ひらひら舞う。
 蝶が、雪が。

(今日から私も、世界のために)

 蝶が舞うのは、夜の時間。
 蝶が踊るのは、暗闇の中。
 蝶が力を使うのは、良い子が眠りに就いた時刻。
 紫純琥珀蝶(しじゅんこはくちょう)を狩る力を持つ狩り人のお仕事に、私も同行させてもらえることになった。

「お疲れ様です、結葵(ゆき)様」
(うい)さん、本日からよろしくお願いいたします」

 月と星が共存するように広がる夜空に心をときめかせたいけれど、誰もが夜空に心惹かれるわけではない。
 狩り人の字見初(あざみうい)さんは夜空すらも眩しく見えているみたいで、夜空から目を逸らした。

「もっと愛想良く、初」
「うっ……」

 金色の髪を靡かせた西洋人形のような容姿をしている来栖和奏(くるすわかな)さんも、怪我から復帰された。
 狩り人の職務をまっとうするために、初さんを激励していく。

「あの、結葵様……」

 申し訳なさそうな表情を浮かべながら、私に近づいてくる初さん。
 建造物侵入罪などの罪で捕まることにはなったものの、初さんのお父様が企てていた計画が実行されることはなかった。
 今日も狩り人のおかげで、世界は平和だと言うことを伝えるために私は前を向く。

「狩り人のみなさんが無事で、何よりです」
「…………はい」

 私の目を見ずに俯いてしまった初さんのことを気にかけてしまう。
 でも、彼は私よりも多くの経験を積まれているのだから、自分の心の整え方を熟知しているはず。

「これからも、悠真様のためにご助力いただけますと幸いです」
「……はい」

 どんな苦しみを背負ったとしても、私たちは生きてかなければいけない。
 その意味を理解している初さんは顔を上げ、新たな一歩を住み出す覚悟を決める。

「俺の力を、世界のために」

 父を許すのではなく、自分が許されるために生きる彼が、筒路森悠真様の側近であることに心強さを感じる。

「来栖さんも職務に復帰されたとのことで、安心しました」
「ありがとう、結葵様」

 大人の振る舞いというのは、まだまだとても難しい。
 悠真様の年齢に近しい方なら、もっと上手く筒路森家に嫁ぐ人間として上手くやれるかもしれない。
 その経験差を埋めるだけの年齢が私にはないから、彼の婚約者を装うのは何よりも難しいと感じてしまう。

「結葵様、ごめんなさい」
「何も起きていないのに、謝る必要はないですよ」

 妹と同い年くらいに見える来栖さんは今日もしっかりとしていて、こういうと大人の姿勢を私も見習いたいと思う。

「初は、いつも結葵様に対して失礼だから」
「ちょっ、和奏! その言い方は酷いから」
「本当のこと」

 お二人は兄妹ではないのに、初さんが来栖さんの明るいところすべてを持っていってしまったのではないかと思うほど。
 初さんの賑やかさに、悠真様は何度も救われているのだと思う。

「結葵様がいてくれるおかげで、少しは休みが取れやすくなる」
「うん、本当に感謝してます」

 筒路森(つつじもり)家が影で行っていることを考えると、信頼できる人の数が限られてしまうのもなんとなく分かる。
 字見家が起こした一件を受けて、蝶の実験が多くの危険をはらんだものだと教えてもらった。

「初は、ちょっと休み過ぎだから」
「わ~か~な~? 少しは敬ってほしいんだけど! こっちは、不眠不休で蝶の脅威を退いてるんだから!」

 狩り人は、紫純琥珀蝶(しじゅんこはくちょう)を狩る力を持つという繋がりを持つ同士。
 そして私は紫純琥珀蝶の記憶を辿り、彼らの言葉を理解すると力を持つ。
 共通に介するものがなければ、私たちは出会うことがなかった。

「初にも、感謝してる」
「なっ! 棒読み! 結葵様、この狩り人に、何か言ってやってください!」
「あ、えっと……今日からよろしくお願いします?」

 お堅い自分も、真面目な自分も、それなりに認めてくれる人はいると思う。
 けれど、私たちは仲間でもあるから、会話を流すという高等な意思疎通も覚えていかないといけないと思った。

「結葵様、顔を上げて。私たちは対等。仲間」
「結葵様は悠真くんの婚約者でもあるけど、狩り人の仲間に加わってくれたわけなので」

 深々と下げた頭を、ゆっくりと上げる。
 そこには、お二人が柔らかな笑みを浮かべながら私のことを受け入れてくれた。

「狩り人同士で一緒に住むとかできないかな? もっと交友関係を深めるためにも!」
「待って。悠真くんと結葵様は、恋仲同士」

 初さんと来栖さんとのやりとりは、とても平和な光景に見える。
 こういう日常が、紫純琥珀蝶という非現実的なものを一瞬だけ忘れさせてくれる。
 こういう言葉の交わし合いこそが、私にとっての安心材料になる。

(いつもの初さんと来栖さん……)

 つい最近までは知らなかった二人のことを、これからはもっとよく覚えていきたい。
 ただでさえ、紫純琥珀蝶に記憶を喰われる脅威に怯える日々。
 だからこそ、私は日々を記憶に留めることの大切さを心に刻む。

「私たちが生きている間に、蝶を殲滅できたらいいのですが」

 数少ない狩り人の中に、私が加わった。
 それが大きな力になれたらいいと思うものの、そんな理想通りの未来を生きられるかといったら自信はない。

「これから何年……何十年。もっと酷いときは何百年、何千年という年月を、淡い紫色の蝶と付き合うわけにもいかないですから」

 理想を描くことは得意でも、理想を実現するには力が足りないと、北白川の外に出て学んでいくことも多い。

「少し……怖くなってしまいますね」

 和やかな雰囲気を味わうことができていたのに、穏やかでない未来を想像した途端に笑顔は消えてしまう。
 深刻な話をしているのだから当然でもあるけれど、この場から笑顔が消えるということは、私たちが平和な場所にいないという証でもある。