ピアスを外して、制服を着崩していなければ、それでいいやって思ってたけど。
 今日だけ。
 今日だけは、髪色もちゃんとすればよかったって後悔した。

「あのなあ、一条(いちじょう)穂積(ほづみ)。今日から冬服指定で、服装検査があるってわかってたろ? それなのに、なんでお前らの髪はそんなカラフルなんだ」

 僕の隣に立つ男、一条夏夜(なつや)は薄めの金色。僕は茶色寄りのオレンジ。
 カラフルというほどでもないだろう。
 赤とか青がいれば、わかるけど。
 少し明るく感じるけど、茶髪にも見えるから、目を付けられないと思っていたのに。

「えー? 似合ってるでしょ? 女子にも評判いいんだよ?」

 今もこうして飄々としている一条が、僕を巻き込んだんだ。

『穂積クンだって、黒染めしてないよ?』

 それを聞いたとき、ガチで悪魔かと思った。

「それにさ、黒くしたって、どうせ明日には元に戻すんだし、見逃してよ」

 一条の言葉に、先生はこれでもかというほど大きなため息をついた。
 これは間違いなく、諦めたな。

「お前ら、罰として放課後、中庭掃除な」

 それだけ言って、先生は別の生徒のチェックに向かった。
 え、僕も?

「ごめんねー、穂積クン」

 全然悪いと思ってない謝罪で、めちゃくちゃムカつく。
 反応してやるものか。
 僕は黙ってその場を離れる。

「あれ、無視?」

 なにが面白いのか、一条は僕を追いかけてきた。
 少しだけ僕よりも背の高い一条は、腰を曲げて、僕の顔を覗き込んできた。
 長い髪が揺れて、隠れていた耳が見えた。
 あ、フープピアス。気付かれなかったのか。
 ピアスも怒られるだろうからって、僕はお気に入りのやつすら外して来たのに。
 そう思うとよりムカついて、僕は一条を置いて、教室に入った。
 席に着いて、僕はうつ伏せになる。
 あれと、二人で、掃除? ありえない。
 だいたい、僕は見逃されていたはずなんだ。
 ……サボろうかな。うん、サボろう。全部、アイツが一人でやればいいんだ。
 なんて思ってたのに。

「穂積クン、中庭行こ」

 帰り支度の途中、奴は僕のクラスに現れた。
 教室の窓際から廊下までの距離があっても、一条の金髪は目立つ。
 いや、髪だけじゃない。
 その顔立ちも存在感がある。
 そんな一条が僕の名前を呼んだせいで、クラス中の女子が僕を睨んだ。
 こんなの、不本意だ。

「夏夜、遊びに行こうよ」

 派手めな女子が、僕との予定なんて許さないと言わんばかりに、一条に絡んだ。

「ごめんね、穂積クンとの約束が先だから」

 一条は女子の腕から抜け、僕の元に来た。
 しまった、逃げておけばよかった。

「行こ?」

 この、断るのは許さないというような笑み、嫌いだ。
 僕は渋々立ち上がり、中庭に移動した。
 掃除をしろとは言われたけど、草むしりでもしろと言うのか。めんどくさい。
 軍手も何もない中で、やりたくない。

「はい、穂積クン」

 どうやってサボるか考えていたら、一条に箒を渡された。
 どこから持ってきた?

「これで葉っぱ集めて終わりだよ。さっさとやって、帰ろ」

 随分と慣れている。
 こういった罰を受けるのは、初めてじゃないってことか。
 まあ、思っていたより楽そうだし、少しくらい付き合ってやってもいい。
 僕は壁際にリュックを置き、掃除を始めた。

「ナツくん、何してるのー?」
「そーじだよ、マジメでしょー?」

 一条が校舎に残った女子たちと会話しているのを聞き流しながら、ただ終わらせることだけを考えて、手を動かした。
 すると、シャッターの音が聞こえた。
 顔を上げると、一条が僕にスマホを向けている。

「穂積クン、箒と身長一緒だね」

 ……なるほど、喧嘩を売っているんだな?

