 魚の骨を外し始めるとき、魚の皮がパリパリッと音を立てた。
 香ばしい香りがお店に広がっていくようで、その過程すらご飯を美味しくする要因になっていく気がする。
 そういう感覚を得ること自体が初めてで、まるで魚の身を優しく解すのまで人生で初めてのような緊張感を抱いてしまう。

(楽しいな……)

 同じ職場で働く者同士が夕飯まで同じなんて、若芽(わかめ)さんには気の休まらない時間が続いているかもしれない。
 でも、向かい側に座る彼女が満足した表情で食べ進めていく様子を見ているだけで元気を分けてもらっているような気がしてくる。

「んー、やっぱり、ここの定食屋さんは最高に美味しいです」

 職場ではおとなしい雰囲気の若芽さんだけど、ご飯を食べているときはこんなにも豊かな表情を見せてくれるところが意外だった。

(食べるのも、作るのも好きなんだ)

 若芽さんは食レポのように、いちいち食べている物を解説しているわけではない。
 それでも、彼女が手にしているかぼちゃの天ぷら。
 食べてもいないのに、ほくほくとしたかぼちゃの甘みが伝わってくるくらい笑みを綻ばせるから嬉しくなってくる。

(なんか、若芽さんとご飯食べてると……心も体も満たされていく感じがするんだよね)

 まずは自分が口にする部分の骨だけを外し終えると、少し満足げに微笑む。
 なるべく手際よく骨を外さないと、せっかくの焼き魚が冷めてしまう。

(ご主人の厚意を無駄にしない)

 若芽さんが自然と笑みを浮かべられるくらい、このお店の腕前は確かだった。
 焼き魚の絶妙な焼き加減から、料理に込められた愛情が伝わってくる。
 ご飯を食べるひとときを心から満喫するのなんて何年ぶりだろうと、思い出そうとしても思い出せない。

「若芽さん、このお店を紹介してくれてありがとう」
「気に入ってもらえて嬉しいです」

 さっきから、社交辞令的な会話しかできていないことに申し訳なさを感じる。
 若芽さんは人工知能を搭載したロボットでもなんでもないはずなのに、いま一歩踏み込んだ会話ができないのは私に原因があるのかもしれない。

「若芽さん、あの……その、受け取ってもらえない食費のことなんだけど……」

 添えられた小鉢には、恐らく季節の野菜が彩りよく盛り付けられていた。
 その彩りだけで癒されるのを感じながら、私は勇気を出して踏み込んだ。

「気にしないでください。森永さんへのご飯作りは、私が好きでやってることなので」
「違うの、私、これからも若芽さんのご飯を食べたいなって思ってて……」

 食事の場で、食事が不味くなるような会話は禁止。
 頭ではなんとなく分かっていても、若芽さんだけが食費の負担を背負う関係をなんとかしなければいけない。
 そう思って、ない頭をフル稼働させて、若芽さんの説得を試みる。

「若芽さんのご飯を食べたいから、食費をちゃんと払いたいっていうお願い」

 口をぽかんと開ける、という言葉通りのことをやっているわけでは。
 けど、私の提案に驚きの表情を見せた若芽さんの口はほんの少し開いたまま。

「なんていうか、普段の食事の大切さに気づいたっていうのかな? ご飯を食べて、仕事のストレスとか……日々の忙しさから解放してくれて、ありがとーみたいな」

 自分でも何を言っているんだって気がしなくもないけど、自分が経験したことを若芽さんに伝えるために必死に口を動かした。

「今の食事だって、焼き魚にご飯に味噌汁に……温かさが体に染み渡っていくっていうのかな」

 私が残念な語彙力で自分の気持ちの伝え方を迷っている後ろで、店主や従業員さんの快活な声がお店に響き渡る。

「ご飯を食べて、心の疲れを取るって方法を教えてくれて、ありがとう。若芽さん」

 接客業をやっていると、どうしても夕飯なのか夜食なのかよく分からない時間帯での食事になってしまう。
 ご飯を作るのも、食べるのも面倒くさい生活が始まってしまって、私と食の間に距離ができるようになった。

「って、若芽さん?」

 私と食の距離を縮めてくれた若芽さんに感謝の気持ちを伝えたはずなのに、肝心の彼女に私の気持ちは伝わっていないらしい。若芽さんの口は、まだほんの少し開いたまま。
「あ……すみません」

 夜遅くの定食屋でのひとときは、私にとって特別な時間となっている。
 でも、若芽(わかめ)さんにとっては、そうでもないのかもしれない。
 若芽さんの体は硬直してしまったかのように身動きを取らなくなってしまって、彼女は手元の天ぷら定食に視線を下ろした。

