「ねぇ、星夜祭のことなのだけど……」
いつの間にやらご令嬢たちの間ではあるイベントの話題で持ちきりになっていた。
そう、噂の『星夜祭』である。
澄んだ夜空に最も美しく星ぼしが輝くこの季節、わたしの住む王宮はもちろん、近隣の街などでは星夜祭という行事が行われていた。
王宮以外住んだことがないので、他の場所の星夜祭がどのようなものかはわからないけど、街もとても賑わうということで本当にあちこちで大切にされている行事なのだと実感させられる。
こういったイベントの日こそ、わたしはお仕事に集中する必要があるため今まで無縁だったのだけど、ご令嬢たちが浮足立っているこの季節はそんなわたしさえもなんだかそわそわした気持ちになってしまうから不思議なものだった。
レディ・カモミールとしても物語のネタが欲しいため、わたしよりもご令嬢たちとの接点がありそうなロジオンにはすべての様子を調査するようにお願いしている。
わたしに睡眠時間を削って新作を書かせているのだ。
そのくらいしてもらわないと困る。
「先日、街に買い出しに行ったのだけどね、ラベンダー色の毛糸だけがすでに在庫切れで」
「ええ? 本当ですの? うちに出入りしている商人が言うには……」
とにかく盛り上がることこの上なしな行事なのだ。
もちろん、わたしだって完全に知らないわけではない。
星夜祭の夜に大切な人に、その人の瞳の色と同じ色のショールを贈るとふたりはいつまでも一緒に過ごせるのだという。
しかも手作りであればあるほど効果を増すのだとか。
そして、ショールを貰った者は、自身が日頃から身につけているものを相手に贈る。
もちろん、恋人がいなかったり片思いをしている人だって、想い人の瞳の色のショールを自身が巻いて星空の下で過ごすとその想いは届くとも言われている。
昔は寒空の下で働く家族のためにあたたかい防寒具を贈る……という儀式だったらしいのだけど、いまやすっかり恋のジンクスとして姿を変えてしまった。
ご令嬢たちがきゃっきゃとキラキラした笑顔を浮かべ、盛り上がるのも無理はない。
そして、彼女たちの間で話題となり、毎年争奪戦になる色は『薄紫色』だ。
薄紫色の瞳は王家に代々伝わるもはや王家の象徴ともいえる色合いだ。
そのためか、この時期になると彼らの瞳に近しい色合いの布や毛糸、糸までもが街から一斉に消えてしまうのだという都市伝説もあるほどで、そしてそれはどうやらただの噂話ではなさそうだった。
一年も前から準備をしておいてこの時期に臨むというツワモノもいるらしい。
(……ああ、いいわぁ)
薄紫色争奪戦。
物語を盛り上げるネタにはバッチリなのだ。
王子様に憧れを持つ乙女が遠い星空の下で彼の瞳と同じ色を身につけて星夜祭に臨む。
なんともロマンチックなお話だ。
ロジオンはなんだかストーカーじみていて怖いと言っていたけど、そんなの気にしない。(本当にあの男は乙女心がわかっていないわね)
確かに、わたしも薄紫色のものを目にすると、ヘイデン様の優しい笑顔が脳裏を締めてどきりとしてしまうのは事実だ。
もちろんショールまで作る予定はないのだけど。
わたしも主役級に明るくて活気ある未来を望める存在であるならば、この行事に胸をときめかせて夜な夜な試行錯誤を繰り返していたのだろうか。
(……うん、そうね)
自他認める妄想の達人とはいえ、自分がしおらしく想い人を思ってショールを作っている姿だなんて、そんな姿は全く想像がつかず、我ながら虚しくなる。
今年もシルヴィアーナ様は早々にわたしたちを解放してお城にこもられるのだろう。
『疲れたからひとりにしてほしい』
そう言うのだろう。
だけどわたしは知っている。
これは、心優しいあのお方の配慮だ。
わたしたちにも時間と機会をわけてくれたのである。
おかげでいわば早い時間に自分の時間が確保できる可能性も高く、そうなったらまたペンを握れる可能性もありそうでわくわくする。
残念ながらそんなことばかり考えるわたしにはロマンスの兆しなんて感じられなかった。
「怪盗バロニスによってあちこちで奪われているのだとか」
続けて聞こえた言葉に、色とりどりの妄想に花を咲かせてうっとりしていたわたしははっと顔を上げる。
(か、怪盗バロニスですって?)
最近、巷を騒がせている盗人がいるそうだ。
狙った獲物は逃さないとかで、いちいち予告状を出した上で犯行に臨む。
その正体は誰も知らず、ただわかっているのはシルクハットにタキシード姿のキザな野郎だということ。
大したものは盗まないそうなのだが、泥棒は泥棒、犯罪者だ。
(ちょっとちょっと! なによそれ! 星夜祭の話題よりも楽しそうじゃないの!)