「帰る」

 僕は箒を一条に押し付け、リュックを取りに、身体の向きを変える。

「待って待って、ごめん」

 一条は慌てた様子で僕の腕を掴んだ。
 一人で掃除が嫌なら、からかうなよ。
 僕が箒を取り返して掃除を再開しようとしてるのに、一条は手を離さない。

「……離せよ」

 一条の手から抜け出そうにも、力が強くて敵わない。
 じっと見られるのも、嫌なんだけど。

「穂積クン、耳開けてるんだね」

 やっと解放されたと思ったら、一条の指先が僕の耳に触れた。

「うぁっ」

 もうすぐ夏だというのに、一条の手が思っていたよりも冷たくて、僕は必要以上に驚いてしまった。
 てか、今の声なに。女子みたいな高い声。
 これは一条にからかわれる。
 そう思ったのに、一条は反応を示さない。そのせいで、じわじわと恥ずかしさで体温が上がっていく。
 いや、無反応ではないのか。僕には、ギラついた目が向けられている。
 僕の本能が、逃げろと言っている気がした。

「……帰る!」

 今度こそ一条に箒を押し付けて、僕は逃げ出した。
 最悪だ、アイツに触れられた感覚が、まだ残ってる。
 少し骨ばってて、冷たくて。獲物を見つけた獣のような鋭い目も、頭から離れない。
 あのまま逃げなかったら、どうなってたんだろう。
 ……いや、違う。
 違う、違う、違う。
 断じて、意識なんてしてない!
 叫びたい気持ちを抑えながら、僕はただただ走った。

   ◇

 翌朝、身支度を整える手が止まった。
 あとはピアスを付けるだけなのに。
 思い出してしまうのは、昨日の一条とのやり取り。
 ……今日は、ピアスなしで行こう。
 お気に入りの黒いピアスがなくてテンション上がらないけど、仕方ない。

「おはよう、(かおる)。昨日は災難だったね」

 登校中、幼なじみの蒼汰(そうた)と出くわした。

「本当だよ。いつもなら、注意されないのにさ」

 僕が大きくため息を吐き出すと、蒼汰は苦笑いを返した。

「いつもはパーカーとか着てるのに、注意されないの、本当不思議だよね」
「そのときだけちゃんとしてればいいって、去年、先輩を見て学んだから」

 それにしても、クラスの違う蒼汰も知っていたなんて、やっぱりアイツは目立つ奴なんだな。
 だからこそ、関わりたくない気持ちもあったっていうのに。

「あれ、香、ピアスは?」

 僕の髪は耳を隠してくれるほど長くないから、ピアスの有無は一目見ればわかる。
 昨日の出来事を知らない蒼汰は、不思議そうに僕の耳を見ている。

「あー……寝坊して」

 なんて苦しい言い訳だろう。
 僕が寝坊することなんて滅多にないし、したとしても、お気に入りのピアスの存在を忘れるなんてありえない。
 それは、蒼汰も知っている。
 でもじゃあ、なんて言えばいいんだよ。
 一条に触られたのを思い出して仕方ないから、ピアスできなかった、なんて言えるかよ。

「……あ」

 すると、蒼汰が僕の後ろを見て呟いた。
 なにを見つけたのだろうと振り向くと、そこには女子に囲まれた一条がいる。
 その胡散臭い笑顔で何人を泣かせてきたんだか。
 それを見ていると面白くなくなって、僕は気付かなかったことにした。

「そうだ、香、今日の放課後、暇?」

 僕がなにも言わないで歩き始めたのを、蒼汰は追いかけて来た。
 一条のことに触れないのは、僕が関わりたくないと思っているのを察したからだろうか。
 いや、そんなことを言った覚えはない。
 じゃあ、どうでもいいというところだろうか。
 それならそれでいいか。