「あの……私、本当に好きでやっていたことなんです。森永さんに、ご飯を押しつけるの」

 店内の穏やかな雰囲気を拒むように、若芽さんは私の目を見ることなく俯いてしまった。

「恥ずかしい話なんですけど、承認欲求を満たすためというか」

 楽しい食事の時間を駄目にしてしまったんじゃないかと反省しようとすると、若芽さんは顔を上げた。
 無理に微笑んでいるような表情だったけど、私の目を見て話をしてくれた。

「美味しくご飯を作れたら、認めてもらえるんじゃないかなって」

 運ばれてきた定食が冷めないように、食べ進めながら話を聞いてほしいと若芽さんが合図を送ってくれる。
 彼女も私が食事を遠慮しないように、海老の天ぷらを天つゆに軽く浸しながら口へと運んでいく。

「私の家って、女性はご飯を作れて当然みたいな考えなんですよ」

 若芽さんが天ぷらを噛み締めると、衣の香ばしさが伝わる音が聞こえてくる。
 口の中には美味しさが広がっていくはずなのに、肝心の食事をしている若芽さんの表情に元気がない。

「作っても作っても作っても、ご飯を作るのは当たり前。感謝の一言ももらえないことに疲れちゃって……現在の私の完成です」

 私が若芽さんの味を求めてしまったから、彼女はずっと閉じ込めていても良かった話をする羽目になってしまった。

「……他人同士なら、ご飯を作ってくれるのは当たり前じゃなくなる」
「はい、絶対に感謝の気持ちをくれる関係性になれてしまうんです」

 それが、彼女の無理な笑顔に繋がってしまったのだと気づく。

「森永さん、私がお腹いっぱいになっちゃうくらい『ありがとう』って言葉をくれるんです。調子に乗って、『ありがとう』のおかわりをもらいに行っちゃいました」

 昆布と鰹節の出汁が効いた優しい味わいの味噌汁を口にすると、若芽さんの顔にほっとした表情が浮かび上がる。

「若芽さん、その顔だよ」
「え?」
「若芽さんにとってご飯を作ることって、義務とか、承認欲求とか……いろいろあるかもしれないけど、若芽さん! そもそも、ご飯作ること好きでしょ?」

 食事の場というものは、とんでもなく大きな癒し効果を発揮するんじゃないかと思った。
 若芽さんに苦しさを強いてしまってどうしようとか思っていたのに、彼女が口にした美味しい食事たちは自然と彼女を笑顔にしてしまった。

「その笑顔、すっごく可愛い!」

 急に真面目な顔つきになったかもしれない。
 でも、食事の場に相応しいのは笑顔だって気づいて、優しい笑みというものを浮かべられるように炊き上がったばかりのご飯を口に運ぶ。

「ご飯の話をするときの若芽さんの笑顔、私、すっごく好き」

 焼き魚の旨味を引き立ててくれるご飯の美味しさを噛み締めながら、私は若芽さんにありのままの気持ちを伝えていく。

「食関係の業界に就職すれば良かったのにって思うくらい、その笑顔が好き」

 若芽さんのご家庭にとっては、女性がご飯を作るのは義務。
 そんな家庭環境を生きる息苦しさをなんとなく察したからこそ、私は若芽さんを褒め称えるという選択を選びたい。

「……専門機関で料理を学ぶなんてもっての外でした」

 若芽さんは基本的にまったりのんびりした喋り方で、こんな風に人の心臓を揺らしてくるような喋り方をしない。

「家族のためにしかご飯を作ったことがない人間が、他人の役に立てるわけがないって」

 だから、私の心臓は揺さぶられてしまったのかもしれない。

「でも、ご飯を作るのも、ご飯を食べるのも好きって気持ち、今も若芽さんは持続しているんだね」
「はいっ」

 若芽さんに活力を与えているのは、この定食屋さんの力が発揮されたおかげなのか。
 若芽さんの中で、ご飯への情熱が爆発したからなのか。

「だから、自分で学費を稼ぐところから始めようかなと……」

 答えは分からないけど、目の前にいる若芽さんが自然と笑みを浮かべられるようになったのなら素直に嬉しい。

「すっごくいいと思う」
「あ、すみません……百円ショップを踏み台のような言い方をして……」
「大丈夫、大丈夫、私は百均のお偉いさんじゃないから」

 定食屋さんの味に心から癒されると、私たちは同時に笑顔を浮かべた。

「うん、これでやっと若芽さんの本音を聞けたかな」
「ほんと……すみません……私、こんな暗い話をするために、ご飯に誘ったわけじゃ……」
「そのいい子ちゃんの仮面、取っ払っちゃえ」

 自分の口角を無理矢理に引き上げて、若芽さんには笑ってほしいって気持ちを彼女に送る。