わたしがなぜ彼のことを知っているのかというと、彼は一度この王宮にも盗みにやってきたのだ。
魔術師たちの鉄壁の結界があったにも関わらず、そいつは余裕綽々で犯行を決行し、そしてやりきったのだ。
そのとき不在にしていたアイリーン様は、次に自分がお目にかかれるのなら直接対決がしてみたいわ、とすごい剣幕で意気込んでいたし、たまたまその時、その場の護衛につかされていたらしいロジオンは、窓ガラスが破損されたわけでもないのに予告されていたものはしっかり消えていたため、そこに待機していた近衛団の隊員たちと共にあらぬ疑いをかけられ、三日三晩身ぐるみを剥がされたあげく、隅々まで身体検査をされて、怪盗バロニスではないことを全身を持って証明させられたのだとうんざりしていた。
一体どんな検査をされたのか興味津々のわたしに対して、再戦を心から望むアイリーン様とは真逆に二度と関わりたくないと珍しくロジオンは憤慨するばかりだった。
どの話題でも星夜祭という行事は話題が尽きないな。
「平和ね」
ぼんやり考えながら西の空を眺める。
赤々とした夕日が、今日も別れを告げようとしていた。
「しごく平和なものだわ」
一年前、大昔に歴代の名のある魔術師たちによって封印されていた魔王が蘇り、その復活とともに動き出した魔物たちがある小さな街を襲ったという考えたくないほどの悪夢を耳にしたのは記憶に新しい。
そこは活気に満ち溢れていて、人々は穏やかで職人や商人がたくさん住んでいたという。
建物の装飾も伝統工芸品も独創的で、民族衣装をもとに作られている人々の衣装もとても魅力的な歴史ある街だったのだと聞いている。
突然魔物たちに襲われたその街の人たちは、同時に訪れた巫女と勇者の誕生のおかげて事なきを得たそうだけど、街は見るも無惨に崩壊されたそうだ。
未来への可能性を秘めた街だったのに、と惜しむ声はずいぶん多く上がったらしい。
今でもまだ、人々の生活は不安定で物資などの多くの支援を必要とするところもあったり、魔物に襲われた恐怖がトラウマになり、それらに怯えて暮らす人間も少なくない。
そんな世界だってあるというのに、この王宮と近隣区域ときたら星夜祭がどうだこうだと盛り上がっている人たちが大勢いる。
非常にのんきなものだ。
沈む夕日に世界が赤く染まる。
(少しでも多くの人が笑ってくれればいいのに)
わたしの願いは変わらない。
今日もまた、まだ見ぬ街の人々に祈りを送った。
いつの間にやらご令嬢たちの間ではあるイベントの話題で持ちきりになっていた。
そう、噂の『星夜祭』である。
澄んだ夜空に最も美しく星ぼしが輝くこの季節、わたしの住む王宮はもちろん、近隣の街などでは星夜祭という行事が行われていた。
王宮以外住んだことがないので、他の場所の星夜祭がどのようなものかはわからないけど、街もとても賑わうということで本当にあちこちで大切にされている行事なのだと実感させられる。
こういったイベントの日こそ、わたしはお仕事に集中する必要があるため今まで無縁だったのだけど、ご令嬢たちが浮足立っているこの季節はそんなわたしさえもなんだかそわそわした気持ちになってしまうから不思議なものだった。
レディ・カモミールとしても物語のネタが欲しいため、わたしよりもご令嬢たちとの接点がありそうなロジオンにはすべての様子を調査するようにお願いしている。
わたしに睡眠時間を削って新作を書かせているのだ。
そのくらいしてもらわないと困る。
「先日、街に買い出しに行ったのだけどね、ラベンダー色の毛糸だけがすでに在庫切れで」
「ええ? 本当ですの? うちに出入りしている商人が言うには……」
とにかく盛り上がることこの上なしな行事なのだ。
もちろん、わたしだって完全に知らないわけではない。
星夜祭の夜に大切な人に、その人の瞳の色と同じ色のショールを贈るとふたりはいつまでも一緒に過ごせるのだという。
しかも手作りであればあるほど効果を増すのだとか。
そして、ショールを貰った者は、自身が日頃から身につけているものを相手に贈る。
もちろん、恋人がいなかったり片思いをしている人だって、想い人の瞳の色のショールを自身が巻いて星空の下で過ごすとその想いは届くとも言われている。
昔は寒空の下で働く家族のためにあたたかい防寒具を贈る……という儀式だったらしいのだけど、いまやすっかり恋のジンクスとして姿を変えてしまった。
ご令嬢たちがきゃっきゃとキラキラした笑顔を浮かべ、盛り上がるのも無理はない。
そして、彼女たちの間で話題となり、毎年争奪戦になる色は『薄紫色』だ。
薄紫色の瞳は王家に代々伝わるもはや王家の象徴ともいえる色合いだ。