「暇だけど」
「じゃあ、うちでゲームしようよ。新しいやつ、昨日買ってもらったんだよね」

 それを聞くと、一条のことなんて頭から消え去った。

「わかった。じゃあ、また放課後」

 そして僕たちはそれぞれの教室に向かった。

   ◇

 ホームルームが終わり、チャイムが鳴る。
 放課後になり、僕のテンションは上がっていた。
 やっとゲームの時間だ。コンビニでお菓子でも買っていこうか。
 その前に、蒼汰と連絡を取らないと。

「あ! 穂積クン、カラオケ行こー」

 そんなことを思いながら帰り支度をしていると、廊下から奴の声が聞こえてきた。
 ……デジャブ?
 でも、昨日と違って、一条は数人の女子を連れている。
 その中に、僕も入れと?
 冗談じゃない。
 僕は一条の声が聞こえなかったふりをして、後ろのドアから教室を出る。

「あ、気分じゃない? ゲーセンは?」

 僕は無視をしたはずなのに、一条は追いかけてきた。
 なんて鬱陶しいんだ。

「今日は予定が」

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったそのとき、僕の言葉に被さるように、お腹が空腹を知らせた。
 すぐ近くにいる一条には聞こえたようで、一条はニヤリと笑う。

「ご飯、食べに行こっか」
「ちょっと夏夜、私たちとの約束は?」
「ごめんね、また今度!」

 女子の不平不満をさらっと流し、一条は僕の手首を引っ張って歩き始めた。
 僕、一言も行くなんて言ってないのに。
 というか、今日は蒼汰とゲームしようって約束だったのに。
 離せ、と言う前に、ちょうど昇降口に来たばかりの蒼汰と目が合った。
 蒼汰はなにかを察したように、僕に手を振っている。
 僕も蒼汰の立場だったらそうしただろうけど、助ける素振りを見せるくらいはしてほしかった。
 ああもう、最悪だ。僕の癒しの時間が潰されてしまった。
 大人しく捕まってやる義理はもちろんないけど、抵抗するのも面倒だ。
 逃げたって、捕まるがオチだろうし。
 それにしても、足の長さによる違いで、僕は若干早足になってしまう。
 ……本当に鼻につく奴だな。

「穂積クン、なに食べたい?」
「帰りたい」
「俺はね、ラーメンかな」

 聞けよ。
 そして僕は中華そば屋に連れてこられた。
 美味しいと話題になっているけれど、一人で入る勇気が出なくて、来たことがない場所だ。
 対して、一条は来たことがあるのか、慣れたように発券機で食券を買い始める。

「穂積クンは並? あ、小?」

 バカにされていることはわかった。

「並だけど、自分で買う」
「いいよ、遠慮しないで」

 一条はボタンを押し、またさらにお金を入れる。

「昨日、巻き込んだお詫び」

 なんだそれ。巻き込んだ自覚があったなんて、タチの悪い奴だな。
 でも、そういうことならお言葉に甘えよう。
 そして一条が店員に券を渡すと、僕たちは空いている席に移動した。
 一条が座ったのは、四人掛けテーブル。
 隣に座らないのは当然として、どこに座ろうか。
 目の前はなんだか気まずいけど、同じテーブルにいながら、斜めに座るのも変な気がする。

「穂積クン、座らないの?」

 そう言われて僕が座ったのは、一条の前の席。
 女子が騒ぐ顔面が目の前にあるのは、やっぱり落ち着かない。
 一つ隣に座ろう。
 そう思ったとき、ちょうどラーメンが届いた。
 今の場所に置かれてしまうと、移動しにくい。
 仕方ない、ここで食べるか。

「いただきまーす」

 一条は割りばしを手に、そう言った。
 なんでコイツと顔を合わせてラーメンを食べないといけないんだ。
 どうにも納得いかないけれど、ラーメンには罪はない。

「……いただきます」

 話題になるだけあって、ここのラーメンはすごく美味しかった。
 すると、目の前から小さな笑い声が聞こえてきた。

「……なに」
「穂積クンって、一匹猫って感じだよね」

 一匹狼じゃなくて、猫。
 聞かずともわかる。
 バカにしてるんだろ。
 ああ、来なければよかった。
 せっかくのラーメンが台無しじゃないか。
 僕が睨んでいるのに、一条は気にせず食べ進めている。
 ふと、一条が髪を左耳にかけた。
 僕は今日、一条のせいでピアスを付けられなかったのに、一条は昨日と同じピアスをつけている。

「ん? 食べないの?」

 僕の視線に気付いたのか、一条が顔を上げた。
 目の前にいるから、当然のように目が合う。
 ピアスとはいえ、じっと見ていたことに違いはなくて。
 僕は勝手に気まずく感じて、黙ってラーメンを食べ進めた。

「そんな慌てなくてもいいのに」

 またバカにしているのか、と抗議しようと一条を見たら、信じられないくらい柔らかい目をしていて、思わず視線を逸らした。
 なんとなく、あの目と視線を交えると、なにかが終わる気がする。
 だから、僕は一条のほうを見ることが出来なかった。
 ときどき一条の視線を感じながら、僕はラーメンを食べ終えた。

「ねぎ、付いてるよ」

 どこ?と聞く前に、一条の手が僕の唇の端に触れた。
 相変わらず、一条の指先はひんやりとしている。

「うん、取れた」

 一条は満足そうだけど。
 最悪だ。忘れていた感触が、鮮明に思い出される。
 また、一条の顔が見れない。

「ね、穂積クン。ピアス見に行かない?」
「行かない!」

 このまま一条といたら、なんか、よくわかんなくなりそうで怖くて。
 だから、一刻も早く帰りたいのに。

「まあまあ。穂積クン、フープピアスが気になってるんでしょ?」

 一条は逃がすものかと席を立った僕の手を握った。
 そしてそのまま店を出る。
 まさか、気付かれていたなんて。
 それも恥ずかしかったけど、一条に手を握られていることのほうが恥ずかしさで死にそうだ。
 人目がある場所では、一条はますます目立つから、本当にやめてほしい。
 特に、女子の目。
 一条が手を引く相手が女子じゃないかと、睨むような視線が僕に向く。
 ああもう、居心地が悪すぎる。

「一条、手、離して」

 すると、一条は立ち止まった。
 意外と僕の声を聞いてくれるらしい。
 振り向いた一条は、驚いているように見える。

「な、なに」
「俺の名前、知ってたんだ」

 それはまあ、これだけ目立っていれば、嫌でも知るだろう。
 知りたくて知ったわけではないのに、一条が機嫌がいいように見えるから、否定するのはなんだか気が引けた。

「ね、穂積クンの下の名前って、コウって読むの?」
「……(かおる)だけど」
「カオルね」

 なんだか悪巧みをしているように見えて、言わなきゃよかったと後悔した。

「香くんって呼んでいい?」
「嫌だ」

 断ってやると決めていたから、間髪入れずに言うと、一条はわかりやすく落ち込んだ。
 その顔はやめてくれ、僕が悪いことをしたみたいに感じるだろ。

「そっかあ。あ、俺のことは好きに呼んでいいからね」

 “一条”以外になんて呼べと?