そのためか、この時期になると彼らの瞳に近しい色合いの布や毛糸、糸までもが街から一斉に消えてしまうのだという都市伝説もあるほどで、そしてそれはどうやらただの噂話ではなさそうだった。
一年も前から準備をしておいてこの時期に臨むというツワモノもいるらしい。
(……ああ、いいわぁ)
薄紫色争奪戦。
物語を盛り上げるネタにはバッチリなのだ。
王子様に憧れを持つ乙女が遠い星空の下で彼の瞳と同じ色を身につけて星夜祭に臨む。
なんともロマンチックなお話だ。
ロジオンはなんだかストーカーじみていて怖いと言っていたけど、そんなの気にしない。(本当にあの男は乙女心がわかっていないわね)
確かに、わたしも薄紫色のものを目にすると、ヘイデン様の優しい笑顔が脳裏を締めてどきりとしてしまうのは事実だ。
もちろんショールまで作る予定はないのだけど。
わたしも主役級に明るくて活気ある未来を望める存在であるならば、この行事に胸をときめかせて夜な夜な試行錯誤を繰り返していたのだろうか。
(……うん、そうね)
自他認める妄想の達人とはいえ、自分がしおらしく想い人を思ってショールを作っている姿だなんて、そんな姿は全く想像がつかず、我ながら虚しくなる。
今年もシルヴィアーナ様は早々にわたしたちを解放してお城にこもられるのだろう。
『疲れたからひとりにしてほしい』
そう言うのだろう。
だけどわたしは知っている。
これは、心優しいあのお方の配慮だ。
わたしたちにも時間と機会をわけてくれたのである。
おかげでいわば早い時間に自分の時間が確保できる可能性も高く、そうなったらまたペンを握れる可能性もありそうでわくわくする。
残念ながらそんなことばかり考えるわたしにはロマンスの兆しなんて感じられなかった。
「怪盗バロニスによってあちこちで奪われているのだとか」
続けて聞こえた言葉に、色とりどりの妄想に花を咲かせてうっとりしていたわたしははっと顔を上げる。
(か、怪盗バロニスですって?)
最近、巷を騒がせている盗人がいるそうだ。
狙った獲物は逃さないとかで、いちいち予告状を出した上で犯行に臨む。
その正体は誰も知らず、ただわかっているのはシルクハットにタキシード姿のキザな野郎だということ。
大したものは盗まないそうなのだが、泥棒は泥棒、犯罪者だ。
(ちょっとちょっと! なによそれ! 星夜祭の話題よりも楽しそうじゃないの!)
わたしがなぜ彼のことを知っているのかというと、彼は一度この王宮にも盗みにやってきたのだ。
魔術師たちの鉄壁の結界があったにも関わらず、そいつは余裕綽々で犯行を決行し、そしてやりきったのだ。
そのとき不在にしていたアイリーン様は、次に自分がお目にかかれるのなら直接対決がしてみたいわ、とすごい剣幕で意気込んでいたし、たまたまその時、その場の護衛につかされていたらしいロジオンは、窓ガラスが破損されたわけでもないのに予告されていたものはしっかり消えていたため、そこに待機していた近衛団の隊員たちと共にあらぬ疑いをかけられ、三日三晩身ぐるみを剥がされたあげく、隅々まで身体検査をされて、怪盗バロニスではないことを全身を持って証明させられたのだとうんざりしていた。
一体どんな検査をされたのか興味津々のわたしに対して、再戦を心から望むアイリーン様とは真逆に二度と関わりたくないと珍しくロジオンは憤慨するばかりだった。
どの話題でも星夜祭という行事は話題が尽きないな。
「平和ね」
ぼんやり考えながら西の空を眺める。
赤々とした夕日が、今日も別れを告げようとしていた。
「しごく平和なものだわ」
一年前、大昔に歴代の名のある魔術師たちによって封印されていた魔王が蘇り、その復活とともに動き出した魔物たちがある小さな街を襲ったという考えたくないほどの悪夢を耳にしたのは記憶に新しい。
そこは活気に満ち溢れていて、人々は穏やかで職人や商人がたくさん住んでいたという。
建物の装飾も伝統工芸品も独創的で、民族衣装をもとに作られている人々の衣装もとても魅力的な歴史ある街だったのだと聞いている。
突然魔物たちに襲われたその街の人たちは、同時に訪れた巫女と勇者の誕生のおかげて事なきを得たそうだけど、街は見るも無惨に崩壊されたそうだ。
未来への可能性を秘めた街だったのに、と惜しむ声はずいぶん多く上がったらしい。
今でもまだ、人々の生活は不安定で物資などの多くの支援を必要とするところもあったり、魔物に襲われた恐怖がトラウマになり、それらに怯えて暮らす人間も少なくない。
そんな世界だってあるというのに、この王宮と近隣区域ときたら星夜祭がどうだこうだと盛り上がっている人たちが大勢いる。
非常にのんきなものだ。
沈む夕日に世界が赤く染まる。
(少しでも多くの人が笑ってくれればいいのに)
わたしの願いは変わらない。
今日もまた、まだ見ぬ街の人々に祈りを送った。