「夏夜でも、ナツくんでも、なっちゃんでも、なんでもいいよ」
「……一条で」
「意地っ張りだなあ」

 どこがだよ。
 それにしても一条は楽しそうで、なにがそんなに面白いのか、やっぱりわからない。
 不思議な奴だと思っていると、僕を睨んでくる女子と目が合った。
 なにをそんなに睨んでいるんだと思ったら、まだ一条に手を引かれていることを思い出した。
 まだ離してなかったのか。

「一条、逃げないから、いい加減離して」

 改めて言うと、一条は少し周りを見渡した。
 名残惜しそうに手を離すと、僕に顔を近付ける。
 シャンプーの匂いなのか、柔軟剤なのか、それとも香水なのか。どれかわからないけど、一条の香りが鼻をくすぐる。
 なんでこんなに完璧なんだよって、嫌になるくらいいい匂いがした。

「誤解されちゃうもんね」

 一条は耳元で囁く。
 少しだけ一条の息がかかって、くすぐったかった。
 耳が弱いってわかっての仕打ちか? 性格の悪い奴め。
 でも、文句を言うよりも、とにかく離れるのが先だ。
 すると、僕が困惑しているのが面白かったのか、一条は笑っているのに気付いた。
 その楽しそうな顔、気に入らない。

「……男同士で誤解とか、ないだろ」
「えー? 俺は穂積クンとなら、勘違いされてもいいけどね」

 一条の表情からは、それが本気なのか冗談なのか、読み取れない。
 でも僕は、冗談であってほしい。
 いや、絶対冗談だろう。
 だって、ずっと一条は僕のことをからかっているじゃないか。
 なにがそんなに一条にはまったのか知らないけど、はやく飽きてほしい。

「あれ、響いてない?」

 響いてたまるか。
 女子じゃあるまいし。

「穂積クン、こっち」

 目的地を知らずに先を歩こうとしたことが間違いだった。
 振り向くと、一条が立ち止まっている。

「ここは?」

 喫茶店と言われても違和感がないくらい、オシャレな外観。
 そんなに遠い場所じゃないところでの知らない店で、なんだか興味がそそられる。

「俺がよく来る雑貨屋さんだよ。結構いいものが揃ってるんだよね」

 一条は言いながら、ドアを開けた。
 知らない世界に誘われているような、不思議な気分だ。
 緊張気味に足を踏み入れると、一気に店内の雰囲気に呑まれた。
 なんだ、ここ。本当に異空間に迷い込んだみたいな感じ。
 キーホルダーもアクセもいっぱいあって、ずっとここにいたくなる。
 なにから見ようか。
 やっぱり、ピアスかな。
 一条がよく来るって言ってたし、かっこいいピアスが揃っていそう。
 ちょっとしたアクセントになりそうなものから、がっつりと目立つものまで、どれもかっこいい。
 でもやっぱり、目を引くのはフープピアスだ。
 少し太めのもの、軽そうなもの、チェーンのようなものがついたもの。
 どれがいいか、迷ってしまう。

「あ、それ穂積クンに似合いそう」

 僕が黒いフープピアスに手を伸ばしたとき、一条が言った。
 そういえば、いたな。
 僕が手にするよりも先に、一条がそのピアスを取った。
 そして、僕の耳元に当てる。

「うん、すごく似合ってる」

 からかうわけでもない、むず痒さで目を背けたくなる笑顔。
 なんで、そんな顔を僕に向けるんだ。
 だけど、一条に似合うと言われて悪い気はしなくて、僕はそのピアスがよりよく見えた。
 あれ、いくらするんだろう。今、金欠気味なんだよな。次に来たときに買えるように、知っておきたいんだけど。

「そうだ、穂積クン。俺の選んでよ」

 金額を調べようとピアスコーナーを見ていたら、そんなことを言われた。
 また悪いことを考えていそうな顔。

「え、なんで……」
「選んでほしいから?」

 誰か、このわがままな男をなんとかしてくれないか。自分が言えば、全部叶うとか思ってるんじゃないだろうな。
 でも、僕がなにを言ったって聞かないことは学んだ。
 僕は抵抗することも面倒になって、仕方なく一条に似合いそうなピアスを探す。
 といっても、探すフリだ。
 僕がアイツのピアスを探してやる義理なんてないんだから。
 ……あ、このシルバーの羽根が付いたピアス、かっこいいな。

「見つかった?」

 僕がほんの一瞬立ち止まったのを、一条は見逃さなかったらしい。
 一条はピアスを取ると、自分の左耳に合わせた。

「どう? 似合う?」

 悔しいことに、それは一条によく似合っていた。

「……悪くないんじゃない」
「そっか」

 僕には、一条が満面の笑みを浮かべているように見えた。
 僕が選んだことが、そんなに嬉しいのか?
 理解しようとは思っていないけど、一条がよくわからない。

「じゃあ、買ってくるね」

 そして一条はそのままレジに向かった。
 ……あれ? さっきの、黒いピアスは?
 商品棚を見ても、見当たらない。
 もしかしてと思って一条を追うと、僕が気に入ったピアスを、一条が買っている。

「なんで」
「え? だって、穂積クンに似合ってたから」

 そんな理由で人にピアス買うとか、意味わかんない。

「合計で六千円になります」
「一条、待って、本当にダメだって」

 金額にビビッて止めるのに、一条は財布を開いて支払ってしまった。

「黒いやつは付けていきます」

 僕のことなんて無視して、店員と会話を続ける。

「はい、穂積クン」

 昨日の箒と同じテンション感で渡されるピアス。
 こんなの、軽い気持ちで受け取れるかよ。

「あ、俺が付けてもいい?」

 受け取るのを躊躇っていたら、一条がにやりと笑った。
 一条が? 僕にピアスを付ける?

「い、嫌だ!」

 ちょっと触れるだけでは済まないことは、嫌でもわかる。
 だから、このわがままだけは聞くわけにはいかない。

「そんな遠慮しなくても」

 一条は全力否定した僕を笑いながら、レジを離れる。置いていかれてしまい、僕は一条を追って店を出た。

「そうじゃなくて、これ、受け取れない」
「穂積クンに買ったんだから、貰ってよ」

 さっきのラーメンくらいの値段だったら、受け取っただろう。
 でも、桁が違うし。受け取る理由もない。

「フープピアス、デビュー記念。ね?」

 ね、じゃない。
 理由になってないだろ。

「俺がプレゼントしたいって買ったんだから、遠慮しなくていいんだよ」

 そう言われてしまうと、これ以上嫌がるのはよくないと思ってしまう。
 だから、返そうとするのはやめたけど……
 やっぱり、申し訳なさすぎる。

「それ、本当に穂積クンに似合ってたし。ね、付けてみてよ」

 僕が付けることで少しでもお返しになるのなら、と僕は足を止め、真新しいピアスを付けた。
 そんな僕を見て、一条は満足そうに笑っている。

「うん、よく似合ってる」

 一条に買ってもらったことはまだ引っかかっているけど、ずっと付けてみたいと思っていたフープピアスを、こんなにもストレートに褒められて、嬉しくないわけがない。
 大人しく、受け取ろう。
 また今度、お礼をすればいいだけの話だし。

「……ありがとう、一条」

 すると、一条は固まった。
 僕がお礼を言ったのが、そんなにおかしかっただろうか。
 僕だって、お礼くらい言える。
 そんなふうに思っていたら、一条が近付いてきた。
 また、耳を触られる。
 警戒して耳を塞いだけど、一条が触れたのは、僕の頬。
 あまりにも距離が近くて、僕の身体に緊張が走る。
 そうして一条の視線に捕まってしまった、そのとき。
 一条は唇を重ねてきた。
 ほんの一瞬の出来事。
 指とは違って、暖かくて柔らかいんだ、なんて。

「固まっちゃって、可愛いね、穂積クン」

 ……いや、え?
 なんだ、今の。なにが起きた。
 一条が近付いてきて。僕の唇に。一瞬だけ。

「……はあ!?」

 僕が声を荒らげたのを、一条は笑って見ている。
 なにも面白くない!
 文句を言わなければ気が済まない中で、周りの声が聞こえてきた。
 ……誰かに見られたかもしれない?
 そう思った途端、僕はその場から逃げ出した。